黒き手のひら

 その夜、フーカはミナの部屋を訪れていた。


 両親は仕事で遅くなるらしい。


「自由にしててね」


「うっうん」


 しかしフーカはここに来た時から震えが止まらないらしい。


 もうすぐあの儀式を行った時刻だ。


 ミナはムリに笑みを浮かべ、立ち上がった。


「よしっ、お腹も減ってきたし、下におりてピザでも頼もう! 今の時間なら、バラエティ番組もいっぱいやっているだろうし」


「うっうん…」


 顔を上げたフーカだが、すぐに動きが止まった。


 表情が恐怖に引きつり、ミナの背後を震える指先で差す。


「あっああっ…!」


どんっ ばんばんっ どどんっ





 …何かを叩くような音。


 ミナはゆっくり振り返った。


 まだカーテンは閉めていなかった。


 だからはっきりと見てしまった。


 窓には黒い手のひらの跡が、音と共に次々と現れる。


 手のひらは、赤ん坊サイズから男性の大きなサイズまでさまざまだ。


 ミナは眼を見開き、口を開いた。


「いっやあああ!」


 二人は部屋を飛び出した。


 そのまま家からも、出てしまう。


 二人は駆け出し、学校へと向かった。


 そして校門を乗り越え、例のプレハブ小屋へと来た。


「えっ…?」


 息を切らせながら、ふとミナは正気に戻った。





 ―何故、ここへ来てしまったのだろう?





 逃げ場所ならば、もっと人気の多い所の方が良かったのではないのか?


 なのに逃げている途中、迷わずここへ来てしまった。


 まるで導かれているように―。


「ねっねぇ、フーカちゃん。帰ろう。ここは危ないよ!」


 しかしフーカは反応しない。


 体を折り曲げ、苦しげに顔を歪めていた。


「うぐっ…」


 苦しそうに首を掻き毟っている。


 ミナはフーカの首元を見て、言葉を無くした。


 その首には、黒い手のひらがまるで首を絞めるような形ではっきりと浮かんでいたからだ。


「ひっ!」


 ミナは思わず後ろに引いた。


 フーカは息が出来ないようで、口を何度も開かせるも吸えないようだ。


 脂汗が顔に浮かび、目が血走る。


「やっやぁあっ!」


 逃げ出すことも、助け出すことも出来ず、ミナは顔を恐怖に歪めた。


「どっどうしようどうしようどうしようっ…!」


 頭の中が混乱する中、一人の人物の顔が浮かんだ。


 そして、その名を叫んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る