【4】ACPS

『先刻のオフィスビルでの件についての報告と……それと苦情だ』

「苦情、ですか……」


 通信がオンになって開口一番、年配のACPS隊員が放った言葉に伊崎は苦笑する。モニターの向こうではそんな伊崎の反応に眉をしかめるも、取り立てて何かを言うことはなく。


『迅速な対応、及び救難者の保護には感謝する』

「いえ。保護された女性はその後どうしてますか?」

『おかげで大した怪我もなく、今は病院で落ち着いている』

「そうですか。それはよかった」


 礼を述べながらも奥歯に物の挟まったような口調の隊員に、淡々と返事をする伊崎。続けた問いにも、どこか苦々しい感を漂わせながらも、隊員は答えてくる。


「それで、あのビル内のホムンクルスシステムに関しては他に問題は見つかりましたか?」

『……現在調査はしているが、恐らく大丈夫だと思われる』

「原因が早く究明されればいいんですがね」


 何かを言いかけたのを遮るようにその後の状況を訊ねる伊崎に、隊員の眉間に浮かんだシワが深さを増した。ため息混じりに吐き出したのは、安堵のような不満げなような複雑な声色。

 ふうと一つ息を吐き、伊崎は次の句を口にした。


「ええと、他には何かありますか?」

『無かったら良かったんだがな……残念ながら、苦情がまだ残ってる』

「そう言えば、そうでしたね」

『白々しいセリフを……』


 言った伊崎に、隊員は顔全体に渋い色を浮かべて答える。それに対する飄々とした言葉に、不機嫌そうに小さな呟きを挟んでから。


『人的被害は無かったが、物的損害については結構なものだ。先方には連絡をしているが……』

「補償は行政機関……“セントラル・バベルタワー”の方で受け持つ、とのことです」

『……手回しのいいことだ。行政に全部肩代わりしてもらって、おたくは何の責任も無しって事だな。……今回も』

「まぁ、そこら辺も含めての依頼ですからね」


 満を持してとばかりに文句を言いかけたところへ、相手が話し終わるのを待たずに伊崎が返答する。舌打ちを隠しもせずに見せてから、隊員の口から出てくるのはACCSへの嫌味な言葉。

一度まばたきをして、伊崎は淡々と返した。


「こちらからも迷惑を掛けた企業さんへは、お詫びに伺いますよ。えっと、報告と苦情は以上ですかね?」

『あー、いや……先刻の件を担当した者を出してもらえるか?』

「……俺?」


 要点だけ済ませて話を切り上げようとする伊崎だったが、モニターの向こうから返ってきたのは意外な呼び出しだった。ぽかんとした顔で呟いた紫狼へ、伊崎が頷き応じるように促す。


「用件は?」

『さっきは後始末を押し付けてくれて、感謝するよブレイカー』

「なんだ、お前かよ……」


 紫狼の前にあるモニターに通信を切り替えると、皮肉と共にさきほどの現場で出会った男が顔を見せた。なんだとばかりに気の抜けた声を漏らす紫狼に、男はやっつけ片眉をピクリと跳ね上げる。


『なんだはないだろう。全く、好き放題に暴れやがって……』

「おいおい、暴れたのは不具合起こしたホムンクルスの方だろ。俺はそれを処理しただけだ」

『記録された監視モニターの映像を見る限り、無駄に戦闘を長引かせていたように見えたけどな?』

「速やかに処理できるもんなら、俺もそうしたいけどな。しばらく様子を見ないと、修正される可能性もあるだろ」


 通常、ホムンクルスに不具合が起きた際にはリアルタイムに修正処理が行われる。常時、都市全体のネットワークはオンラインにあり、問題が起きると速やかに中央にあるバベルの管理プログラムによって、対応が成される仕組みだ。


『それならそれで動きを停止させるとか、やりようはいくらでもあるんじゃないのか?

