第9話 十一月の夜
この月の第二土曜日。
ボクは朝から異常なほどの緊張感に包まれる。
ユイもそれなりの衣装を身にまとっており、耳にはボクが入賞の記念にプレゼントしたイヤリングが光っている。
今日は表彰式。ユイもボクに同行するのだ。
メディアが来るかもしれないので、表彰式に同席することは拒否されたが、ボクの晴れの舞台を見ておきたいという申し出に、ボクは断然よろこんだ。
いや、是非とも見ていて欲しいと思った。
親方と女将さんも店を休みにして同行してくれるし、ヒデさんも見に来てくれた。
みんな、ボクがお世話になっている人たちばかりだ。
素人写真コンクールなので、表彰式は小一時間で終了する。
雑誌記者に簡単なインタビューは受けたものの、次号へのコメント程度の取材なので、時間は短い。記者がボクに同行してきた集団の中にユイを発見し、「彼女がモデルですか」と尋ねてきたが、ユイが首を振る姿が見えたので、「いいえ違います」と答えておいた。
取材が終わると、女将さんがユイを連れてボクのところへ来る。
「ちゃんと記念写真撮らなきゃダメだろ。」
二人並んで公の舞台での記念写真。
最後に一緒に来てくれた人たちみんなと記念撮影をすれば終了である。
あとは女将さんの提案で、簡単な祝賀会を『もりや食堂』で開催されることになった。
店に着くと、すでにあらかたの用意ができあがっている。親方と女将さんがすでに昨日のうちから準備をしてくれていたようだ。
「祝 恭介」と書かれた大きな垂れ幕があり、いかにも親方の筆であることがわかる。店が閉店してから、きっと遅くまでかかったんだろなと思うと、目頭が熱くなる。
「さあさあ、何にもないけど、ウチのバカ息子のお祝いだ。遠慮なくやっとくれ。」
いつの間にかボクは女将さんのバカ息子になっている。
「女将さん、ありがとう。今までで一番うれしいかも。」
「バカいってんじゃないよ、二番目だろ。一番はユイちゃんをモノにしたときだろ。」
女将さんに背中を叩かれた瞬間、参加者から一斉に野次が飛ぶ。
祝賀会である手前、簡単なあいさつをさせられるが、ボクは苦手だ。代わってヒデさんがいくつもの補足をしてくれる。ユイは黙ってボクの隣で微笑んでいた。
受賞した写真はパネルにして副賞としてもらっている。それを店に飾っていたが、結局ユイはチラッと一瞥しただけで、あとは恥ずかしがってパネルに近寄りもしなかった。
他の客は、ヌードではないにしろ普段よりも薄着のユイの姿に見とれるようにパネルに群がっていた。
女将さんも、じっとパネルを見入っては溜め息をついていた。
「ユイちゃん、綺麗だよ。男どもが群がるのが解る気がする。女のあたしでも抱いてみたいぐらい綺麗だよ。どうだい、今晩あたしと一緒に寝てくれないかい?」
ユイは女将さんの隣で顔を真っ赤にしている。
「この月と一緒だと、確かにユイちゃんは猫に見えるね。」
女将さんはボクのゲイジュツ的センスに対しても賞賛してくれる。
そこへヒデさんがやってきて、
「今度はオレがユイちゃんのヌードを撮るっていうのはどう?」
そのとたん他の男どもが「オレも、オレも」と口をそろえる。
大衆の雑言が女将さんの一喝で一蹴されたことは言うまでもないが。
「冗談だよ、冗談。」
と言って笑って愛嬌を振りまいていたヒデさんが、ボクの隣に来てそっと呟く。
「キョウスケ、オマエ、いい人たちに巡り会えてるな。親方といい、女将さんといい、ユイちゃんといい、うらやましいよ。大切にしろよ。」
「ありがとうございます。ヒデさんだってその内のひとりだと思ってますよ。」
「あははは、まあいいや。ところで十万円は、何に使うんだ。」
「引越しをしようと思っています。もう少し広い部屋に。」
「引越しもいいけど、プロポーズだって早くしておいたほうがいいんじゃないか。」
ヒデさんがそっと耳打ちしてくれた。
「ボクもそろそろだと思っています。今はその準備中なんです。」
ボクがそう言うとヒデさんは納得したように、うなずいていた。
祝賀会も終わりを迎えるころ、女将さんがユイを呼んでみんなの前に立たせた。
「ユイちゃん、お前さんがモデルなんだ。しかも表彰されたのはお前さんの良い人だ。みんなが二人を祝ってくれたんだから、お前さんも自信を持ってあいさつしてみな。」
凄いことを言う人だ。誰よりも無口なユイにあいさつをしろと言う。
さて、ユイはどうするのだろう。
みんなの前に立って、緊張した面持ちで下を向いている。
やがて顔を上げて、意を決したようにあいさつを始める。
「今日は、恭介さんのためにお集まりくださいましてありがとうございます。これからは恭介さんと一緒になって皆さんにご恩返しをしたいと思います。ありがとうございました。」
