【9】狂気の主、最悪の予兆
「いよいよ本性を現したって感じか」
モール内を駆けながら、紫狼が呟きを洩らす。周囲に散在するホムンクルスたちは相変わらず動きを停めたままだった。
『本番に向けての予行演習のつもりだったんだけどね……まさかここまで抵抗するとは、僕も予想外だったよ』
各所に備え付けられたスピーカーから、野間の声が響き渡る。そこに含まれたのは明らかな苛立ちの色。
それはさながら計画を狂わされた悪の親玉然とした行動、とも思える。
『ACCS、君たちはスイッチを入れてくれるだけで役目は十分だったんだけどね。これほど邪魔されるなんて思っても見なかった、たかが民間の君たち程度がね』
「そりゃ、御愁傷様」
向けられた怒りの込められた言葉に、淡々と口にする紫狼。微かに、舌打ちのような音が聴こえたような気がした。
『……まぁ、いい。僕は、元々は将来を約束されたエリートだった。こんな商業施設で、たかが一管理職として無為に過ごすような人間じゃない』
己に言い聞かせるような呟き、それから始まったのは自分の不遇についての話。さっきまでとは違い、今度はどこか自らに陶酔しているような、そんな口調に感じられる。
『わかるだろう? 僕が成すべきはこの次世代社会のモデル都市を、より完璧な形へと作り上げることだ。そして次世代社会を完璧に管理する地位へと登り詰めるべきなんだ』
まるで政治家の選挙運動のように、声高らかに語り続ける野間。最初に会った時のうだつの上がらない印象とは裏腹の、自信に満ちた言葉の数々はしかし紫狼の耳には空虚な響きしか感じさせない。
『だが、ここへ来た僕に与えられたのはバベルの要職などでもなく……ましてやバベルにすら席を与えず、こんな商業施設ごときの管理役と来たものだ。既に管理する側からして、このArks―Cityは破綻しているとしか言い様がない』
語り続ける言葉に、次第に熱が帯び始めていく。次世代社会のモデル都市と言う、出世にはこれ以上なかったはずの場所。
だがそれは、野間という人間を正確に判定し、そして適切な役割へと配置された。その事が納得できず、彼を暴走させたのだろう。
野間の語る言葉を聞きながら、どこか哀れみのような感情とともに紫狼はそう推測していた。
『だから僕は決意した。真に次世代社会のモデル都市のより正しいデータを得る為に、今のバベルの無能な連中を排除すると』
野間の声に力がこもり始める。使命感、義務感、そんな意思が伝わってくる。
ちらりと周囲へ視線を巡らせる。未だにホムンクルスたちはその動きを停めたまま。だが、それももう長くはないだろう。
語り続ける野間の様子から、紫狼はそれを予測していた。
****
「狂ってるな……!!」
「いやー、アタシにはこういうエリートさんの御高説ってのは理解が出来ないねー」
「同感だ」
流れ続ける野間の語り。それに苦虫を噛んだような顔で呟く保田と、いつもの飄々とした調子ながら眉間にシワを寄せて言うオードリー。
その間にも幾通りものコードを端末に打ち込んでは弾かれる、という状態が続いていた。
「ダメ。まったくこっちの入力は受け付けてくれない!」
「あんた程の腕でも無理なのか!?」
「そんなに優秀じゃないよ、アタシは……ごめんね」
オードリーの手が一旦止まる。それに対して保田は叱咤のような言葉を放つが、オードリーは苦笑しながらそう返すだけだった。
状況が好転する兆しも見えない中、モールのスピーカーから流れ続ける野間の演説。
『まずはテストをしてからと思っていたが……』
それまでの熱を帯び、力のこもった口調が一転して静かな調子へと変わる。それを聴いて、オードリーと保田の背筋をゾクッとした感覚が走った。
『つまらない邪魔をされたおかげで僕の心も決まった! これよりエデンは我が城とする!!』
その宣言を合図にしたかのように、オードリーの目の前の画面にも変化が起きる。物凄い勢いで文字列が並んでいき、不安を煽る赤色の点滅を繰り返し始めた。
