第3話

 事の真相は、ルチルが竜の封印を解いてもらうため、都へ魔法使いを探しにきたところから始まる。

 ルチルは、都で一番有名だった魔法使い、ジェードのもとを訪れた。

 ジェードは人格者だったが、魔法使いとしての技量はスピネルに及ばなかった。

 スピネルの施した封印は解除することを想定して作られたものでなく、彼には解けなかったのだ。

 ジェードは、封印した本人に解除させるしかないと結論付けたが、スピネルのあの性格だ。頼んだところで断られるのがオチ。厄介事だと判断したらすぐに逃げられるだろう。もし逃げられたら、神出鬼没なスピネルに再び会うことは叶わなくなってしまう。

 そう判断し、ふたりはスピネルを確実に捕らえる方法を思案することになる。

 それが、この高位の束縛魔法を使った捕獲作戦だった。

 ジェードの権力を使って、スピネルを準犯罪者にしたてあげる特例を国に認めさせ、条件が揃えば拘束魔法が発動するよう古紙で作った魔道具を準備して――。




「で、まんまと私は嵌められたわけだ……」


 スピネルは宿のベッドの上に横たわり、ふてくされたようにして、ルチルの話を聞いていた。

 胸元の紋章が気になるようで、時折指でなぞるように確認している。


「嵌めたわけではありません。特例ではありますが、ちゃんと正式な手順を踏んでいます」

「そもそも、身から出た錆ですよ。なんで今回特例が認められたのか、分かりますか?」


 ルチルはスピネルの向かいの椅子に座り、ムッとした表情で反論した。かなり強引な手を使っていることは自覚していたし、ジェードもルチルも穏便に済むなら穏便に済ませたいとは思っていたのだ。


「さあ。魔法協会の爺婆どもからなんか言われでもした?」

「違います。それも、ないとは言いきれないですけど、基本的には国民の声ですよ。あなたが法外な値段と手法で商売をしていること、各所から意見書が届いたりして結構問題になってるんですから……」


 魔法使いというだけでジェードのもとにクレームの手紙が届いたとこともあった。人から伝え聞いたことだったが、役所にはもっと色々な国民の声が届いていたのだろうとルチルは思っていた。

 しかし、知ったか知らいでか、当の本人はそれを聞いて子供のように憤っている。


「はあ? 魔法使いを慈善事業かなんかと勘違いしてるわけ? こっちは魔法を習得するのにどれだけ時間とお金をつぎ込んでると思ってんのさ?」

「ま、まあ、言い分は分かりますけど、あなたは素直すぎます。商売と言うならもっと人の心を考えてください」

「別に、無理に払えとは言ってないだろ? 払えないなら他を当たればいいし、頼みたくないなら頼まなければいい」

「……はぁ。誰も頼みたくて頼んでる訳じゃなくて、あなたにしか頼めないから仕方なく依頼をしてるんです。そんなんだから、国も特例を許可したんじゃないですか……」


 ため息混じりのルチルの正論に、スピネルは返す言葉がなかったわけではない。

 しかし、事実それは特例に結びつき、結果この有り様だ。

 スピネルは反論するのを諦め、もうひとつ心中に抱いていた疑問を投げ掛ける。


「まあ、そっちはもういいや……。あと、もうひとつ腑に落ちないことがあるんだけどさ」


 スピネルはそう言いながら、上体を起こしてベッドの上であぐらをかいた。目の前のルチルに向かい合うように座り直し、先程より少しだけ真剣な表情でルチルを見る。


「君たちの作戦だけど、そもそもがおかしいんだよ。あの偽善の塊みたいな男が、君を犠牲にして成り立つような策を講じるはずがない」

「これは君が作った筋書きだね?」


 スピネルの推論にルチルは虚を突かれたように気分になった。子供じみた態度や適当な言い種で惑わされてしまうが、目の前にいるのは師であるジェードより名の通った使なのだ。一歩間違えればルチルの願いは一生叶えられないものになっていたことを少し実感する。