言い終わった瞬間に、ボクのところへ駆けてきた。
「恥ずかしいよお。」
「よく頑張ったね。ボクのあいさつなんかよりもずっと立派だったよ。ありがとう。」
気がつけば、ボクたち二人に皆が拍手をくれていた。
そして女将さんがボロボロと涙を流して泣いていた。
その一時間後、ボクたちはヒデさんに連れられて二次会の場所に来ていた。
昨日遅くまで準備をしてくれただろう、親方と女将さんに感謝の意を述べ、今日はゆっくり休んで欲しいとお願いして店をあとにした一時間後のことである。
「今度はオレに付き合え。親方、女将さん、この時間以降はボクが二人を預かりますよ。」
そう言ってヒデさんがボクたちを連れ出したのだ。
女将さんもヒデさんの人柄を理解しているのか、ボクの兄貴だと思っているのか、安心した顔でボクたちを送り出してくれた。
二次会の場所は、会社の近くのヒデさんの行きつけのスナックだった。
ヒデさんの交流関係は広くて深い。ここにもお気に入りの女の子がいるみたいだ。
「ユイちゃん、今日はおめでとう。今日のユイちゃんはとってもステキだったよ。」
「ヒデさん、酔ってるの?」
「酔ってるけど大丈夫だよ。それにしても一時はどうなるかと思って心配してたけど、今日は安心したよ。特にユイちゃんの最後のあいさつがよかった。思わず泣きそうだったからな。」
「恥ずかしい。」
「ねえ、ユイちゃん。この際だから聞いておくけど、キョウスケみたいな普通のサラリーマンの生活で満足できてる?ホントはもっとやりたいことがあったんじゃないかな。それだけを聞いておこうと思って。」
「どうしてですか。」
「ボクの知る限り、ああいうお店で働いているお嬢さんたちは、何らかの理由がある子が多い。お金をためて趣味を充実させるとか、事業を始めるとか。中には借金を返すための子とかもいるかもしれないが、ユイちゃんは借金があるような子に見えなかったからね。」
ボクにも興味がある話題だ。ボクは黙って二人のやり取りを聞いている。
「私も普通のサラリーマンの家庭で育ちました。別に恭介さんに不足はありませんし、他に目標とかがあったわけでもありません。だから今のままでも十分幸せです。」
「聞いたかキョウスケ。まず第一に、今日はお前のことをさん付けの名前で呼んでいる。そして第二に今日はいつもより着飾っている。にもかかわらず、普段よりも落ち着いて見える。お前の側にずっとついていてだ。まだ二十歳そこそこの若い女の子がだぜ。オレの質問の内容なんてどうでもいいんだ。大事なのは、お前がこの子を絶対に離しちゃイカンということだよ。」
ボクたちは黙ってヒデさんの話を聞いている。
「年の差って言うけど、誰がどんな年齢かって言うことなんだ。キョウスケ、お前の精神年齢は低い。オレに言わせればお前なんてまだまだ子供だ。それに引き換えユイちゃんの精神年齢は高い。この落ち着き方はどうだ。だから年の差による違和感や異質感がないように感じるんだ。これは重要なことだと思うよ。」
「ヒデさん、ボクは難しいことはわかりませんが、ユイもボクを支えてくれている一人です。ボクももっと頑張って、彼女に相応しい男になりますよ。」
そうだ。ボクは決めていた。近いうちにきちんと正式にプロポーズすることを。そのための準備だって進めていた。
一夜明けて日曜日。
少し飲みすぎた体が、早朝からの起動を拒んでいる。
昨日はかなり遅くまで飲んでいた。最後は、ボクとヒデさんと二人してユイと飲み比べに挑んだが、二対一でも結局勝てなかった。男二人の惨敗である。
空いたボトルは二本。ケロッとしているユイにスナックのママも驚いていた。
ママがユイをスカウトしたいとまで言ったぐらいに。
打って変わって、今朝のユイは台所に立ってまな板を叩いている。
彼女と一緒に住み始めて四ヶ月が経過した。苦しいことや悔しいこと、嬉しいことなど色々あったが、今は何となく落ち着いている。最近は、毎日のお弁当まで作ってくれるようになっていた。
味噌汁の匂いがしたので、少し重い体を無理やり起こして台所へ行く。
「ゴメンね寝坊して。」
「大丈夫よ。別に一緒にしなくても一人でできるから。」
「ボクは幾度となく、ユイが作ってくれたスープに助けられた。今日は二日酔いに効果てき面の味噌スープだ。これからもボクのためにスープを作ってね。」
「うふふ。」
こういうときにうわばみの彼女がいると非常に助かる。昨日のユイはボクの何倍も飲んだはずだけど。
「朝はゆっくりするとして、昼からはどうする?どうしたい?」
「昨日の今日よ。今日はキョウちゃんとずっと一緒にいたい。」