「やったのか!?」
「違うってわかってて聞いてるでしょ!? ……来るよ、また応戦よろしく!」
「どこまで保つか保証は出来ないぞ!!」
その変化が示すこと。それは当然、停止したはずのホムンクルス達の再起動。いや、再暴走とでも呼ぶべきか。
「紫狼くん聴こえる!? また動き出すよ! 気を付けて!!」
『簡単に言ってくれる! ……すぐに行くから、なんとか持ちこたえてくれよ!!』
「自分の心配をしていろ! お前の仲間は俺が守るから安心しろ!」
『その言葉、忘れるなよ保田!』
紫狼との通信が切れると同時に、室内で動きを止めていたホムンクルスが蠢き始めた。
「停まってる間に潰しておけば良かったな……!」
「施設への被害も最小限に、ってのが仇になったね」
「それがACPSのやり方だからな……とにかく、そっちも何とかならないか頼む」
「あんまり期待はしないでねー」
互いに信頼の言葉を掛け合い、それぞれの役目に集中する。オードリーはシステムの制御を取り戻す為の端末操作へ、保田はそれを邪魔させない為の防衛態勢へ。
動き出したホムンクルスへ向けて、手にした銃型のデバイスを構える。
「あ、コンピューターはなるべく損傷させないように!」
「無茶ぶりもいい加減にしてくれ!!」
****
『紫狼! そっちの状況は!?』
「黒幕が長々とありがたい演説を披露してくれてる最中だ。もっとも、それを聴いてるのは俺とオードリーと、堅物のACPS隊員一人ぐらいだけだけどな」
『他のACPSは!?』
「残念ながら、モールの出入口が封鎖されて外で待ちぼうけ。……突入を試みてるとは思うけどな」
端末室のオードリーたちの元を目指して駆けながら、紫狼はACCS本部のアナスタシアと通信で会話をしていた。こちらの状況を問うアナスタシアに、紫狼は冗談めいた口調で返していく。
『それでモール内部の状況は? オードリーとは連絡が取れないんだけど……』
「一度は停まったホムンクルスがまた動こうとしてる、ってところだな。俺はオードリーのところに向かってる途中だ」
『どういうこと!? ホムンクルスの制御はオードリーが……』
「それがまた敵さんに奪い返されたんだろ。いったいどうやったのかまでは、俺にもわからねーよ」
紫狼の言葉に驚愕した声を上げるアナスタシア。オードリーのプログラミング技術……さらに言うならばシステムを掌握する能力の高さを知っているだけに、現在の状況は信じられないものだった。
『そんな……』
「考えても仕方ないだろ? 今はとにかく俺はオードリーと合流する。あと、野間の居所を突き止めなきゃいけないが……」
『そっちはモールの運営を管轄してる本社に問い合わせてる。それと、保護した職員からも話を聞いてもらってるところよ』
「オーケー。あとはここの見取り図でもあれば……うぉっと!」
違和感。それを察知して素早く床を転がる紫狼。再び動き出したホムンクルスからの攻撃だった。
それをかわしてすぐさま立ち上がると、動揺した声が耳に飛び込んでくる。
『どうしたの!?』
「休憩時間は終わり、ってところだ。しかし、こいつぁ……」
一変した状況に紫狼の頬を一筋の汗が流れる。動き出したホムンクルスたち、それらによって一瞬の内に紫狼は包囲される形となっていた。
『僕の忠実なる兵士たちよ。城を荒らす侵入者たちを速やかに排除しろ』
スピーカーから流れる野間の声を合図に、包囲の輪が狭まってくる。微かに生じた包囲の隙間を目掛けて、紫狼は突っ込んでいった。
『紫狼!? 今のは……』
「通信、切るぞ!」
『ちょっ……』
自分を倒さんと振るわれる腕、掴まんと伸ばされる手、それらを掻い潜りホムンクルスの輪の隙間を進んでいく。MEDのバッテリーは残り三分の一と言ったところ、たとえ満充電の時でもこの数が相手では保たない。
困難なのは承知の上で、こうして襲い来るホムンクルスをやり過ごして先へと進むしかなかった。
──このあと、野間はどう出てくるのか?
