第四十話 不死者逝く
地下より現れたレドルファと征四郎。
その立場は既に逆転しているようだった。
日が沈み闇迫るジーカに、長きに渡った征四郎とレドルファの戦いの結末をが訪れようとしていた。
闇が空を覆い始めるジーカにて、対峙するのは聖騎士と剣士。
聖騎士の足元には赤黒い染みが広がり、遅れて現れた剣士の腕には死霊術師が抱かれている。
この状況は何を示しているのか。
魔人と呼ばれる蛇宮すら、状況を掴みかねていた。
「――停戦と致しましょう」
「何を……」
「レドルファ殿も
これの意味する所が知りたいのですよと、黄衣の女、蛇宮は微笑んだ。
多数の利を生かして、蛇宮に切り掛かっても勝てる保証はなく、また、征四郎の身に何が起きたのか、レドルファの変調は本当に聖騎士殺しの術が在っての事かを見極めたいと皆が思った。
その為にジーカまで来た。
その結果を見届ける必要性はある。
それに……蛇宮は恐るべき敵だが、攻撃をしない者には攻撃を加えていなかった。
そうで無くば負傷者が二人では済まなかっただろう。
肩を鞘で貫かれたマウロと足をカタナで刺し貫かれたスクトに傷の手当てをするべく、ロウとクラーラが動く。
それを見て、蛇宮は申し出が了承されたと認識して、刃を大地に突き立てて柄頭に両手を乗せた。
そして、改めて征四郎を見た。
征四郎の姿は傷を負ったときと大きく異なっていた。
黒い髪に赤土色の瞳と容貌面では大きな変わりはないが、双眸は鋭く力を増している様だった。
纏う衣服は近衛師団の野戦服と付属装備の外套によく似ていたが、大きく異なる点があった。
茶褐色の外套の裏が緋色であり、野戦服に似たそれは紺色に染まっているのだ。
そして、両手を覆うのは黒革の籠手、両足を覆うのは黒革の具足。
腰に携えた刃は、先程まで振るっていた黒い刀と似たような雰囲気を持つ別振りの刀だ。
鞘の無骨さから、実利一辺倒の刃であろう事が予想された。
頭には己の様に軍帽もかぶらず、兜も身に付けていない。
その為、射竦めるような眼光がはっきりと見て取れるのだ。
その征四郎が、ロズワグンをゆっくりと大地に降ろした。
ロズワグンは意識はあるのか、途中で大丈夫だと言わんばかりに手を振り払い、大地に腰を下ろす。
そして、告げた。
「――余に構わず、送ってやれ」
その言葉を受けて、征四郎は腰に携えた刀を抜き放つ。
赤銅の様な色合いの刀身が露わになると、皆がその美しさと禍々しさに視線を引き寄せられた。
「あれが対なる一振りか……」
ミールウスの小さな一言は、ロウやスクトの耳には入らなかったが、一人、蛇宮だけがミールウスを見やった。
物問いたげな視線は、すぐに外れ征四郎の向けられた。
トンボの構え……棒きれを今にも降ろうとする子供のように、重たい真剣を右手で持ち上げて、左手はそっと添えるいつもの構えを取る。
レドルファが何度となく蛇宮に構えさせ、如何に打破すべきかを練り上げた構えだが、やはり本物は違うと蛇宮はそっと息を吐く。
相変わらず動くまでは
その踏み込みを迎え撃つべく、やはり一歩踏み出して、上段に剣を振り上げた。
互いが踏み込み攻撃に移った為に二人は吸い寄せられるように撃尺の間合いへと至る。
レドルファにも、征四郎にも、ある予感が在った。
この一撃で、長いようで短い関係も終わると。
レドルファは、征四郎が剣を振うタイミングを感じ取り、振り上げた剣を振り下ろした。
その一撃は、久しく無かったほどに軽く速い。
征四郎にトンボに反応して振るわれた剣は、レドルファの今までの修練を裏切らず、土壇場で最も早き一撃となった。
グラルグスは、見た。
レドルファの一撃が征四郎の一撃に反応して繰り出された物でありながら、征四郎の一撃より尚速く振るわれた事を。
自然と後の先と呼ばれる形になったレドルファの剣の一撃が、征四郎の頭を二つに断ち切るかに思えた。