「そうだね、今日は色々とお休みにしよう。」
そう言いながらボクはユイの首筋に唇を這わせる。いつもながらユイの匂いはボクを虜にする。
「そっちは休みにしないの?」
妖しげな笑みは、ボクを更に奮い立たせる。
「さあ、ユイの特製味噌汁をいただいて、ついでにユイちゃんもいただきますか。」
などとふざけながら朝の食卓をまったり過ごす。
そして、いつもの通り後片付けは二人で行う。
こうして、昨日のどんちゃん騒ぎがウソのように穏やかな朝を満喫するのである。
片付けが終わると、朝のまったりタイム。
ここから先は、普通にスケベな中年の毒牙にかかった可愛い女の子の構図だ。
それでもユイはボクの要求に応えてくれる。
さすがにこの月にもなると暖房がないと過ごせなくなるので、お互いの体温が恋しいぐらいが丁度いい。
いつものようにユイの匂いはボクの気持ちを高揚させてくれると同時に安心をもさせてくれる。しなやかな肌もしっとりとした皮膚も、ボクが彼女の虜になっている重要なファクターである。
少し頭痛が残る朝は、この匂いと肌の感触だけを満喫できれば、ボクは満足できる。この時間は今までに味わったことのない、代え難い時間である。
この時間とこの感覚を失いたくない。そのためにはユイを失うわけにはいかない。
あの忌まわしい事件から二ヶ月が過ぎた。忘れることはできないだろうが、すでに過去の出来事として清算されている。少なくともボクの中では。
その後にあった嬉しいアクシデントも少なからずボクの後押しをしてくれているはずだ。昨晩のヒデさんが言った年の差の話は、決して間違いではないのだろう。ボク自身が精神年齢の低さを自覚している。自慢して言うことではないが。
だからこの頃にはすでに決心していた。渾身の勝負に出ることを。
ユイはそんなボクの気持ちも知らずに上の空。
ただボクを笑顔で見つめてくれている。
今日は一日、ボクも猫になって、たいくつをまどろむことにしよう。
どうせ外は、そろそろ冬を引き寄せる冷たい風が吹いているのだから。
そしてその週の水曜日のことだった。
ボクはさらに決心を固めることとなる。
朝から何となく気分が優れないボクは、仕事から帰ってからもボーっとしていた。
いつものように『もりや食堂』へユイを迎えに行き、そこで食事を済ませようと思ったのだが、いつもとは違った寒気を感じた。
「どうしたのキョウちゃん。顔が赤いよ。」
いつもと様子が違うボクの異変に気づいたユイが、ボクのおでこに手を当てる。
「ちょっと、熱があるじゃない。」
ユイの声を聞いた女将さんが奥から駆け寄ってきた。
「どうしたんだい熱があるのかい。」
そういうと一旦奥に入った女将さんが、クスリをもって出てきた。
「とりあえず熱さましのクスリだから、これを飲んで安静にしてな。ユイちゃんも今日はもういいから、キョウちゃんを連れてお帰り。後はお前さんの看病が一番のクスリになるはずだから。」
「ありがとうございます。じゃ、お先にキョウちゃん連れて帰ります。」
ユイは女将さんに礼を述べると、すぐに着替えて二人で店をあとにした。
部屋に帰ると、ボクはすぐにベッドに横たわる。
ユイはすぐさま台所に立ち、包丁でまな板を叩き始める。
やがて、美味しそうな匂いが部屋中に充満し、ボクを起こしに来る。
「何にも食べてないんでしょ。栄養つけてね。」
テーブルを見ると、ユイがボクのために作ってくれた手料理が並んでいた。卵焼きに野菜炒めにネギのスープ。
「風邪を引いたときにはネギが一番いいのよ。」
そう言って作ってくれたスープは、確実にボクのエネルギーになっていた。
「ありがとう。女将さんのくれたクスリとユイの作ってくれたスープのおかげで、すぐに良くなりそうだよ。」
「早く良くなってね。」
「でも今日は、キスはできないね。ユイにうつすと具合が悪いから。」
「うふふ。」
そう言って微笑んでみたものの、さすがにキスは控えたが、ユイはずっとボクに寄り添ってくれていた。朝を迎えるまで。
そして事実、翌朝にはケロッとした顔で朝を迎えたのである。
もう何度ユイの作ってくれたスープに助けられたことだろう。
久しぶりにボクの部屋で食べた二人きりの晩御飯。この温かみがたまらなく嬉しかった。
もう待てない。
ボクの気持ちが完全に固まった出来事となった。
表彰式から二週間が経過していた土曜日。
ボクの一大決心は、そのメインイベントを待つだけとなっていた。前日の金曜日に用意した秘密の宝箱を持って。
そしてこの日はユイの誕生日でもある。ようやく二十二歳になった。それでもボクとは十三歳の年齢差が生じている。この差は一生縮まることはない。
