桜の季節

おとーふ

Original Side

あの日

桜の花が、はらはらと舞っていた。1つの樹からではなく、桜並木のように配置されたいくつもの桜から、数え切れないほどの花びらが。地面に落ちた花びらは、やがて風に吹かれ、また宙に浮いては舞い落ちていった。

僕は、その桜並木の道の歩行者レーンを1人で歩いていた。風向きの所為か花びらが身体の上に降ってくる事は無かったが、数多の花びらの中では自分がその中で桜にまみれていると錯覚するようだった。

被ってもいない花びらをパッパッと払い、僕は歩みを進める。

今日は、初めての高校生活が始まる日だった。幼少期から長らく暮らしていた居心地の悪い家を抜け出し、自力で全寮制の高校を探して入試を受けた。身内は誰も入試費用や生活費を出してくれなかったので、奨学金をとった。ここまで準備したのだから、僕は難なく高校に入学できると思っていた。

ところが、事前の新入生歓迎会に行った際誰も僕と話したがらなかった。特に顔に不自由があるわけでもなく、性格も善良な方だと自負していた。ただ、人の輪に入るのが極端に苦手だった。結果、歓迎会なのに歓迎されている気持ちは少しも湧いてこなかった。

どうせいいように転ぶだろう。そう楽天的に考えた僕は、今の今まで特に何もせず入学式の日を待っていた。もちろん、今もそう考えている。

入学前にトラブルはあったものの、僕は新しい学校が楽しみだった。新しい環境になれば、嫌でも人の輪に入るだろうと考えたのだ。

「パップーッ」

今までのことを空想していると、不意に歩行者信号の音が聞こえた。顔を上げると、もう校門の前の交差点にまで来ていた。校門の奥に建つ灰色の校舎を見据え、改めて決心を固める。

「……!」

校舎を見つめているとその手前--丁度道路を挟んで反対側--に、1人の少女が見えた。はっと、息を飲んだ。

風に吹かれて靡く綺麗な黒髪。純真無垢を彷彿とさせる瞳。笑顔が綺麗な口。人形のように細く引き締まった体躯。

その全てが、完璧な比率で存在していた。

この感情は……? 得体の知れない感情に、僕の心が揺れ動く。一緒に話したい、座りたい、笑いたい。そんな欲望が溢れ出す。

「……あ。ま、待って……」

少女が校門の向こうへ消えていく。

せめて、名前だけでも訊かなければ。焦燥を顔に浮かべて、交差点を渡った。

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