長引かせたせいでオフィス内の被害はお世辞にも軽いとは言えない状態だったぞ』

「そんな風にやれるなら苦労はしないっての。だいたいこっちは要救助者を抱えての対応だぞ、効率的な処理なんてしてる余裕はないんだよ」

『だったらACCSは要救助者の保護と、危険領域からの離脱だけをすればいいだろう。あとの始末はACPSに任せればなんの問題もない』


 紫狼の説明に、ACPSの隊員は逐一突っ掛かるような言葉を投げ掛けてくる。そのやり取りがそのまま、ACCSとACPSの関係を物語っていた。


「ったく、前からつまらない所にこだわるよな、おまえは……」

『なんだと?』


 面倒くさそうに言った紫狼の言葉に、隊員が怪訝な声を返してくる。身体を斜めにし、横目でモニターに映る不機嫌そうな顔に向かって言葉を続けていく。


「問題が起きたから解決する、それだけでいいだろ? ACCSだろうとACPSだろうと、どっちでもいいじゃねーか」

『だったら……だったらおまえの方こそ、そんな所に属さなくても良かったんじゃないのか?』


 面子やプライド、そんなものを一蹴する紫狼の言葉に隊員は渋い表情を浮かべて声を返してきた。その一言に紫狼は何も答えず、顔を明後日の方へと向ける。

紫狼のそんな様子を見て、隊員の男もそれ以上は何かを言おうとはしてこなかった。

 伊崎へと通話を切り替え、再び年配の隊員が顔を出す。


『……とにかく、対応に当たってはなるべく物的な損害もないようにお願いしますよ』

「えぇ、もちろんです。あぁ、そうだ。今回の事後処理では何か気になる物が見つかったりはしていませんか?」


 紫狼と同僚のやり取りに決まり悪そうな顔の隊員が、とりあえずと言った風に事務的な言葉を口にする。

そこへ伊崎が訊ねると、隊員は少し思案するような仕草を見せてから口を開く。


『そうだな。トラブル発生の際にセキュリティが僅かな時間だが停止していた形跡がある』

「そうですか……ありがとうございます。今後もまたご迷惑をお掛けするかと思いますが、よろしくお願いしますね」

『……なるべく迷惑をかけないように心掛けてくれ。では』


 隊員の言葉に伊崎が何か思うような様子を見せるが、そのことについてそれ以上は言わず。社交辞令のような短いやり取りを最後に、そこで通話は終了された。


「やはり、これは人為的に行われた事なんですかねぇ……」

「……」


 沈痛な面持ちで言った伊崎の言葉に、紫狼たち三人は黙ったまま暗い表情を浮かべるばかりだった。


****


「さっきのって、知り合い?」

「ん、さっきの?」

「ほら、紫狼と話してたACPSの……」

「あぁ……」


 ACPS隊員との会話の後、クライアントへの報告をすると言って伊崎が部屋を出てから。おもむろにオードリーが紫狼に質問を飛ばしてきた。

その問いに対してうつむきがちに微妙な笑みを浮かべる紫狼。


「まぁ、昔馴染みってやつだよ」

「昔馴染みって事は、前にいた?」

「あぁ。保田 周治(やすだ しゅうじ)って言うんだけど、俺とのやり取りを聞いての通り堅物で融通が利かない奴でなぁ」

「紫狼も少しはあんな風に物を考えればねぇ?」


 やれやれといった風に説明する紫狼に、アナスタシアからのツッコミが飛んでくる。渋い顔で彼女を見ながら、紫狼が深いため息を一つ吐く。


「勘弁してくれよ。あいつみたいに細かいところを気にしてたら、余計に被害が大きくなるだけだっての」

「実際に物的損害を出しまくってるアンタが言っても、説得力は無いと思うけどねー」

「うるっせぇな……」


 ここぞとばかりに嬉々とした顔でからかうアナスタシアに、紫狼はあまり強くは返さず口を尖らせる。そんな二人を眺めて、ニタニタといかにも面白がる様子のオードリー。