いつものように、朝はゆっくりだった。それでも開口一番、
「誕生日おめでとう。今日から二十二歳だね。」
「ありがとう。覚えていてくれたのね。うれしいわ。」
そして昨日の夜にそっと用意しておいた小さな箱に気づく。
「なにこれ?」
「もちろん誕生日プレゼントだよ。」
「えっ?ホントに?うれしい。開けてみてもいい?」
「いいよ。でもたいしたもんじゃなくてゴメンね。」
箱の中には、さそり座のシンボルマークをかたどった金のペンダントが入っている。
「キョウちゃんがくれたものなら、何でもうれしいよ。」
そう言ってボクに抱きついてくる。
「誕生日だし、プレゼントがないとね。」
朝一番のプレゼントで始まった今日のバースデープランは、何とかいいスタートを切ったようだ。
やがて冷たくたたずんでいる部屋の中を一通り暖めてから、そぞろ起きだす。ユイは今日も遅くても十一時には『もりや食堂』へ行かねばならぬ。ユイにとっては恩返しのつもりだから、例え誕生日でも、ボクとの約束があっても、決してそれを優先しない。
その義理堅さは非常にありがたい。
どうせボクもヒマなので、ユイとは同伴出勤となる。もちろん、いかがわしい店ではないので、特別料金が発生するわけではない。
そこでの過ごし方は、ユイの働き振りを見学しながら、軽い食事をとり、おやつをつまみながらテレビを見て過ごすのである。
テーブルの片隅で椅子を独占してしまっているが、常連客からはもう慣れた光景となっている。店を出る客が「お先に。」といってボクに声をかけてくれるほど。
土曜日も午後二時を過ぎると、ほぼ身内だけの空間となる。残っているのは親方と女将さんとボクとユイと超のつく常連客だけだ。
その時間、夕方の仕込を手伝う。もう慣れたもので、足りない買い物も率先して出かけていく。その後姿を見送って、女将さんがボクのところへ寄ってきた。
「ちょっとおいで。」
そう言ってボクを奥の部屋に呼び込む。
「丁度いい機会だから言っておくよ。ユイちゃんがあたしだけに話したこと。」
そういえば、あのとき女将さんと密談してたっけ。
「あの娘はね、自分がお前さんを不幸にするんじゃないかって心配してるんだ。夜の仕事をしてたことも聞いたよ。お前さんとのなれ初めも。だから、キョウちゃんに自分よりいい人が現れたら身を引いてもいいみたいなことも言うのさ。だからね、馬鹿なこと言ってんじゃないよ、いまキョウちゃんはユイちゃんがいるから頑張れてるんじゃないかって、だからそんなつまらないこと気にするんじゃないよって。」
「ユイはそんなことを話しましたか。」
「ついでにね、助けてもらったから、その恩があるから、好きでもない男と一緒にいなきゃいけないと思ってるかって聞いたんだ。そしたらね、初めは恩返しのつもりだったって言うんだ。でも一緒にいてどんどんお前さんのことを好きになっていく自分に気がついたって。お前さんのことが好きだって言ってたから。キョウちゃんのことを愛してるって言ってたから。」
「女将さん、ありがとう。でも、そのことをボクに話したことは、ユイには内緒にしておいた方がいいと思いますよ。ボクも聞かなかったことにします。どの道ボクの決心は揺るぎませんから。」
「そうか、それを聞いて安心したよ。お前、ホントにいい男だね。」
「ユイはそれ以上にいい女でしょ。」
女将さんは涙ぐみながらボクの背中を叩く。
痛いけど嬉しい。
ボクの決心は更に固まることとなる。
土曜日の夕方は午後の四時半ぐらいから客が入りだす。
競馬帰りのすったもんだの客がおおよその一番乗りだ。やけ酒のお兄さんもいれば、大盤振る舞いのオジサンもいたりする。
やがて家族連れや仕事帰りのお父さんたちも増え始め、ユイの仕事もピークを迎える。ボクはその姿を見ながら、やや緊張した面持ちで鎮座していた。
この夜はクルマで出かけるつもりだったのでビールを飲んでいない。ユイの仕事が終わるまで待つ時間が非常に手持ち無沙汰である。
またぞろその光景を女将さんもユイも不思議そうに見ていた。
女将さんが心配そうにボクのそばに寄ってきて、
「今日は体調が悪いのかい?飲んでないけど。」
「今日はユイの誕生日なんですよ。このあとクルマで出かける予定にしてるので。」
すると、何かを察した女将さんは、まだ午後六時半を少し回ったばかりだというのに、
「ユイちゃん、もうあがりな。今日は誕生日なんだって?そんな大事な日にこんな所でぐだぐだしてるんじゃないよ。カレシの顔色も悪そうだから、早く飯だけ食って連れて帰っとくれ。」
驚いたユイが駆け寄ってくる。
「どっか悪いの?」
ユイの心配そうな顔を見るとウソはつけない。
