後日談

僕は、大人になった。色んな意味で、大人になった。


僕が自力で探し出した高校の生活はあっという間に過ぎていった。入学前に心配したいじめの問題も、いざ入ってみると全くそんな事はなかった。むしろ、クラスの中でもまあまあの人気者になれた。勉強も常に僕に対して少し上のレベルを突きつけてきて、飽きる事なく年が進んだ。

大学受験も危なげなくパスし、今は農業大学で次世代の農薬を作るための実験に明け暮れている。先月20歳を迎え、社会的に晴れて大人になった。高校で仲良くなった友達が、実験室でサプライズパーティーを開催してくれた。涙がにじむほど嬉しかった。


大学に通う中、僕は魅力的な女性と出会った。彼女は日夜実験をする僕をとても心配してくれて、家族に嫌われていた僕にとっては新しいパートナーだった。まだこの歳で結婚のことは考えていないが、僕はいずれこの人と結婚式を挙げるだろうと予想していた。それくらい、僕らの仲は順調に進んでいた。

自分達で将来を決める。そんな、模範的な大人になった。


僕は幸せだった。好きなことに打ち込み、好きな人と共に過ごし、好きなものを食べ、好きなように生活した。恐らく僕は、このまま歳をとって結婚し、子供を授かって、子供の成長を見守りながらゆっくりと朽ちていくだろう。

それで、十分だった。




僕は、自分の心に嘘をついた。


同じ高校に入ったにもかかわらず、あの少女には3年間1度も会わなかった。転校してしまったのかも知れないし、ただ単に僕がものすごく運が悪かっただけかも知れない。ただ、一回きりの出会いというのは、よもや神様が嫌いなのかと思うほどに残酷だった。

確かに今のパートナーは魅力的だ。献身的に尽くしてくれるし、お互いのことも知らないものはないと断言できる。

しかし、僕はまだ諦めきれなかった。

初めて恋したあの女性の、名前だけでも知りたかった。

一緒にいてくれなくてもいい。

この先会わなくてもいい。

ただ、一度だけ一緒に話したかった。

会って、話して、笑いたかった。そして、そのままこの横恋慕を心の奥に押し込みたかった。

そんな淡い希望を言ったってもうあの少女に会えないことなど、とっくのとうに分かっていた。

それでも、どうしても諦められなかった。




「ふう……」

僕はそっとペンを置く。朝思い立って書き始めて、結局勢いだけで夕方になるまで没頭してしまった。それだけ、思い入れが強かったのだ。

僕が何を考えていたのか。

僕が何を感じたのか。

その全ての混ざりあったぐちゃぐちゃの感情を、どこかに書き留めておきたかった。

この随筆は、もしかしたら押入れの中にしまわれて二度と陽の目を見ないかも知れない。飼っている猫がビリビリに破いて、ゴミ箱の奥に押し込まれてしまうかも知れない。或いは、案外僕の子供がいつの日かこのノートを見つけて、自分の親の青春を見るかも知れない。それは、誰にも分からない。

ただ形として残せたことが、少なくとも嬉しかった。


実は、僕の初恋のことは今のパートナーには一言も話していない。伝えた時点で、なぜか僕の持つ幻の少女が、本当に幻想になってしまう予感があるからだ。僕が死ぬまでは、もしかしたらどこかにいるかもという想いを残しておきたかった。結局のところただの自己満足だが、それでも良い。

あの日の事は、宙に光る星の数ほどある僕の思い出の1つに過ぎなかった。

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