針の穴に糸を通すかのような体捌きを続けながら、紫狼の頭の中では幾通りもの可能性が浮かんでいく。この状況を脱し、事態を収束させる。
その為には、あらゆるケースを想定するのが必須だからだった。
****
「ダメ! まったくこっちからのアクセスを受け付けない!」
「こっちもそろそろ限界だ。いくら潰しても、ホムンクルスは湧いてくる!」
まるで成果のない状況に悔しさの滲んだ声を張り上げるオードリー。保田もまた、バッテリー残量の尽きかけた銃型のデバイスを見つめながら吐き捨てた。
床にはいくつものホムンクルスの核が転がっている。だが倒しても倒しても、次々と敵は姿を現すばかりだった。
「いくらなんでも商業施設にこんなに大量にホムンクルスデバイスがあるのもおかしいだろ!?」
「……まー、どっかから持ち込まれてたんでしょ。今日の為に」
商業施設と言う場所の性質上、予備のホムンクルスデバイスはもちろんある。だが、それも大した数ではない。
今のこの数は、通常営業の際に稼働しているのの倍以上はいるように思えた。
「それにしてもこんな数を動かし続けたら……」
「……発電設備の方が限界、だな」
「野間氏はその辺り、ちゃんとわかってるのかしらね?」
単純化されたプログラム、それが必要とする電力はかなり小さくなる。それによってモールに限らず、ホムンクルスを労働力として使うところでは省エネを実現していた。
だがこれほどの数となれば話は別である。
「最悪、電力供給がパンク……」
「いんや、下手したら大量に変異した反動で大爆発、なんて事態もあり得るよ」
「な……!?」
オードリーの言葉に驚愕の声を漏らしながらも、保田が襲い来るホムンクルスをまた一体、正確に核を撃ち抜いて沈黙させる。それでも端末室内には、まだ両手の指でも足りない数のホムンクルスが存在していた。
否。出入口から尽きる気配もなく、次々とやって来ている。
「どうにかならないのか!?」
「さっきからずっとやってるよ! けど、悔しいけどアタシの腕じゃ太刀打ち出来ないんだよ!!」
「くそっ、打つ手無しなのか!!」
『聴こえるか、オードリー!?』
打開の兆しも見えず歯噛みするオードリーと保田。そこへヘッドセットから紫狼の声が響いてきた。
「状況に変化無しだ!!」
『お前じゃねえ!!』
「なに、紫狼くん?」
苛立った声で返す保田に、紫狼が怒鳴り声で言う。それで黙った保田に代わってオードリーが問い掛けた。
『忙しいところ悪いがモール内のマップ情報、手に入らないか?』
「モールのマップ? ちょっと待って……あった!」
『急いでこっちにそれ、送ってくれ!』
「了解!」
素早く小型の自分の端末にマップデータをダウンロードし、それをすぐに紫狼の携帯端末へと送信する。
送信の進捗を示す数字バーが表示され、数秒でそれか百パーセントに達した。
『オッケー、届いた!』
「次は!?」
『ちょっと待ってくれ……おっと!』
「どうした!?」
紫狼の上げた不意の声に慌てて呼び掛ける保田。一拍の間を置いて、何かがどこかにぶつかる音がスピーカーから響く。
『悪い悪い、ちょっと寄ってきた奴をブッ飛ばしてた』
「……大丈夫、そうだな」
『当然。で、次は……』
「野間氏の居そうな場所でしょ、紫狼くん? もう予想ポイントのデータも送ったよ」
『おっ、さすがはオードリー。仕事、早いねー』
二人のやり取りに、保田は黙って驚いているばかりだった。何かが起きても、自分が出来たのは事態の把握の為に呼び掛けることだけ。
紫狼が無事なのは直感でわかってはいたのに、だ。
ところがこの二人は違う。オードリーは紫狼からの声が途切れてる間にも次に来るであろう要求を予想し、それを素早く実行していた。
紫狼にしても同様に、そうなるのがわかってたように落ち着いた反応で返している。
信頼、と言ってしまえば単純だが実際にはそんなに単純なものでは、それは成り立たないのを保田は知っていた。
『私の居場所を探ろうとしてるな、小賢しい。そろそろおまえらを遊ばせているのも飽きてきた』
館内のスピーカーから響く、苛立ちに満ちた野間の声。言葉は追い詰められた悪党のそれだが、紫狼とオードリーと保田の三人は嫌な悪寒に襲われる。
『絶望に落ちろクズ共! 変異したホムンクルスの群れによって!!』
それは死の宣告。そして、悪魔を呼び出す呪文。館内に大量に湧いたホムンクルスたちが、野間の言葉を合図に一斉に変異を始めた。
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