「悪くないよ。女将さんが気を利かせてくれただけだよ。今夜クルマで出かけたいんだ。女将さんのお許しも出たし、ご飯だけ食べて一緒に行ってくれる?」
「うん。」
今夜はボクが飲まないのでユイも飲まなかった。
二人してご飯だけ食べたのは何ヶ月ぶりだろう。ユイも不思議そうな顔をしてボクを見ている。ユイの誕生日を知った女将さんがプレゼントの代わりにエビフライをプレゼントしてくれた。それをニッコリ笑って頬張るユイがとても可愛かった。
あまり口数が増えないまま食事を終えて店を出るとき、女将さんがボクをこそっと呼んで背中を叩く。
「何だか知らないけど、頑張って来るんだよ。」
痛いけど、温かい。その温もりを感じながら暖簾を後にした。
今日の風は冷たい。でもユイと手をつないで帰ると風の冷たさなんて感じない。
それほどボクの心臓は高鳴り、燃えていた。
アパートに帰ると、さっそく出かける支度。
クルマのガソリンは満タンに入っている。
「どこへ連れて行ってくれるの?」
「江ノ島さ。今日は天気がいいからきっと月が見える。最高の月がね。」
「うふふ。」
そしてボクはユイを乗せてアクセルを踏み込む。
軽快に飛ばせば、わずか一時間半だ。
走りは軽快だが、おしゃべりは渋滞だ。
なにを話していいのかわからないボクは、エフエムのお兄さんに話題提供を任せる。
何かを察しているのか、ユイの口数も少ない。口数が少ないのは元々だけど、どんどんユイの顔から笑みが消えていく。
耐え切れなくなったユイがとうとう口を開く。
「キョウちゃん、なんか怒ってる?それともホントに元気が無いの?」
「いつもと同じだよ。今日はいつもより少し交通量が多いから、緊張して運転しているだけだよ。」
少し間をおいて、ユイがまた話し出す。
「キョウちゃん。ユイね、女将さんにキョウちゃんとの出会いの話をしたことがあるの。ユイが萌愛っていうキャバ嬢だったことも。」
「どうして?そんな話、しなくてもいいのに。」
「女将さんにもちゃんと知っておいて欲しかったの。もしキョウちゃんがユイのこと捨てたときに、理由がちゃんとあることを。」
「ボクがどうしてユイを捨てることが前提なの?」
「うふふ。そんな気がするから。」
「それなら安心していいんじゃない。そんなこと有り得ない。もうすぐ高速下りるから、あとはすぐだよ。今日は寒い夜だから、きっと月も綺麗だよ。」
そう言って話題をそらす。
街中を走ること数十分。江ノ島が近づいてきた。
実際に江ノ島に渡るわけではない。その手前の砂浜が今日の目的地である。
夜の江ノ島海岸は、さすがに人影がまばらだ。
それでも予想通り、綺麗な月が輝いていた。
「おいで。ちょっと寒いけど。」
「うん。」
ボクたちは手をつないで砂浜を歩く。
やや西に出ている月を見上げると、幸運にも今夜は満月に近い。
「ユイ、そこに立って。手を軽く握って猫のポーズで腕を上げて。」
ボクはカメラを持参していた。
この日のユイをポートレートとして収めるために。
いくつかシャッターを押したあと、ユイに駆け寄り抱きしめる。
「もうコンテストには出さない。ボクだけのユイにしたい。」
「うふふ。ここでキスできる?」
ボクはニッコリと微笑んで、無言のままユイの唇を奪いに行く。
「寒いから抱き合っていても不思議はないよね。『月明かりに映える猫』それがボクのユイに対するイメージ。だから今日はいつもの十倍美しい。」
「もしかして七倍じゃない?だからムーンライトセブンなのよ。」
「えっ?」
「月の下のユイは、やっぱり萌愛なんじゃない?だからキョウちゃんのイメージが湧くんじゃない?」
「そんなことないよ。だってユイに言われるまで店の名前なんて忘れてたよ。」
ユイはボクに抱きついたまま囁く。
「キョウちゃんが好き。」
「先に言うなんてずるいよ。」
ボクはポケットに入っている小箱を握り締めた。
「もう一度確認するけど、ボクは萌愛じゃなくてユイを愛してる。ユイもボクを愛してくれる?」
「うん。」
「ちゃんと愛してるって言って。」
「愛してる。恭介さんを愛してる。」
そしてボクはユイの前にひざまずき、ポケットから小箱を取り出し、蓋を開けた。
もちろんそこには指輪が光っている。
「ならば、ボクと結婚してください。本気です。」
ユイはすぐに受け取らない。
指輪の箱を持つボクの手にしがみついて、目を潤ませながら告白を始める。
「ヒデさんって、メイさんのお客さんでしょ。ユイがまだ萌愛だった頃、何度かメイさんのヘルプでヒデさんの膝の上に座ったことがあるの。キスもしたわ。おっぱいも触られたわ。そんな女なのよ。ヒデさんのこと、一目見てわかったわ。だから、キョウちゃんにいつかは話さなきゃってずっと思ってた。」
