救いの手

「マカぁーっ!」


「ようやく呼んだな。ったく、遅いっ!」


「えっ?」


 マカが現れた。


 それこそ風のような速さで。


 フーカの体を抱え込み、光る右手でフーカの首元に触れた。


 すると黒い手のひらは黒いチリと化し、消えた。


「…まったく。余計なことにばかり首を突っ込みたがるな。ミナは」


 マカは険しい表情で、フーカの体を見た。


「まっ、ぎりぎりセーフってところか」


「あっ、フーカちゃん!」


 ミナは二人に駆け寄った。


 フーカは涙を流していたが、その寝息は安らいだものになっていた。


「気を失っただけだ。…それより、説明してもらおうか」


 いつものマカとは違った厳しい雰囲気に驚きながらも、ミナはこの前の夜のことを話した。


 するとマカはこめかみをぐりぐりと指で押した。


「…このプレハブ小屋を壊すよう、校長に進言したのは私だ。ここはあまりに邪気が集まり過ぎた」


「じゃっ邪気?」


「ああ。ここは人目に付きにくいだろ? 悪さをする生徒や、自殺をする生徒の悪しき気が溜まり、この場自体が手に負えなくなっていた。だからいっそのこと壊すように言ったんだが…」


「ごっゴメン…」


「ミナに謝られてもしょうがないさ。まずは、ここを何とかしなければな」

 マカはミナの後ろに眼をやった。


「おい。セツカ、ソウマ。出て来い」


「はいはい」


「こんばんわ、ミナさん」


「あっ、あなた達…」


 あの夜、ぶつかった少年と青年だった。


「マカの知り合いなの?」


「正確には血縁者だ。少年の方がセツカ、青年の方がソウマと言う。まっ、深くは気にするな」


 そう言いつつ、ソウマにフーカの体を渡す。


「例の物は?」


「急いで準備しましたよ」


 フーカを受け取る時、ソウマは手に持っていた紙袋をマカに渡した。


 紙袋の中身を確認して、マカは頷いた。


「礼は後で渡す。セツカ、手伝え」


「はいはい」


「あっ、ミナはソウマの近くにいろ」


「うっうん…」


 マカはセツカを連れ、プレハブ小屋へと入った。


「…またよく活性化しているな」


「こんなに溜まっているとはね。学校って怖いよね」


 マカは険しい顔で紙袋に手を突っ込んだ。


 ミナやフーカには視えないだろうが、小屋の中は黒い手でいっぱいだった。


 いや、視えない方がよかっただろう。


 いろいろな黒い腕が伸び、渦を巻いている光景など。

 そして取り出したのは、丸く平べったいロウソク。


 そのロウソクには魔方陣が彫られていた。


「ボクも手伝ったんだからね。半日でやるには苦労したよ」


「コレで前回のケータイの件は水に流してやる」


 そう言われ、セツカは言葉をなくした。


 マカは黒き手を何とも思わず、部屋の隅にロウソクを置いていく。


 最後に中心部に一つ置き、その前に立った。


「セツカ」


「はいはい」


 セツカはマカと向かい合うように立った。


 二人で手を合わせ、気を高める。

 眼を閉じ、神経を集中する。


 すると二人からゆらり陽炎のように、気が立ち上る。


 ロウソクが一気に燃え上がった。


 赤き炎が柱となり、部屋に光が満ちる。


 そしてゆっくりと開いた二人の眼は、赤く染まっていた。


 二人の放つ気と、五つの炎の光は部屋の闇を飲み込み、そして突如消えた。


「…ふぅ」


「う~。今夜はゆっくり眠れそうだよ」


 二人はぐったりとした。


 ロウソクはすでに影も形も無い。


 同じように、黒き手も無くなっていた。


「…おとなしくしていれば、壊すだけで済んだのに」


 物を移動する時は真昼間で、大勢の人を使った。


 そして普通に壊せば、その場に溜まった気も壊せるはず―だった。


 余計なことをしなければ。





 アキが言い出したあの儀式。


 実はその場に溜まる気を、練り固めるものだった。


 このプレハブ小屋のような場所で、人が何度も行き来することにより、場に溜まっている気を練り回す。


 そして強くしてしまうのだ。


 


「ったく…。どこで仕入れた知識なんだか」


「…言っておくけど、ボクじゃないからね」


 セツカは最初に言っておいた。


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