だが、征四郎は相手の剣速を尋常ならざるものと判断していたのか、真っ直ぐに振り下ろしていた筈の刀の軌道を変えて、レドルファの一撃に交差するようにぶつけ、軌道を変えさせる為に逸らしにかかった。
レドルファの一撃は早さと共に重さもあり、征四郎の赤銅色の刀は大地へと切先を向けるが、たたらを踏む思いでその一撃を逸らし切る事に成功した。
金属同士が擦れて火花を散らすのを尻目に、互いの勢いを利用して更に密着すると 征四郎はレドルファに向ける形になっていた柄頭を若い騎士の喉へと一突きした。
鈍い音が響き渡る。
征四郎が素早く身を翻して、刀身を顔の前に立て残身しながら、レドルファを伺う。
喉を潰された彼はゆっくりと崩れ落ちて、膝立ちになり、そして一度だけ征四郎を見上げた。
「君の剣が私の剣より早かった、故に別の技を用いた」
その視線に何を感じたのか、征四郎はそれだけを告げたまま残心を続ける。
その言葉を聞きレドルファはジーカの大地に倒れ伏した。
徐々に薄れていくレドルファの命が尽きるのを確認してから、征四郎は残心をやめて片手を立てて小さくナムアミダブツと呟き祈りをささげた。
喉の骨を砕かれたレドルファの顔には、奇妙な事に微かな笑みが浮かんでいた。
苦悶よりも、強敵を上回る剣の一撃が繰り出せたことに対する喜びが勝ったのだろうとグラルグスは感じ入り、そっと祈りをささげた。
途端、レドルファの身体からゆらりと立ち上る煙のようなものが見えた。
それが、トウセと呼ばれた魂である事を知るのは、征四郎ただ一人か。
トウセの魂は吹き抜ける乾いたジーカの風に吹かれて、霧散した。
魂の連環へ戻ったのだろう。
全てを見終えた蛇宮はそっと嘆息する。
聖騎士レドルファ、嫌いな人ではなかったけれどと口の中で小さく呟き、それから征四郎に声を掛けた。
「お見事です、
「聖騎士は逝った、まだ戦うのか?」
征四郎はそう問いかけると、蛇宮の方へと歩いて来る。
彼からは以前のような威圧感を感じる事が無くなっていた。
それ所か、師と相対したかのような静かな、ただ静かな心地を覚えて、蛇宮は冷たい汗を流した。
「止めておきましょう。レドルファ殿は武人の本懐を遂げた。小官如きが敵討ちなど片腹痛い」
それだけ告げれば、蛇宮は徐にその場に正座して、己の上着とシャツのボタンを手早く外す。
一体何事かと周囲が慌てだすが、蛇宮は悠然と白い腹を露わにすれば、自身が大地に突き立てていたカタナを手にし。
「介錯、願えましょうか?」
「何故死ぬ?」
「このまま戻った所で死は免れ得ませんので。それに……生き長らえたとしても彼らのやり方には付いて行けない」
流石に乙女の恥じらいがあるのか、さらしを巻いた胸部を露にする事は無かったが、真っ直ぐに征四郎を見やって蛇宮は応える。
「衣服を直せ、蛇宮准尉。
「そうなると戻る術がありません」
「戻りたい一心で悪行に加担するのは、大葦原の軍人に有るまじき振る舞いぞ。貴様が悪を成したのならば贖罪をせねばならない。それは死ばかりではない筈だ……と、私が進める話でも無かったか」
そう告げて征四郎はエルドレッドや背後のロズワグンに視線を投げかける。
その視線を受けてロズワグンが声を上げた。
「タミヤとか申したな、お主の命を余が預かる。死のうと言うのだ、死ぬ気で何かを成してみろ」
「――カムラの姫君は大人物でいらっしゃる。この命お預けしましょう」
へたり込んだままであったが、そう言い切れるロズワグンの様子に微笑みを浮かべて、蛇宮は彼女に頭を垂れた。
そして、一つくしゃみをすると、慌てて衣服を直すのであった。
【第四十一話に続く】
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