ユイの目には涙が溢れんばかりにこぼれている。
「ヒデさんもわかってたと思う。彼も優しいから、キョウちゃんには黙ってるみたいだけど。キョウちゃんの親しい先輩とキスしたり、エッチなことをされてた女なのよ。そんな女と結婚なんてイヤでしょ。」
「ユイ、ボクがそんなことを想定してないとでも思っていたの?ヒデさんがセブンの常連さんだってことは知っていたし、そんなこともあっただろうなとは思ってたよ。昔の話しだし、あれは萌愛ちゃんの仕事。確かに嬉しくはないけど、最終的にはボクが勝ち取ったと思ってる。だから問題ないよ。だから・・・・。」
ユイはそれこそ号泣しながらボクに抱きついていた。
「黙っててゴメンね。それを知ったら、きっとキョウちゃんに嫌われると思ってたから、ずっと思ってたから。」
「ユイ、涙を拭いてこっちを向いてよ。指輪、受け取ってくれるんでしょ。」
「うん。」
ボクたちはしばらくの間、ずっと月明かりのシルエットとなっていた。もちろんその影は一つになったままである。
もうユイが心配することは何もないはずだ。もうユイが涙を流すこともないはずだ。
二○××年十一月の土曜日晴れユイの誕生日。
夜も天気がよく晴れていて、雲ひとつない天空のスクリーンに真っ白で丸い月が眩しい。風もなく静かに更けていく夜は、熱いボクたちを包むように喧騒な音を消し去っていた。
帰りのクルマの中、ボクの心は往路のときとは違っていた。
年の離れたうら若き乙女を我妻にすることを宣言し、乙女の了承を得たのだ。
彼女の未来を担う責任は重い。そう言い聞かせて彼女の手を握る。
時間は午後九時を回ったころ。
未来の花嫁を乗せたクルマは、高速道路を下りて、都会の街並みを潜り抜ける。やがて、都心から外れた幹線沿いにひなびた教会が建っているのが見える。今宵の第二サプライズともいえるスポットに決めていた場所である。
「この教会はすでに廃屋になっているんだけど、マリア様はまだ残っているんだ。ネットでも知る人ぞ知る教会らしいけど、ここのマリア様の前で愛を誓うと、幸せになれるんだって。信じる?」
「迷信は信じない。でもキョウちゃんとなら幸せになれそうな気がする。」
「じゃ、決まりだね。」
ボクたちはクルマを降りて、教会の中へと進む。話題になりつつある教会は、町内会か互助会なのかが気を利かせてランプで内部を明るくしてくれていた。
ドアを入ると、別のカップルがすれ違いざまに出てきた。
ボクとユイは、他の訪問者が誰もいないことを確認してマリア様の前に立つ。
「神父さんがいないから、お祈りの仕方がわからないね。」
ボクがおどけて見せると、
「心を込めて祈れば通じるわ。」
そう言ってユイは両手を握り締め、目を瞑る。
「ユイ、お祈りの仕方はわからないけど、このマリア様の前でボクはキミに誓うよ。ずっとキミを愛することを。」
「私もよ。愛してるわ。」
薄明かりの中、ボクたちは唇を重ね、甘い芳香を漂わせる。
次の訪問者が来る前に、誓いを済ませたボクたちは、本日の神事を全て終了することができたようだ。
アパートに帰りドアを開ける。
その瞬間、ボクは猛烈にユイが欲しくなった。
激しく唇を奪い、ぐっと抱きしめる。そしてそのまま抱き上げて、ベッドまで運ぶ。
「今夜はユイが欲しい。」
それだけ言って、押し倒すように体を重ねる。
今夜もユイの唇はやわらかくて甘い。祠の奥底に眠っている女神も呼び起こし、ネットリとしたあいさつを求めた。
慣れたはずの匂いや普段どおりのはずの肌の感触が、今日は一段と違って感じられる。
ひんやりとしたシーツの冷たさも、あっという間に熱を帯び、息遣いの荒々しさと比例して乱れていく。
少し子供じみた乱暴さだったかもしれない。それでも黙ってボクの動きを見届けながら、マリア様のような微笑でボクを見つめてくれる。
そのまなざしを確認して、ボクはユイの大きな胸の膨らみを求めていく。そしてそのふくよかな丘陵の谷間に顔をうずめて、あらんばかりの息を吸う。するとユイの肌から放たれている彼女特有の匂いがボクの鼻腔を突き抜けていく。と同時に露になる丘陵の頂点がボクを誘い、やがてはボクを野獣に仕立て上げた。ユイは野獣の憤りをたしなめるかのように、ボクの頬に両手を当てて静かにささやく。
「慌てなくても逃げたりしないのよ。」
しかし、その言葉とは裏腹に野獣はさらに猛獣化していく。
やがてユイの肌身のものが全て剥ぎ取られたとき、ようやく獲物を我が物にしたかのような猛獣の本能が、ゆっくりと舌なめずりを始める。