「……はい。ご推察の通りです。……先生には、私が提案しました」

「まあ、よく許しが出たもんだね」

「すごい、大変でしたよ……」

「ははは、だろうね~。まあ、それは一旦置いておいて」

「君さ、なんでそこまでして、その封印を解きたいの?」


 隠すつもりはないのだが、スピネルの射貫かれるような真っすぐとした視線に、なんとなくたじろいでしまう。

 答えないのもおかしいと思い、慌てて頭の中を整理する。


「……あそこに封印されているのは、私の友人だからです」

「友人? 竜の封印って言ったよね、君?」

「はい。あの、……信じられないかもしれませんが、彼はあの晩、竜になってあなたに封印されてしまいました。……邪竜なんかではありません。だから、助けたいんです」


 ルチルもあの時何が起こったのか、未だに分からないでいた。友人を救うためにも、真実を知るためにも、まず封印を解くこと。

 それが、彼をあんな姿にしてしまったせめてもの償いで、ルチルが信じる今すべきことだった。


「ふ~ん、友人ね……」

「で、ソレを私が解いたら、君は私を解放してくれるって訳か」

「はい。封印を解いていただいたら、窃盗の届けを取り下げますので、あなたは晴れて自由の身です」


 ルチルはじっとスピネルを見つめる。

 それは、迫るような、強い意志の込められた視線だった。


「お願いできませんでしょうか……?」


 ルチルが言葉を重ねると、スピネルは一度大きなため息をついた。また胸元の紋章を指でなぞりながら、暫く窓の外を眺める。

 そして、再びルチルの方へ視線を戻して口を開いた。


「分かった。だが、封印を解くだけだ。私はその後のことには関与しない。いいね?」


 ちょうどその時、コンコンと扉をノックする音が聞こえた。

 先ほどスピネルが村長にお願いした酒と料理が運ばれてきたようで、宿屋の女主人から声がかかる。

 ベッドに座り込んだまま、スピネルが返事をした。


「どうぞ~」

「失礼します。お料理とぶどう酒をお持ちしました」


 女主人が扉を開けると、知らない少女の姿が目に留まり、少し首をかしげる。


「私は、この後すぐに出ますので、お構いなく」


 女主人を気遣うように、ルチルが声をかけた。


「はあ……、ではこちらに失礼しますね。ごゆっくり」


 女主人はテーブルに料理とぶどう酒を置くと、あやふやな返事をして去っていった。こんな辺境の村でも、スピネルの噂は広まっているのだろう。かなり距離を置かれている。

 スピネルは気にする様子もなく、運ばれてきたぶどう酒に口をつけた。


「で、早速なんだけど、お嬢さん。明日はこの村から依頼された仕事がある。君の依頼は、それが終わってからにさせてもらうよ」


一度仕事を引き受けると言ったスピネルは、先ほどとは打って変わってきびきびと動き出した。ぶどう酒を飲みながら、鞄から本と何かの道具を取り出している。


「それと、私はこの束縛魔法についてあまり詳しくないんでね。そこを説明してもらおうか」


 行動に制限がかかる高位魔法だ。場合によっては、命に関わることもあるだろう。

 ルチルはジェードから聞いた魔法の概要を説明する。


 まず、制限されるのは施術対象であるスピネルの行動範囲だ。

 術者であるルチルから半径100メートルの距離で魔法が使えなくなる。これは束縛魔法によって魔力の流れを大きく乱されるからで、成功率が著しく下がることになるということだった。

 それを過ぎると、徐々に肉体へ影響範囲が広がっていく。束縛魔法が全身の筋肉のコントロールを乱すため、体が重たく、徐々に動かせなくなっていくらしい。半径150メートルも離れれば立っていることもままならない。

 次に、命を繋がれていると言っても感覚を共有しているわけではない。術者に発生した一定以上の身体的負荷を自動的に判別して、施術対象に発生させるもので、かすり傷程度であればスピネルに返ってくることはないのだ。

 また、それは一方通行で施術対象が負った傷が術者に繋がることはない。

 本来は犯罪者を拘束する為のものなので、もっと範囲が狭く設定されていたようなのだが、過去の文献を参考に、今回ルチルが旅をしやすいようにジェードが改良を加えたものだった。


「はは……、えっぐ」


 スピネルは話の途中で鞄から道具を取り出すのをやめ、笑うしかないという表情でルチルの話を聞いていた。


「まあ、そうですよね……」

「そうですよねって、君ねぇ……」


 ルチルが、もしスピネルの立場だったら同じ事を言っただろう。それだけスピネルにかけられた魔法は非人道的であることは、ルチルも重々理解している。


「こんなことを言うのも今更ですけど……、これでもあなたには申し訳ないことをしている、とは思ってるんですよ」

「なら、今すぐにコレをどーにかしてくんない?」

「それは……無理ですけど……」


 スピネルは、憂さ晴らしにわざと意地の悪い返答をした。それに気づいていないのか、ルチルは必死に頭を悩ませている。即席では特にいい案も思いつかず、考えた結果をルチルは素直に伝えた。


「他に、私にできることがあればなんでも協力します! ですので、何かあれば言ってください」

「……じゃあ、明日までに考えておくよ」


 その時、『はい』という返事と共に大魔法使いに向けられたのは、無垢な少女の笑みだった。

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罪と罰のイノセント シラトリ @shiratorishifu

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