君の世界の半分に

flathead

きみの世界の半分に

 世界には情報が溢れかえっている。あまりの多さにその全てを見つめ続けてしまえば、僕の小さな脳はショートしてしまいそうだ。それに情報過多な世界といっても、大抵の情報は僕にとって無意味なものでしかなく、それならば半目をつぶって歩くくらいが僕には丁度良い。


 そんな僕も今年で高校二年生になる。中学からの友人からは「妙に達観した視点を持っているな」と言われるが、そのように育ってしまったのだからもうどうしようもない。

 そんな彼は僕以外にも友人が居て、彼女もいる。一方の僕はというと仮初めのような友情に辟易して、最近では一人でいることが多くなった。当然のように寂しいとは思わない。自分から切った縁だ。後悔先に立たずとはいうが、今の所僕は後悔することもなく平穏に、退屈に生活を続けていた。


 放課後になって、僕はいつものように立ち入り禁止になっている校舎の屋上へと向かう。

 校舎は古く、草臥れており、屋上へと続く扉の鍵は壊れている。この発見は僕の高校生活を変えたと言って良いだろう。バイトもしておらず、部活にも入っていない、更には友人も少ない僕にとって放課後という時間は帰路に着くだけの退屈な時間だった。しかし、学校の行ったことのない場所を回ってみようとふと思い立った時に見つけたこの場所は今では僕のプライベートプレイスとして活躍している。

 誰も来ることがない、しかし孤独とは少し違う。部活動に勤しむ生徒の喧騒が遠くから聞こえる、それでいて静かななんとも言えないこの空間が好きだ。


 屋上の扉のノブに手をかける。そして軋んだ音が階段下に響かないようにゆっくりと開ける。自分でも馴れたものだと思う。

 視界が一気に開ける。

 曇りない晴天が僕を迎えてくれる。少し夕暮れがかっていて金色に輝く太陽が僕の目を塞ぐ。


 眩しさに手をかざして屋上へ一歩踏み出すと僕は気づいた。そこに知らない女の子がフェンスを後ろに座っていることを。


「誰?」


 彼女は僕の存在に逸早く気づいていたようで僕が彼女の顔を捉える前に話しかけて来る。


「きみこそ……誰?」


 僕は自分でも分かるくらい不機嫌な声色になってしまう。僕だけの場所に誰かが居るという違和感を咄嗟には拭えなかったからだ。


「私? 私は尾上。知らない? 生徒会長やってるんだけど……」


 生徒会長……尾上……名前を見たことはある気がするが、顔が思い浮かばない。恐らくその情報は僕の半目に覆い隠されていたに違いない。生徒会長なんて興味もなかったし、彼女らが頑張って作ったであろうポスターや演説も全て当時の僕の世界には不要と判断したのだろう。忘れたことすら忘れるくらい興味がなかったことに今更だが少し申し訳ない気分になる。それに、生徒会長ということは彼女は三年生。たった一歳でも年上を相手にする機会など、僕の人生ではあまりなかった。だから少し、引け目を感じているのかもしれない。


「ああ、生徒会長ですか。僕は池上と言います。二年生です」


「こんにちは。池上くん。こんなところに何の用? 立ち入り禁止の看板が見えなかったのかしら?」


「それを言うなら先輩こそ。生徒は平等に立ち入り禁止じゃないですか?」


 僕は一方的に批判されるのを嫌って、彼女に反論した。


「……確かにそうね。でもたまには許してよ。生徒会長だってたまには悪さをしたいの」


 たまには……と言われても僕には生徒会長……尾上先輩の普段の様子など知らないから許すも何もないのだが、彼女の落ち込んだような暗い声色にこれ以上責める気にはならなかった。


 僕は尾上先輩の隣に座る。


「何?」


「いや、どうかしたのかなって思って……。僕でよければ話を聞きますよ」


 どうせこれ以降彼女に関わることなどないだろう。だからこそ僕にしては大胆な行動に出られた。言わば気まぐれなボランティアのようなものだ。たまにはこんなことをしてもいい。どうせ、彼女の言葉は必要ない情報だろうし、忘れるだけだ。話すだけでも楽になると言うこともあると聞くし、ここは彼女の力になってやろうと思ったのだ。


「ふーん……。別に……話すことなんて何もないんだけどね」


 僕の予想は間違っていたようだ。

 何か落ち込んでいるような、悩んでいるような様子だと思っていたが僕の思い過ごしだったようだ。格好つけて「話を聞きますよ」なんて言って馬鹿みたいだ。僕が後悔していると、尾上先輩は一呼吸を置いて言葉を続ける。


「でも……なんか疲れちゃったんだよねぇ」


 彼女は俯いた顔を上げて、空を仰ぐ。


「色んなことがたくさん起きてさ。それ全部に目を向けてたら頭がぐるぐるしちゃってね。こんなことなら最初からこうやって……」


 彼女は片方の目を瞑って、太陽に手をかざす。


「片目を瞑って生きてれば良かったなぁ……なんてね」


 僕は目を見開いた。

 まさか僕と同じ考えを持った人がいるなんて……。


「……どうしたの?」


 尾上先輩は閉じていた片目を開けて僕の方を見る。


 その後、他愛のない身の上話を聞かされ、日が暮れ切った頃に尾上先輩と別れた。あまり話の内容は覚えていない。恐らく本当にどうでも良い話だったのだろう。もしくはその前の衝撃に僕は揺さぶられてしまったのかもしれない。しかし、彼女の最後の言葉は覚えている。


「今日はありがとうね。池上くん。また今度ね」


 そう言って暗闇の中でも色あせない綺麗な笑顔を浮かべていた。その時に、僕は気づいたのだ。


 僕の空いた世界の半分が彼女に埋められていたことを。

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