そしてボクの唇は、その肌に烙印を押していくかのように吸いついて、自らの痕跡を残していく。やわらかな部分には少し歯をあてて肉の感触を確かめながら、ボクの右手はユイの洞窟の様子を伺いに行く。
すでに彼女の熱い洞窟の中は、ボクの全てを受けれる体制が整っているかのように煮沸していた。
ボクがそこへ辿り着く前に、ユイの左手がボクの分身の行く手を阻んだ。
その合図と共に、ボクはユイの女神が待っている祠へと分身を送り込む。
少し凌辱的な光景がボクの視界から見下ろされることで、狼だった野獣の部分がいつしか虎に変わっていた。
猛りを存分に堪能し、ユイの虚ろな目を確認するとすぐさま彼女を抱きかかえ、強引な突入を始めた。行っては戻り、戻っては突進するを繰り返す。
大きな胸はボクの手によって支配され、彼女の意図とは無関係に踊らされている。
しかし、高揚が高まり、一瞬の油断を喫したボクの瞬間をユイは見逃さなかった。
スルスルとボクの首に手を回し、唇をあわせて女神様をボクの中へ送り込んできた。やさしく、そしてやわらかい。その攻撃に耐えうる虎は一埃もなく、あっという間に猫と虎が入れ替わる。
体を入れ替えたユイは、猛り狂う獣を戒めるかのような動きでボクの勢いを鎮めに来る。
やがて落ち着いたボクは、人としての自覚を取り戻し、一転してゆっくりとした動きで、再び体を入れ替えた。
「愛してる。」
「私もよ。」
今はその言葉しか思いつかない。その言葉しか放てない。
この夜は何度も何度も獣と人との入れ替わりを繰り返しながら抱き合った。
やわらかいユイの体に我慢できずに、二回ほどユイの中で果てたのを覚えている。
しかし、今夜の野獣はあきらめることを覚えなかった。
何度も豊満な肉に喰らいつき、この獲物は完全に我が物であることを獲物自身にもわからせるが如くの暴れようである。
しかしながら、永遠に終わらぬ宴はなく、宵闇が朝ぼらけに変わろうとする頃まで続けられた演目も、やがては幕を下ろすこととなる。
「もう離さないぞ。今のユイはボクの匂いしかしない。」
「うん。キョウちゃんもユイの匂いしかしない。」
「少し寝て、今日はこの匂いのまま女将さんのところへ報告に行こう。ボクたちの門出を知らせに。」
「そんなの恥ずかしい。でもキョウちゃんが望むならそれでもいい。」
「ウソだよ。ちゃんと綺麗な格好して行こう。でもまずは少し寝よう。」
言い終わるか終わらぬかの間にボクは夢うつつの世界に陥っていた。
後で聞いた話だと、ユイはボクの顔を自分の胸に抱き寄せて、ボクの寝息を肌で感じながら目を瞑ったらしい。
日曜日の遅い朝、互いに穢しあった体を熱い飛沫で清めて後、少し小綺麗な服を着て『もりや食堂』へと向かう。
ボクたちは、今までとは違った面持ちで暖簾をくぐり、親方と女将さんに少し気取ったあいさつをする。
「おはようございます。」
二人して気取った服を着て、気取ったあいさつをした時点で、親方も女将さんも不思議そうな顔をして近づいてくる。
「どうしたんだい。なにかあったのかい。」
女将さんの心配げな顔を見てボクたちはニッコリと微笑む。
「女将さん、昨日ボクはユイにプロポーズしました。ボクたちは結婚します。」
途端に女将さんの顔が崩れていく。そしてユイに抱きつくのである。
「ユイちゃん、やっと決心してくれたんだね。」
親方もボクの肩を叩き、
「キョウちゃん、よかったなあ。」
とすでに涙声だ。
日曜日の昼前どきである。昨日のボクの様子が気になってか、早目に店にいた常連客もこぞってボクたちの周りを囲むようにして集まってくる。
「よかったな、キョウちゃん。」
「うらやましいぜ、この野郎。」
というのはいい方だ。中には、
「ユイちゃん、こんな男でホントにいいのか?」
とか、
「ユイちゃん、もうちょっと考えた方がよかったんじゃないか?」
などという輩もいるから困ったものだ。
それでも、そういった言動を放つ輩たちは、逐一女将さんのゲンコツで一蹴される。
女将さんがユイを抱いて離そうとはしない。
「ホントに嬉しいよ。これでお前さんも間違いなくあたしの娘だ。もう遠慮なんか要らないんだからね。いつでも甘えにおいで。」
「ありがとうございます。女将さんがいなかったら決心できなかったかもしれません。」
すると常連客がちゃちゃを入れてくる。
「女将さんにフォローしてもらわなきゃいけない過去がキョウちゃんにあったのか?」
ボクは神妙な顔つきで答える。
「だから、女将さんには頭が上がらないんですよ。」
みんなが一斉に笑いの渦を作ってくれる。
それを見て女将さんがユイにそっと聞いていた。
「何があんたを決断させたんだい。」
「ユイが一つだけ・・・、」