騒がしい時間をそうして過ごしていると、アナスタシアの席のモニターに連絡の表示が映し出された。


「はい、ブレイカー班」

『調査の依頼が入りました。お繋ぎしてもよろしいでしょうか?』

「えぇ、お願いします」


 ハキハキとした受付の女性からの言葉に、アナスタシアが簡潔に答えて応じる。モニターの表示が一度消え、すぐにスーツ姿の男性の顔が現れる。


『どうも、お世話になっております。わたくし、“エデンズ・モール”の野間と申します』

「お世話になってます。それで、今回のご用件は?」


 眼鏡に七三分けと言う会社員のテンプレートな相貌の男が、馬鹿丁寧な口調で挨拶を口にする。それに対しアナスタシアはやはり簡潔に返し、すぐに本題を訊ねた。


『実はこちらのモールで使われてるホムンクルスシステムが少し不調でして……』


 エデンズ・モールと言うのは、ArksーCityの商業区にある、大型ショッピングモールだ。この都市に於いては唯一にして、品揃えも店構えも大都市にある物に劣らない商業施設である。


「でしたらセントラル・バベルの技術課の方に相談をされた方がよろしいのでは?」

『えぇ、そうしたのですが軽度のトラブルであればこちらにと言われまして』


 またか……。内心でアナスタシアが愚痴る。本来ならばこの都市におけるホムンクルスシステム関連は、行政機関の一つである技術課が請け負う業務である。

が、重大な問題が発生した場合以外はACCSへとたらい回しにされてくる、と言うのが常態化しているのが実状となっていた。


「……ではこちらのエンジニアを向かわさせていただきます。何か希望などがあれば承りますが」

『ありがとうございます。では、当施設の営業時間終了後に来訪をお願いいただきたいのですが、よろしいでしょうか?

万が一、アクシデントが起きた場合にお客様がいては大変ですので……』

「わかりました。ではその方向で承らせていただきます」

『はい、何卒よろしくお願いしますね。それでは』


 薄笑みを浮かべてそう言って、野間との通話が終了する。アナスタシアの顔には微かな嫌悪の色が覗いていた。


「どうかしたのか、アナスタシア?」

「ううん。ちょっと苦手な感じの人ってだけ」

「話し方とか、声の感じとか、自分も苦手なタイプかなー」


 顔色の優れないアナスタシアを気遣い、心配の声を掛ける紫狼。オードリーもまた間延びした口調ではあったが、アナスタシアに同調する言葉を口にする。

物腰は丁寧ながらも、どこか薄気味の悪さを感じさせる男だった。紫狼もまたアナスタシアとの通話を耳にしながら、同様の感想を抱いていた。


「さって、それじゃ自分はエデンの調査に向かうための準備でもしますかねー」

「すいません。お願いしますね、オードリーさん」

「あーいよー」


 飄々とした口調で言って席を立つオードリー。まだ少し微妙な様子ではあったものの、アナスタシアも彼女に声を掛け、それに軽い調子で相づちを返す。


「一応、俺も同行するよオードリー。少し嫌な感じもするし」

「いいけど、あんまり暴れないでよ? モールで損害出したらウチなんて一たまりもないんだから……」

「わーってるって。とりあえずアナスタシアは、少し休んでな。現地に着いたらまた、一働きしてもらわなきゃいけないんだから」


 調子が優れないながらも、しっかりとアナスタシアに釘をさされて面倒くさそうに返す紫狼。だが、続けて出たのは仲間の身を案じる言葉だった。

アナスタシアが微かな笑みで頷くのを確かめると、紫狼もまた準備を整える為に部屋を後にする。


「……何も起こらないといいけど」


 扉が閉まり一人になった静かな部屋の中で、胸に渦巻く嫌な感覚に呟きを漏らした。

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