【8】絶体絶命、その先に

「はいはい、押さないでちゃんと順番は守ってねー!」


 軽い口調と共に放った斬撃が、押し倒した扉を踏み越え侵入しようとしてきたホムンクルスを消滅させる。

だがすぐに、別のホムンクルスその後ろから事務所内へと侵入しようと突っ込んで来た。


「ったく、行列の出来るモール事務所なんて聞いたことがねーよ!」


 毒吐きながら放った紫狼の一撃が、そのホムンクルスを斬り倒す。しかし愚痴った言葉通りに、またすぐその後ろからは新たなホムンクルスが押し寄せて来る。

それだけではない。ここへ到着するまでにかわしてきたホムンクルスたちが紫狼を追って、押し合いひしめき合い群がっているのだった。


「ホムンクルスも人員削減した方がいいぜ。さすがに多すぎだ」


 言葉ほどの余裕が感じられない呟きを口にしながら、襲い来るホムンクルスを次々と斬り伏せていく。が、大量のホムンクルスの圧力の前には抗いきることなど出来ず、じりじりと紫狼の身体は後退りを強いられていた。


──このままじゃ……!


 室内に侵入されれば複数から同時に攻撃されることになる。そうなってしまえば余計に状況は悪化するのを免れなかった。

そして最悪の予感をさらに色濃くするかのように、紫狼が手にしたMEDが黄色のランプを灯す。


「!! マジかよ!?」


 それが示すのはバッテリー残量が半分を切った知らせ。通常モードで稼働しているMEDはリーチも威力もセーフモードより高い分、当然消耗するバッテリーも増加していた。

通常、想定される業務であれば多くてもせいぜい五体か六体のホムンクルスを相手にする程度。よほどの事が無ければ、それでも大してバッテリーを消費することは無いのだが……


「もう定員数終了だ! オマエら帰れ!!」


 もう何体目かわからないホムンクルスを斬り捨てながら、紫狼が怒鳴り声を張り上げた。

それでも当然ながら、押し寄せてくる敵の動きが止まる訳もなく。

 そしてついに、その時は訪れてしまう。


「うわあっ!」

「いやぁっ!」


 背後で上がる二人の悲鳴。反射的にそちらに顔を向ければ、いつの間にか室内に侵入した一体が二人の職員の傍に立っていた。


「しまった! ぐっ!!」


 気を取られた一瞬、紫狼に生じた隙。それは致命的と呼んでも間違いのない結果へと繋がる。

相対していたホムンクルスからの一撃に見舞われ、紫狼の身体が吹き飛ばされた。宙空で体勢を立て直し、壁への激突は免れたものの、紫狼の瞳に映ったのは扉を失いポッカリ空いた入口から雪崩れ込んでくる、ホムンクルスの大群。


──くそったれ!


 心の中で悔し紛れの悪態を吐きながら、床を蹴って職員たちを襲うホムンクルスに向かって飛ぶ。

敵がそれに反応するよりも早くMEDを振るい、一撃の元に斬り伏せた。


「大丈夫か!?」

「あ……あ……っ!」

「う、後ろっ」


 無事を確かめる紫狼に、二人は怯えを張り付けた表情のまま紫狼の後方を凝視している。それが意味することを察し、振り返ろうとした瞬間に衝撃が紫狼の身体を襲ってきた。


「きゃあっ!」

「ああああっ!!」


 紫狼が壁に叩き付けられ、職員二人の悲鳴が連鎖する。激しい痛みによって動けないながらも、顔を上げた紫狼の心に絶望感が生じていく。


──ここまで、か……!


