第2話

 ルチルがスピネルを探す旅に出る前に、彼女に色々と教えてくれた恩師がいた。

 今回、リュート村にスピネルがいると言う話も、その恩師が持ってきてくれた情報だ。

 恩師はスピネルと面識があった。その上で、こう言っていた。

 スピネルは愚直で直情的。自分の私利私欲のためにしか動かない。

 だが根は悪い人物ではない。それ故に御しやすい。

 そこをつけば、ルチルにも十分に勝機があるのだと。


 ルチルは、そんな恩師の言葉を思い出していた。

 右手の指に挟んでいた小さな古びた紙を頭上に掲げ、叫ぶ。


「ルチル・ワイズナーが『開放』を命ずる! 鉄鎖となりて彼の罪人を就縛せん――」

「――っ!?」


 スピネルが魔法の気配に気づいたときにはもう手遅れだった。

 ルチルが持っていた古びた紙から、歯車が動き出すようにいくつかの魔法陣が高速で展開されていく。

 彼女の周囲には眩い光が集まっていた。

 スピネルは慌てて左手の腕輪を前にかざし、防御壁を構築する。

 同時に、ルチルの周りに集まった光が収束し、一筋の赤い光に形を変えた。赤い光は一瞬で直線のように伸びて、防御壁ごとスピネルの胸を貫いた。


「ぐっ――!」


 胸に響く鈍痛に、スピネルが濁った声をあげた。

 衝撃と痛みで、スピネルは地面に膝をつく。赤い線状の光は胸を貫いたまま離れる様子がなかった。

 ルチル次の動きに対処すべく、スピネルが顔をあげる。すると、何故か目の前に立つ少女もまた、赤い光に胸を貫かれていた。

 それは、伝え聞いてはいたものの、大魔法使いと呼ばれるスピネルでも、初めて目にするものだった。


「これは……。また珍しい魔法を使うんだね、お嬢さん」




 今では滅多に使われなくなった魔法があった。

 技術や科学の進歩で不要になったもの、使用する者がいなくなったもの、理由は様々だが、その中に魔法使いを捕らえるための魔法が存在した。

 魔法が使えない人間にとって、それは便利な手段であると同時に脅威そのものだった。ましてや、魔法使いが犯罪を犯したら、止める手だてはない。当時の国家は、そういった魔法使いを捕らえるために、ひとつの魔法を考案した。

 術者の命と施術対象の命を結び、行動範囲を大幅に限定する、高位の束縛魔法。

 この魔法をかけられた者は、術者の傍から離れることができなくなる。また、命を繋がれるため術者の受けたダメージが自分にも適用される。

 逃げることも、術者を葬り去ることもできない。

 それが、今しがたルチルが使用した魔法だった。


 ふたりを繋ぐ赤い光が細い糸のようになって、ルチルとスピネルの体に巻き付くように変形し、そのまま体の中に溶けこむように消えていく。

 衣服ごと貫かれて肌があらわになったふたりの胸元には、傷跡のように紋章が残っていた。


 張り詰めていた糸が切れたように、ドサリとルチルが膝から崩れ落ちた。


「――っ、ううぅ~~……よかったぁ~……」


 そして、安堵の混じった頼りない声をあげる。

 両手を地面につけて、今にも泣き出しそうな顔でへたりこんでいる。


「ちょっと、こっちは全くよくないんだけど?」


 胸元を押さえながら屈み込んでいたスピネルが、喜ぶルチルを見て反論する。


「これ、大昔に犯罪者を拘束するために使ってたやつでしょ?! なんでそんなものが私に通用するの?!」


 高位の束縛魔法であるが故に、その使用には大きな制限があった。

 対象が国が認めた犯罪者であること。

 スピネルに、そんな記憶は全くなかった。


「正確には、たった今、使えるようになったんです。そういう約束のもと、譲り受けたものですので……」

「約束? 譲り受けた……? 何それ?」

「ええと。あのネックレスの件で、私はあなたを窃盗の罪で国に届けを出しています。もちろん、証拠がないので受理はされませんでしたが、その時に取引をしたんです。私自身の手で言質をとった場合、特例としてあなたの罪を認め、拘束魔法の使用を許可すると」

「はあ? そんな、あり得ない。あのお役人どもそんなの認めるわけ……」


 確かに、表向きは田舎の村で起こった小さな窃盗事件。一般庶民であるルチルひとりの嘆願だけでは、そんな取引は叶わなかっただろう。誰か力のある協力者でもいなければ……。

 ふと、何かに気づいたように、スピネルが声を上げる。


「君、さっき……なんて言ったっけ? 名前だよ、名前……」

「ルチルです。少し前にとある方に弟子入りしまして、ワイズナーの姓を名乗らせてもらっています」

「ワイズナー……。そういうことか――――っ!」


 スピネルは事のからくりを理解して、がっくりと肩を落とし頭を抱えていた。

 ルチルの恩師であり、スピネルの知人である、ジェード・ワイズナーは、宮廷魔法師を勤めたこともある賢人で、魔法研究の権威。

 お役人も納得のお膳立てをするには、これ以上ない人物だった。



 スピネルの騒がしい様子に、通行人がふたりを気にし出し始める。何人かの村人はルチルが使った魔法の光に気づいたようで、窓を開けて外の様子を見ている。


「少し、場所を変えましょう。宿にお邪魔させてもらってもいいですか?」

「お邪魔も何も、そんな離れられないだろう? コレのせいで」


 スピネルが親指をたてて胸の紋章を指差しながら、諦めたような表情で言った。

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