【5】エデンズモール
依頼を承けてからおよそ一時間後。紫狼とオードリーの二人は自動車を走らせ、都市の商業施設区画にあるエデンズモールへと辿り着く。
「営業時間終了まではまだもう少しあるねー」
「だな。とりあえずクライアントに連絡でも取ってみるか……」
職員用のパーキングへと停めた車から降り、視界に入りきらない規模を誇るモールを眺めながら言葉を交わす二人。まずは到着した事を知らせる為に、紫狼が端末の通話機能を使ってエデンズモールの野間へと電話を掛けた。
『そうですね、ではこちらに来てもらうか……もしくはモール内を散策していただいても構いませんが』
「だってよ。どうする、オードリー?」
「んー、自分は別にどっちでもいーけどー」
野間の言葉をそのままオードリーに投げ掛けると、彼女はあまり関心のない声を返して来た。紫狼がそちらに目をやれば、オードリーは持ち込んだ道具のチェックに意識が向いている様子。
「あー、こっちもう一人が準備を整えてるんでしばらくはここにいます」
『了解しました。では、準備が出来たらまた連絡をください。こちらから迎えに行きますので』
「よろしくお願いします」
言って通話を終了する。周囲を眺めれば、買い物が終わって帰ろうとしている客の姿が、ちらほらと目に入った。
「紫狼ってさー、案外ちゃんと出来るよねー?」
「ん? 何がだよ?」
「いやほら。今のやり取りとかもちゃんとできてたじゃん。自分はそういうの苦手だからねー」
「まぁ、仕事だしな。それにちゃんとやらないと、またアナスタシアがうるさいからな」
「アーニャちゃん、ね」
ガチャガチャとパッと見には雑に思える音を立てながら、用意したいくつかの道具を手際よくチェックしながら、オードリーが声を掛けてきた。
答えた紫狼の言葉に、意味深に呟いてククッと小さく笑う。
「……なんだよ、その笑い?」
「べーつにー?」
「言いたいことあるなら、はっきり言えばいいだろ」
「勝手に楽しんどくからお構い無くー」
焦れたように訊ねる紫狼に、オードリーはあくまでもからかうような態度をわざとらしく見せながら言う。そのあからさまに面白がるような態度に、紫狼は妙にソワソワしながら口を開いた。
「どうせまたアナスタシアとの事でも言いたいんだろ?」
「んー? 自分は何も言ってないけどー?」
車の横に派手に広げた様々な機械を弄りながら、すっかりニヤニヤ顔を浮かべながらオードリーがのらりくらりと、紫狼の問いをはぐらかす。
露骨に茶化された紫狼は面白くない表情になって、片足のつま先で苛立ちを表すように地面を叩く。
「言っとくけど、別に俺はアナスタシアのことをどうにか思ってたりする訳じゃないからな?」
「ふーん、そうかぁ。じゃあさ……」
そんな一方的にからかわれる状況に堪えきれず言った紫狼に、オードリーは準備の手を止め立ち上がった。そのまま意味深な声色を出しながら、紫狼に近づいていく。
「自分ともっとお近づきになってみたりしちゃうー?」
「……は?」
紫狼に密着しそうなぐらいまで迫ると、上目遣いに彼を見上げながら誘うような言葉を口にするオードリー。
やや仰け反るようになりながらオードリーを見下ろして、紫狼はすぐに顔を背けてしまう。
白衣の下、オードリーが着ているのは妙に露出の多い服装。大きく開いた胸元が目に入って、反射的にそんな行動になった。
「ふふっ、紫狼くんも男の子だねー?」
「そういうからかい方はあんまり似合わないぞ、オードリー」
「だからいいんじゃない?」
身を引く紫狼に、追い詰めた獲物をじわじわといたぶる肉食動物のような動作でよりオードリーが迫っていく。
顔を背けた紫狼に、伸びをして自らの顔をオードリーが寄せていった。意味ありげに微かに開いた唇から、フワッとした吐息が掛かってくる。
そして間近まで寄せられたオードリーを横目でちらちら見る紫狼に、目を細めながらさらに顔を近づけていき。