 紫狼と職員二人の周囲を、埋め尽くすようにホムンクルスたちが覆い尽くしていた。

振り上げられる拳。恐怖の声を上げ震えながら縮こまるしか出来ない職員二人。受けたダメージに身体を動かせず、何も出来ない己。

視界の中に映る光景と、自身の感覚が告げるのは終焉。

 覚悟を決めた瞬間、耳に飛び込んできたのは女神の福音とでも呼びたくなるものだった。


『紫狼くん、お待たせ!!』


 次の瞬間、室内を埋めつくすホムンクルスたちの動きが、時間でも凍り付いたかのように一斉に停止した。


『システムの制御、バッチリ取り戻したよ!』

「……ギリギリにも程があるだろ、オードリー」

『あれ、もしかしてピンチだった?』

「初めて体験したよ、間一髪ってやつ……」

『お礼は際限なく期待しちゃおっかな!? ……間に合って良かったよ』


 どや顔をしているであろうことが容易にわかるほど、高揚した声のオードリーに珍しく素直な言葉を返す紫狼。

それに対してオードリーも軽口を叩きながら、最後には本当に安堵した声でそう告げた。


「助かった、オードリー。……お礼はあんまり期待しないでくれ」


 ストレートな感謝の言葉とともに照れ隠しの冗談を添えて、紫狼はそう言った。


****


「あの……」

「大丈夫、もう動かないから心配はいらない。とにかく外に連れていくから」

「はい……」


 施設内。ピクリとも動かず固まったホムンクルスたち。それらを横目にモールの外へと向かって、紫狼は職員二人と共に歩いていた。

 二人とも心身ともに疲労の色が濃いのが、目に見えてわかる。それでも今は、まずは安全な場所まで連れていくのが紫狼にとっては急務だった。


「ところでさっき、野間について何か思うところがあるような事を口にしていたけど?」

「え? ……あ、あぁ、あれですか」

「野間さん、いつも今の待遇とかに不満を言ってましたからね」


 動かないとは言え、さっきまで自分達を襲っていたホムンクルスがそこかしこに見えているのは、やはり精神的にもキツい物がある。こうやって何か話でもしていれば少しは気が紛れるか、そんな思いもあって気になっていた事を紫狼は二人に訊ねた。


「元は向こうの優秀なSEだったらしいんですけどね」

「Arks―Cityのプロジェクトに抜擢されて、でもそこで与えられたのがこんな扱いだなんて聞いてない、ってよく愚痴ってましたね」

「元SE、ね……」


 元々そういった知識や技術があるのなら、今回の事件を起こすのも不可能ではない。とは言え、さすがに規模が大きすぎて野間単独での犯行とも考えにくいが。


「他に……例えば同じような境遇だったり、野間と親しい人間はいないのか?」

「うーん……ちょっと思い付きません。野間さん、人付き合いが良いとは言えない性格でしたし」

「あぁ、でも何か最近はたまに誰かとちょくちょく連絡を取っていたな」

「そう言えば」


 紫狼の質問に少し思案してから言った女性職員に、男性の方がそう答える。が、それ以上の事はこの二人にもわからない様子であった。

 そんな風に会話をしながら歩き、やがてモールの出口へと辿り着く。


「ACCSの人間だな。そこの二人は……」

「このモールの職員。あとの事は任せるよ」


 モールの外には保田に遅れて、複数のACPS隊員が待ち構えていた。訝しげに紫狼に問いを放ち、紫狼はそれに淡々と返して二人を隊員の方へと歩かせた。


「後の事は任せておけ。お前も……」

「悪いね、俺にはまだやることがある。仲間もモール内に残ったままだしな」

「それは聞いてる。うちの保田が連れて来るだろうし、このまま帰ってもらって問題はない」


 言った紫狼に、ACPS隊員は譲る気配を見せず。事件への対応は自分達の領分であるというプライド故か、このまま問答をしていても……

 そう紫狼が思った次の瞬間だった。


『紫狼くん! まずい事になった!!』

「!?」


 狼狽したオードリーの声がヘッドセットから耳に飛んでくる。それと同時に、モールの防火扉が重い音と共に降り始めていた。


「なに!?」

「ちっ!!」


 動揺の声を上げるACPS隊員。紫狼はすぐさま踵を返し、モールに向かって駆け出した。


「待て!」


 背後から呼び止める声を無視して、既に半分ほど降りたモールの出入口に向かって走り寄っていく。予想以上に防火扉の降りる速度は早く、紫狼は身体を倒してスライディングしてその下へと滑り込んでいった。


「くそっ! ……こちら高村。保田、応答しろ!」


 後方でACPS隊員の、保田へ連絡している声を最後に防火扉が完全に降りる。ギリギリで紫狼はモールの中へと入ることに成功した。


「あっぶねー……こちら紫狼。オードリー、何があった!?」

『紫狼くん、戻ってきたね!? ……信じられないけど、取り返したシステムの制御がまた奪われたよ』

「……最悪の事態、だな」


 黒幕と思われる野間の所在は未だに不明。あれで終わるとは思っていなかったが、まさかこんなにも早く次の動きがあるとは。

そしてオードリーの言葉から考えられるのは……


「とにかくそっちに戻る。保田にもう少し頑張れって伝えといてくれ!」

『たぶんまたホムンクルスが動き出すよ、簡単には来れないと思う』

「まぁ、そうだろうな。正直、MEDのバッテリーもギリギリだから厳しいのは確かだ」


 モール内を駆けながら言葉を交わし、周囲を見渡す。まだホムンクルスたちは動きを停止したままだが、それがいつ動き出してもおかしくはない。

手にしたMEDはバッテリー低下を示すランプが点灯したまま、こちらは逆にいつ動かなくなっても不思議ではなかった。


『さっき渡したアタッチメント、あれは予備バッテリーの機能もあるから使って』

「そういう説明は先にしろって……」

『あはは、ごめんごめん。ついでに言うとあれを付ければMEDの……』


 悪びれてるのか悪びれてないのか、どっちとも取れるオードリーの言葉を最後まで聞くことは出来なかった。

館内のスピーカーから、怒りの滲んだ声が響き渡った為である。


『まったく……僕のテストをここまで邪魔されるなんてね』


 聞こえてきたのは、野間の声だった。紫狼たちを出迎え案内していた時とはまるで違う、苛立ちに満ちているのが露骨に感じ取れる口調。

 事件はついにクライマックスを迎えようとしていた。

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