第四十一話 惑い
遂に、聖騎士を、不死者を殺す術を手にした征四郎。
廃都ジーカでの激闘を潜り抜け、聖騎士レドルファの不死を打破。
そして、ただの騎士と戻ったレドルファと死合い、これに打ち勝った。
クラッサ王国に対する反撃の狼煙は今上がった……。
だが、この地には征四郎が戦うべき聖騎士が、まだ残っていた。
レドルファの遺体をジーカの外壁の外に埋葬した征四郎は、エルドレッドやロズワグンと
エルドレッドが認めるかが懸念ではあったが、彼は意外にも簡単にその件を了承した。
そして、話題は別の事に移った。
一方で三人の話し合いの最中、件の蛇宮は戦った面々に丁寧に頭を垂れて、謝罪の言葉を口にした。
が、マウロは怪我をしたのは己の未熟と唇を尖らせながら謝罪は不要と言い張り、スクトも全く気にしておりませんと、慇懃に対応した。
スクトの対応は、一見すれば無愛想だが他の面子相手でも特に変わらない。
むしろ、自分を害した相手にその様に言える事が驚嘆すべき事かもしれないと、ロウなどは密かに思った。
アゾンやキケなどは、その強さを素直に賞賛していたし、概ね一行に敵意は無かった。
それと言うのも、ロウやクラーラなどの非戦闘員を狙わず、多勢相手に堂々と剣で渡り合ったからこその評価なのだと言う事をロウは気付いて居た。
「向かってこない相手を攻撃する振りもしなかったのは何故です?」
「無論、そうすれば相手が防衛にも気を回さざる得なくなるので楽はできるとは考えましたよ。しかしながら、趣味では無い事をすると少々堪えますので。それに……」
「それに?」
「戦いの最中に絶対はありません。意図した行為ではなくとも、何が起こるか分からない以上は……」
ロウの問いかけに蛇宮は気安く答える。
そして、如何やら自分が有利になろうとも戦わない者に危害を加えてしまう行動は控えたと言うのが実情の様だ。
それが余裕の表れなのか、
それでも、ロウは素直に感嘆した。
蛇宮の話は、その内に他の魔人衆の愚痴へと取って代わり、彼等は矜持が無いとか、現地の人間を軽視しすぎるとかこぼし始めると、キケやアゾンは相槌を打って話を聞く態勢に入った。
マウロは少し呆れた様な視線を投げかけたが、妙な姉ちゃんだと微かに笑い、スクトはある意味真っ直ぐなと所感を呟いた。
ロウはその輪から抜け出して、一人、ジーカの空を見あげる。
南下してきたせいで見慣れた星座は見当たらないが、瞬く星の煌めきはどの世界でも美しい物だと感じていた。
そこにフラフラとやって来たのは師であるミールウスだ。
小さな少女の姿になった師は、征四郎がレドルファとの戦いで弾き飛ばされた黒い刀を抱えていた。
「何処に在ったんです?」
「あそこの二階建ての建物の壁に刺さっていた。ジャラジャシーが取ってくれてな」
「お友達なんですか?」
「同じこの廃都の生まれだからな。しかし、まさか、主の帰還だったとはね」
未だに話し込んでいる征四郎やロズワグン達の方へと視線を向けて、ミールウスは肩を竦めた。
「主?」
「セイシロウ殿は、呪術師ジュアヌス殿の転生した姿。記憶も経験も抜け落ちているようだが、地下でその業を受け継いだんだろう。この廃都に住まう者には名実ともに主の帰還さ」
「――当人にその気はなさそうですが」
「だから、黙っている事にした。まあ、支配欲とかには無縁そうだしな」
征四郎に対する言葉遣いを改めながらも、強かな事を告げてからからとミールウスは笑う。
そして、鳶色の瞳をロウに向けて、刀を差しだす。
「お前の物だ。おいそれと人に貸すな。この刀はお前の運命であり、護りだ」
「とは言え、俺は使えないですからね」
「お前と真実の絆を結んだ相手に渡せ。あの二人の様に何らかの結びつきを得た相手に」
刀を受け取りながらロウは肩を竦めると、ミールウスは再び征四郎とロズワグンを見やった。
呪術師と死霊術師。
戦士と指揮者。
男と女、何重にも結ばれた関係なくば、この結果は得られていない。
そう嘯きながら、ミールウスは再び夜のジーカに紛れて何処かに向かっていった。
その背を見送るロウの背後から、何だか意気投合した蛇宮とスクトがディルス大陸東部に住まう小動物に対して、可愛いだの、愛くるしいだのと盛り上がり始めた声が響いた。