「ぷぷっ、冗談だよ紫狼くん!」
急に破顔して吹き出すオードリー。伸びをしていた身体を引いて紫狼から離れると、口許に手を当てて彼女は笑い始めてしまった。
「まったく、紫狼くんは純なんだからなー! おねーさん、ついつい面白がっちゃったじゃんか!」
「ったく、これから仕事なんだからもう少し緊張感を持てよな……」
「だーってねぇ? ウブな男の子ってからかいたくなっちゃうじゃん?」
「『じゃん?』とか同意を求められてもなぁ」
愉快そうに言うオードリーに、それとは反対に渋い顔と声で返す紫狼。大きく息を吐いて、少しホッとしたような様子も覗かせながら。
「いいからさっさと準備を済ませろよ。もうすぐモールの営業終了だぞ」
「へいへい。ぱぱっとやりますよーっと」
誤魔化すように腕組みをして言った紫狼に、ケラケラと相変わらず楽しそうに笑いながらオードリーが答え、再び地面に広げた道具の元へと戻っていく。
「ほい。ぜんぶ問題なし、っと」
「あっちも終わったみたいだ。連絡入れるぞ」
「あーい、よろしくー」
確認を終えた声を上げるオードリーに紫狼が言う。ちょうど同じタイミングで、敷地内に点在するポールのスピーカーから閉店のアナウンスが、耳に馴染んだ寂しげなBGMと共に流れ出していた。
『わかりました、それではそちらまで迎えに行かせていただきます』
「了解です」
再び野間に電話をし、準備が整ったことを伝えると返ってきたのは、自らこちらへと赴く旨の一言。野間が姿を現したのは、それから五分も掛からなかった。
「改めてよろしくお願いします。エデンズモール事務の野間です、お見知り置きを」
「ACCSの紫狼です、こっちはシステム調査を担当するオードリーです」
「どうもー」
「オードリー……?」
いやに丁寧な挨拶をした野間に紫狼も名乗り、続けてオードリーも紹介する。名前に違和感を持ったのか、首を傾げ野間が声を返して来た。
「仕事上の名前ってところです」
「あぁ、なるほど。すいません、つまらない事を気にして。それではご案内いたします」
「お願いします」
言ってモールに向けて歩き出す野間。後に続いて紫狼とオードリーも歩き出した。
歩きながら紫狼が右腕の端末を操作し、ACCS本部へと連絡を入れる。
『了解。何があるかわからないから、油断はしないでね』
「わかってるよ」
『それともし何かあった場合は……』
「それもわかってる。ちゃんと連絡はするって」
『それだけじゃなくて、あんまり被害を出さないように!』
「……はいはい、わかってますって。じゃあ、業務に取り掛かるから切るぞ」
『あ、ちょっと紫狼……』
何かを言いかけたアナスタシアに構わず、紫狼は通信を終了させた。並んで歩くオードリーが、またしてもニヤニヤしながら紫狼の顔を覗き込んでくる。
「……なんだよ?」
「べっつにー? ただこれはなかなか焦れったいことになりそうだなーと」
「はぁ……仕事に集中しろよ、俺じゃなくてオードリーがメインの業務なんだからさ」
「ニシシ、そうやって誤魔化すんだからー」
飽きずにからかってくるオードリーにため息を吐きながら、紫狼は近付いてきたモールに顔を向ける。
営業が終了し、いくつかの外灯が落とされ薄暗くなった施設の見た目は、どこか不安になるような印象を与えていた。
****
「ここがシステム設備の置かれた部屋です」
「どうも」
「……じゃ、早速調査を始めますかー」
従業員用の通路を通り、無機質なエリアの奥にある部屋。そこで一旦足を止め言葉を交わしてから中へと入っていく。
室内には整然と並んだ機械の容器、さらにその奥にはモニターを備えた設備が置かれていた。
紫狼たちと話してる時とは違う、静かなトーンの口調で言って運搬用の箱からいくつかの端末を取り出すオードリー。
「えっと、私はどうしていればいいですか?」
