伸びる黒き手

 その夜。ミナは不思議な夢を見た。


 アキが深夜、踏み切りの前に立っていた。


 電車がもうすぐやって来る。


 アキは待っている、電車が通り過ぎるのを。


 しかし電車が目の前までやってきた時。





 ―アキの背後から、黒い手が伸びた。





 そしてアキの背は押され、その体は電車の前に―


「………っ!」


 電車のライトに照らされ、アキの恐怖に引きつった顔が浮かんだ。











 翌朝。


「…ミナ。ヒドイ顔色だけど、今日休んだ方がよかったんじゃない?」


 マカが心配そうに声をかけてきた。


「ううん、大丈夫。ちょっと夢見悪かっただけだから」


「そう…。夢見悪いなら、私のオススメのアロマあげようか? 良い気分になれるよ」


 気を使うように、ミナの頭を優しく撫でてくれる。


 それだけで、ミナも笑顔になれる。


 しかし、その時。


 ユマが教室に飛び込んできた。


「ミナぁ! アキがっ、アキが死んだってっ…!」


 ミナの笑顔が凍りついた。


 アキは昨夜、ジュースを買いに外に出たらしい。


 その途中で、電車に飛び込んだという。


 おかしな話だが、現場にはおかしなところが無いので自殺ということで片付けられるようだった。


 しかしミナは昨夜の夢のことが気になっていた。


 まさか、とは思うが、誰にも言えない。


 その日、学生の急死ということで、学校は休校となった。


「ミナ、すぐに家に帰りなよ。良かったら、看病してあげよっか? ミナの好きなリゾットとゼリー、作ってあげるよ」


「マカ…。ありがと。でも一人で大丈夫だから」


「そっ…」


 マカは寂しそうに答えた。


 家に帰っても、寝直す気分ではなかった。


 頭には入らないが、無理に勉強していた。


 そうすることで、余計なことを考えないようにしていた。


 そのおかげか、夜は早目に眠りにつけた。


 しかしその夜見た夢は…。








 ―ユマが何かから逃げていた。一生懸命に。


 歩道橋を駆け上り、真ん中まで来た所で振り返った。


 すると黒い手が伸びて…ユマの肩を叩いた。


 そしてユマの体は下へと落ちた―











 翌朝、登校してきたミナを向かえたマカは、ぎょっとして駆け寄ってきた。


「ちょっ…ミナ! 今すぐ家に帰ろう! 顔色、青い通り越して、土気色になってる!」


「うっううん、ヘーキ」


「ウソおっしゃい! どんだけ勉強してんのよ?」


 ミナをイスに座らせながら、マカは顔をしかめた。


「ミナ…。何か悩みがあるなら言って。ご両親に進学先のことで何か言われた? それとも体調が悪い? 言ってくれなきゃ、私も行動できないのよ」


「…ゴメン、マカ」


 涙が出そうになるのを、必死でこらえる。


 きっとマカに黙ってしまった罰だ。


 だから一人で抱え込まなきゃならない。


 だがその朝のホームルームでは、担任が難しい顔をして入ってきた。


「え~突然だが、本日も休校となった」


 クラスの中がざわめく。


 しかし担任がその理由を口に出した途端、静まり返った。


 その理由とは、ユマが歩道橋から飛び降り自殺したとのことだった。











 ミナは帰り間際、フーカに呼び出された。


 屋上へ続く階段の踊り場で、人がいないことを確認してから、フーカは口を開いた。


「ねっねぇ、ミナさん。アタシ達、どおなるの?」


 震える彼女の声は、不安に満ちていた。


「あっアタシね、この頃ヘンな夢を見るの。死んだ二人が、死ぬところの夢を…」


 それはミナも見ていた。


「それでね、考えてみたんだけど…。あの夜やったこと、順番で言うとアキさんやユマさんの順序だったよね?」


 そう、そして次は…。


「それで次は…アタシなのぉ?」


 ついにフーカは泣き出した。


 同じ不安を感じているフーカは何も言えない。


「じゃっじゃあ今夜、あたしの家に来る?」


「…えっ?」


「二人でいれば、何とかなるかもしれないでしょ?」


 確信なんて無かった。


 けれどもう一人で抱え込むには、ムリがあった。


「そ…そうね。じゃあ、お邪魔する」


「うん、来て」


 無理やり微笑み合う二人を、階段の影からマカが無表情で見つめていた。


「なるほど、な…」


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