それを言おうとした瞬間にボクがユイの言葉を遮る。
「ユイ、そうじゃないだろ。」
するとニッコリと微笑んだユイは、
「恭介さんが、ユイの全てを受け入れてくれたからです。」
と答えなおした。
目をくりくりと丸くした女将さんが大きな声で宣言する。
「聞いたか、『恭介さん』だって。初々しいじゃないか、みんな、これからはユイちゃんのことを若奥さんって呼ぶんだよ。馴れ馴れしく『ユイちゃん』なんて呼んだらあたしが許さないよ。わかったね。」
「女将さん、今までどおりでいいです。まだ結婚してませんし。」
ユイが照れくさそうに答えると、
「今から練習しておくんだよ、いずれはこの店はキョウちゃんとユイちゃんに継いでもらおうと思ってるんだし。」
「女将さん、ボクはそんな話は聞いてませんし、受けませんよ。」
「冗談だよ。でも、ホントにそうなったらいいと思ってるんだけどねえ。老後はね、冷たいウチの娘たちよりも、お前たちと一緒に暮らしたいよ。」
「なにを情けないことを言ってるんですか。まだまだ若いんだから、いつまででも元気でボクたちを叱ってください。」
「うれしいことを言ってくれるねえ。ところでなにを食べるんだい。今日もあたしに驕らせな。何でも好きなもん注文するんだよ。」
もう女将さんの声は聞くに堪えない涙声だ。ボクは女将さんを抱きしめた。
「ありがとう。本当に感謝してます。女将さんも愛してますよ。」
「馬鹿野郎、ついでみたいに言うんじゃないよ。」
親方と女将さんへの報告会は無事に終わった。
このあとは、常連客も交えてのちょっとした宴会になったことは言うまでもない。
そして翌週の月曜日からは、気持ちは新たではあるが、今までどおりの日常が再開されるのである。
ボクは会社へ、ユイは食堂へ。今までと同じ時間をこなすのである。
出社後、ボクはヒデさんと対面し、プロポーズの報告をする。ただし、ユイの告白のことは一切触れずに。
「そうか、よかったな。色々あったからな。大事にしてやれよ。お前には勿体無いぞ。」
などと色々忠告してくれる。
「あと、オレに若い彼女を紹介してくれって頼んでおいてくれよな。」
などとは余計な一言である。ボクは溜め息をついてそれを否定した。
「で、結婚式はいつなんだ。」
「まだそこまでいってません。やっとプロポーズがOKになったばかりです。彼女のご両親にもあいさつ行かなきゃいけないし。っていうか、許してもらえるかどうかも、まだわかりませんからね。」
「そうだな、十歳以上も離れてるからなあ。反対されても仕方ないよなあ。反対されたらどうするんだ?」
「まだそこまで考えていません。ユイとそこまで話してませんから。」
「ま、早くしてしまえよ。善は急げって言うからな。」
「はい。肝に銘じておきます。」
これで、先輩への義理も果たせた。あのことは黙ってくれているのだから、ボクからは言わない。確かに、想像できていた事だから。
そして日常の平日は何事もなく過ぎてゆき、ワクワクする土曜日が訪れる。
今日も遅めの目覚めとともに、ベッドの上でのじゃれ合いが始まっていた。
「おはようユイ。今日は土曜日だから、ボクも一緒に出勤するよ。」
そう言ってユイと一緒に同伴出勤。
ボクら二人の出勤風景は、すでに『もりや食堂』における土曜日の恒例行事のようになっていた。
常連のお客さんたちは、
「今日も仲がいいね。」
などと温かい冷やかしを入れてくれる。
「そういえば、そろそろキョウちゃんの写真の本が発売されるんじゃないの。」
「よく覚えてくれてましたねえ。今日発売です。ボクは入賞者なので一足先にもらいましたけどね。これです、じゃじゃん。」
ボクはもっていたカバンから雑誌を取り出す。
写真自体は表彰式でパネルをもらってきているので、初めて見るわけじゃないが、雑誌に掲載されている写真を見るとまた一入である。
「親方、女将さん、この冊子はお二人に贈呈します。ボクが持っているよりもお二人に持っていて頂いた方がいいような気がするから。」
「やっぱりお前はあたしの息子だよ。大事にするよ。」
女将さんは素直に喜んでくれた。
「あとは、お前さんたちの結婚式を見届ければ、もう思い残すことはないよ。」
「何言ってるんですか女将さん、ボクたちの子供の顔を見るまでは逝かせませんよ。」
「そりゃそうだ、早いところしておくれよ。」
「もうあとは互いの実家に挨拶に行くだけですから。」
こうしてボクの決心とユイの決心が固まる十一月が過ぎようとしていた。
幸せの絶頂だった十一月が。
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