「一応、何かあった場合を考えてここにいてもらいたいんですが」
「わかりました。ではよろしくお願いします」
黙々と作業を始めるオードリーの後ろで、訊ねてきた野間に紫狼がそう答えた。万が一を考えて、その施設の責任者にいてもらうのは必要なことだった。
手違いがあった場合はもちろんのこと、こちらではわからない点やセキュリティの誤作動を防ぐ為、そして別の人間への連絡を速やかにする意味でもである。
「それで、不調の具体的な状況などはどんなものですか?」
「えぇ。施設内で稼働しているホムンクルスが、たまに動きを停める場合が起きてるんです」
「それについてセントラルの技術セクションへ問い合わせは?」
「もちろんしましたが、ネットワークを利用してのチェックをしただけで、特に問題はないの一点ばりで……」
操作用の端末に持ってきた小型の端末を接続し、一心にシステムのチェックを続けるオードリー。彼女に代わって紫狼が野間へと現状について問い掛ける。
返ってきた答えからは特に危険性は無さそうに思えたが、それはオードリーの調査を待つまでは何とも言えない。
説明はすぐに終わったが、続けて野間が困り顔で口にしたのは、行政に対する愚痴であった。
「それで実際に技術者に来てもらって直接見てもらえるように頼んだのですが……」
「それでこっちに相談しろと」
「そう言う訳です。まったく次世代型の社会とは言っても、役所の有り様は変わらないもので困ったものです」
ArksーCityの運用開始当初は、都市の全てを管理するセントラル・バベルも精力的に動いていた。
膨大な数の新技術と、試験的に導入した制度。それらがちゃんと機能しているかをチェックする為に。
だがArksーCityの開始から数年。ある程度落ち着いてからと言うもの、細かい問題やクレームへの対処はもっぱら、ACCSを含んだ外部に委託している状態となっていた。
「気が散るからちょっと静かにしててー?」
「あ……申し訳ありません」
「どう? 何か異常ありそうか?」
「んー……まだちょっと調べてみないと」
雑談する紫狼と野間に、顔を向けることもなく端末とにらめっこする格好のまま、二人の会話を注意するオードリー。バカ丁寧に謝る野間に渋い顔をしつつ、進捗を訊ねる紫狼に返ってきたのは、なんとも微妙な感じの言葉だった。
「って事は、少なくとも正常とは言えないってことか……」
「そうだねー。何かしらの干渉がされた感じはあるよ」
「ほ、本当ですか!?」
「これは少し時間が掛かるかもねぇ……」
そんな様子から察して呟く紫狼に、オードリーが淡々とした口調で答えた。二人の会話に慌てたような声を上げる野間。胸元から通信端末を取り出して、操作を始める。
「すいません、ちょっと事務所の方へ連絡を入れます。少し外に出ます」
「あっ、待った……」
言って部屋を足早に出る野間。紫狼が呼び止めるのにもまるで反応を示さず、彼はそのまま部屋の外へと姿を消してしまう。
「んんー? なんだ、これ?」
「何かあったか?」
「わかんないけど……紫狼、これ持っといて」
複雑な表情で声を上げたオードリーに、紫狼が聞くとやはり微妙な顔のまま言葉を濁して。おもむろにそばに置いてた何か装置のような物を、紫狼に向かって放って寄越した。
「……これは?」
「MED用のアタッチメント。まだテストもしてない試作品だけど、一応渡しとくよ」
「大丈夫なのかよ……」
「実践テスト、よろしくー」
受け取って問う紫狼に、何やら不穏な気配のおまけ付きで説明するオードリー。怪訝な顔になる紫狼へ、彼女はいたずらっぽい笑みを浮かべながら軽い調子で言い放った。
「うわああああ!!」
外から野間の悲鳴が聞こえてきたのは、そんな内輪ノリのやり取りを交わしている時だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます