第10話 十二月の夜
やがて運命の十二月が明ける。
ボクとユイは引っ越しの算段を始めていた。
この近くで、今よりももう少しだけ広い部屋。
たったそれだけのことではあったが、新しい出発のためにはいい材料になるアクションとなるはずだった。
とある夜のこと。いつもの様に食堂で食事を済ませて部屋に帰ってきた。
風呂の支度ができあがるまで、二人でリビングに座る。
「そろそろ、ユイのお父さんとお母さんのところに挨拶に行かなきゃ。」
「あのね。ユイは家出同然で出てきたから、挨拶なんか行かなくてもいいんだよ。」
「そんなわけにはいかないよ。たとえユイが家出同然で出てきてても、ボクがユイと結婚することは報告しておかないと。これだけは勝手にっていうわけにはいかないでしょ。」
「もし、ウチの親が許さないって言ったり、勝手にしろって言ったらどうする?やっぱり結婚するのはやめる?」
「もしそうなったら、ボクも結婚してから親に報告するよ。」
「だからね、ユイはキョウちゃんには相応しくないって言ったのよ。」
「馬鹿なこと言わないで連絡してよ。ねっ。ボクも頑張るから。」
「うん。ありがとう。迷惑ばっかりかけるね。ゴメンね。」
ボクはうつむき加減のユイの顔を引き上げて唇を奪う。
今日もユイの唇はいつもどおり甘い。
「ボクと結婚してくれるんでしょ?」
「ホントにユイでいいの?」
「ユイじゃなきゃイヤだ。」
「うふふ。」
こんな会話もユイの返事は短い。
「今夜もユイが欲しい。」
「予約しなくても大丈夫よ。」
「一緒に入る?お風呂。」
「また、ソープごっこしたいの?」
「ちょっとね。」
同棲生活って結婚生活の予行演習なのだろうか。
もしそうであるならば、みんなも経験しておいた方がいいと思う。
お互いにそうなのだろうが、一緒に住むことによって細かな雰囲気や気遣いがわかるようになってくる。逆に欠点も見つかったりするのだが、それはそれとして徐々に直していけばいいのだと思う。
風呂での遊びはそこそこにして、ボクは予約を入れたユイの夜を堪能する。
石鹸の香りがするユイの肌は何物にも代え難い匂いだ。
バスルームからベッドへは直行なので、ボクたちはすでに一糸まとわぬ姿となっている。
今夜の第一楽章もユイがボクの分身に挨拶してくれるところから始まる。
ユイの女神様はとても優しくボクの分身を愛でてくれる。
ボクが黙っていると、いつまででも愛でてくれるのだが、ボクはそこで果たしたい訳じゃないので、挨拶はそこそこで引き上げてもらう。
そして高くそびえる丘陵へ手を伸ばし、唇を這わせる。そして頂点を目指すのである。
やがてそこに発見する可愛い石碑は、ボクの大好物であり、ユイの可愛い声を聴くためのスイッチにもなっている。
やわらかなその丘陵は、ボクの顔を埋めてくれたり、ボクの唇を満足させてくれたりするのだ。
夜のやり取りは基本的にややS寄りのボクとややM寄りのユイが、その波長を合わせながら演目をこなしていく。
第二楽章からはボクの分身が活躍を始める。
不定期なリズムと強弱をつけたテンポが、ユイのボーカルをアシストする。
序章のうちは唇同士のワルツもネットリとしなやかに育まれる。
もちろん、ときおりボクの鼻腔がユイの芳香を首筋あたりに求めに行くことは忘れない。
そして、リズムを刻む分身の動きは焦らない。
短く刻むこの章では、ユイは受け身を通し続ける。
すると、いつしか舞台の演目が変わり、第三楽章へと移行していた。
ややM寄りのユイが主導的に踊るのがこの章節でのメインイベントである。
にっこりと微笑みながらボクを見下ろす彼女の目線は、闇夜に光る猫の目に違いない。
それでもボクはユイを見上げながらも丘陵への要求は続けている。
ボクがユイの唇を求める頃、ボクたちは向かい合って座るシルエットに変わる。
それはユイがまだ萌愛だったころに、シートで並んで座っていたシルエットに似ていた。
しかしながら、この夜のボクたちは間違いなくあるところでつながっている。
そして最終楽章へ入る少し前に、ボクたちは一旦別の演目に挑むのだ。
ボクの分身は密かに洞窟を抜けだし、ユイの女神様が鎮座する祠へと挑んでいく。代わりにボクの唇と味を感じる触手が洞窟探検に挑んでいくのである。
互いのぬくもりと熱いほとばしりを確認した後は、フィナーレを迎えるための曲目を選択し始める。
ややM寄りのユイが少し我慢してくれるおかげで、ボクはユイの女神に施してもらっている最後の挨拶をやや強制的に行わせる。そのやや強引な礼拝のおかげで最高に高揚したボクの分身は、ユイの背後から洞窟への侵入を始める。
葡萄のようにたわわに実っているやわらかな房は、零れ落ちんがごとく揺れ始め、ボクの手による介護なしでは、じっとしていられないおてんばに変わっている。
最終楽章の第二小節は、ユイを壁にもたれさせて垂直に行進を刻む楽譜に変更してみた。
ボクの頃合いがその楽譜にマッチしたため。あやうく急転直下のフィナーレを迎えそうになったが、ギリギリの理性でそれをセーブした。
最後はボクの腕の中でユイを包み込むよう抱いて仕切り直す。
耳元でそっと「愛してるよ」というセリフを放つことを忘れてはいけない。
そしてボクの分身は、最後の洞窟探検のために歩を進め、ノックを刻んでいく。
ユイの最後のセリフは「来て」と一言あればいい。
それだけでボクには、最終砲撃を放つまでのカウントダウンのスイッチになっている。
ボクが刻むリズムは、時間の経過とともに激しさを増していく。
ユイのボーカルもビブラートが激しくなる頃、ボクの緊張の糸がぷっつりと切れて、フィナーレを合図する咆哮と雄叫びを上げることとなる。
ユイの洞窟の奥深くにボクの痕跡を残して。
「ユイ、ありがとう。ボクはキミに会えて幸せだよ。」
「キョウちゃん、私もよ。いつもたくさん愛してくれて。」
ボクたちは互いのフィナーレの出来栄えをたたえ合い、深いくちづけとともにフェロモンを交換し合うのである。
こんな素晴らしいユイを絶対に手放したくない。その気持ちでいっぱいだった。
そしてボクたちは深いしじまの中で、心地よい疲れとともに静かに眠りにつくのである。
今宵は月もボクたちをうらやましがっているようだった。
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