ミールウスと同じように一行から少し離れた所でグラルグスは剣を振っていた。
蛇宮のあの剣の冴えに、まるでいい所が無かったグラルグスは、自身の才能に苛立ちを募らせていた。
今のまま、征四郎と戦えば……然して善戦もせずに斬られて終わる。
そう考えると、居ても立っても居られないのだ。
「呪いを越えろ……殻を破れ……!」
「グラルグス様……」
足掻き、もがく様に剣を振るグラルグスの元へクラーラが静かな足取りでやって来た。
珍しく亜麻色の髪を束ね、普段は前髪で隠された右目を露わにした姿で。
苛立ちはあったが、それは彼女には関係無い事と剣を振るのを止めて、彼女を見れば、グラルグスは驚きで目を瞠った。
クラーラの左右の瞳の色が違う事を初めて知ったのだ。
「あまり、根を詰め過ぎませんよう……。今のあなた様は見ていて痛々しい」
クラーラの言葉は静かではあったが、真っ直ぐにグラルグスの痛い所を突いてきた。
グラルグスとて分っていた、こんな状態で剣を振ろうとも意味など無い事を。
今少し若ければ、怒鳴り返していた事だろうと、苦く笑い、グラルグスは頷きを返し。
「俺は聖騎士としても、武人としても弱い。レドルファは最後にはセイシロウに届き得た。なのに俺は、まるで手が届かない」
剣を降ろして、自嘲気味に告げるグラルグスをクラーラは青と紫の双眸で真っすぐに見据えていたが。
不意にその手を取って、有無を言わさずに引っ張り出す。
「な、なんだ?」
「今宵一晩、
「――それは……?」
「あなた様に……いいえ、あなたに
静かと言うよりはか細い声でそう告げるクラーラの手を振りほどく事は出来ず、二人は廃都の闇に消える。
そのまま二人は、一晩中姿を見せる事は無かった。
その日、征四郎とエルドレッド、それにロズワグンにより話し合われた事柄がグラルグスとクラーラの二人に告げられたのは、翌朝の事だった。
以前よりグラルグスが望んでいた征四郎との死合いの日程について征四郎から告げられた。
それは、三日後の昼と言う事だった。
「それが待てる限度だ、情勢は刻一刻と動いている。それまでに、心を静めておけよ」
征四郎はグラルグスに告げやり、踵を返した。
彼はグラルグスに迷いや苛立ちを見抜いていた。
それからの三日間は奇妙な空気が流れていた。
グラルグスは蛇宮やエルドレッド等に協力を仰ぎ、剣を振い、生き抜く気なのか、贖罪の為に死ぬのかを迷いながらもコンディションを整えていった。
日に日に剣は鋭くなり、纏う剣気は尋常ならざるものに変わっていくのを蛇宮もエルドレッドも感じ、舌を巻いた。
ホレスの陣にてレドルファを見て以来、殻を破ろうと足掻いていたグラルグスでは既になかった。
何かが彼を変えたのだろうと、蛇宮は気付いたが口に出す事は無かった。
一方の征四郎は、専ら一人でジーカを巡り、時折ハルピュイアのジャラジャシーやミールウスらと会話を交わし、夜になればロズワグンと共に軍事について語り合っているのが見えた。
そうしながらも、マウロの為に薬草を見つけて煎じて塗り薬にしたり、アゾンに剣の修練を課したりと言った日課めいた事もしていたが、剣の修練はぴたりと止めていた。
その様子は死合いの前とも思えぬほど落ち着いており、自分の死など微塵も考えていないかのようだったが……。
明日が死合う日と言う段階で、ロウは征四郎が何かを書き記しているのを見た。
それには、征四郎が垣間見た不死の呪法の理とそれを破る為の方法を記していた。
「……それ、実行できる人居るんですか?」
「知っていれば、対応するだろう。知らないよりはマシだ」
今の所実行できるものが自分しかいないと知っていながら、方法を書き記しているのは、明日を生き延びられないかも知れないと言う思いからだろうか。
或いは単純に、この先の戦いを想定しての物かは分からなかった。
きっと、征四郎にとっては死が身近にあり過ぎているのだろう、だから、今更慌てもしないし思い思いに過ごしているのだと、ロウは考えた。
そして……夜が来て、朝が来る。
二人の剣士は憎悪や敵意も無く相対しようとしていた。
【続・剣士二人に続く】
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