第三十九話 開眼
廃都ジーカにて聖騎士殺しの法を求めた征四郎一行だったが、聖騎士レドルファと魔人衆の一人
激闘に次ぐ激闘の末、この騒乱に終わりが近づく。
征四郎を追ったレドルファの変容と、傷を負ったはずの征四郎の然りとした足取りが意味する所は何か。
その答えが明らかになる時、不死身を殺す呪法剣がその姿を見せる。
ジーカにおいても、三度目の対峙となるレドルファと征四郎。
今の状況が如何して起きたのかを知るには少しばかり時間をさかのぼる必要があった。
黄衣の女、蛇宮が立ち回りを始めた頃、レドルファは征四郎の流した血痕を追い、ジーカの地下に潜っていた。
地下へと進むにつれて、何か、良からぬ力を感じはしたが、征四郎を討たねばならぬと歩を進める。
そこで、不意に恐るべき妄執に出会った。
幾百年の月日を地下の闇の中で過ごしていた妄執の名はカルグ・ゲグ・クアース。
この地に大呪術師ジュアヌスと共に住み着いていた
その体はジュアヌスと
征四郎とロズワグンが目指すジーカの地下最奥こそが、
ただの人間が其処に足を踏み入れた所で、然程意味は無かっただろう。
現に、征四郎も死霊術師であるロズワグンですら特に変調無く奥に進んだのだ。
だが、生前の
恐るべき不死の呪法、黄衣の王より与えられた死なぬ秘法を施された存在――クラッサの聖騎士なれば。
彼の長は不死の肉体を求めて聖騎士の意思を奪うべく攻撃を仕掛けた。
暗闇の中、精神を苛み、その意識を奪おうとした。
が、レドルファは精神を奮い立たせ、亡霊に衝撃波を何度も叩き付けた。
本来は、意味のない行為だが、この行動には意思と意思のぶつかり合いも兼ねており、最後には
思わぬ疲弊をしたと征四郎を再び追い始めたレドルファは、自身の内に蛇人間の長の意識が紛れ込んだことには気付いて居なかった。
レドルファの意識に紛れた妄執は、嘗て自身の不死の肉体を滅した呪術師の魂の片鱗と、死霊たる自分を操りかねない術師の抹殺を目論んだ。
征四郎とロズワグンン事だ。
彼らを抹殺してから、ゆっくりと秘密裏にレドルファの肉体を奪おうとしたのだ。
皮肉なことに、その妄執がレドルファに紛れこんだ故に、事態は大きく様相を変じた。
征四郎とロズワグンは、奥に辿り着く前に身を休めていた。
早く最奥に行きたいのだが、それは出来なかった。
征四郎の傷がひどい。
最早死を待つばかりと覚悟を決めている征四郎は、それでも先を急ぎたかったがロズワグンがそれを許さなかった。
傷を気遣い、足元おぼつかない征四郎を無理に休ませたが、遂に追手が迫った。
太古の妄執に打ち勝ったと思い込んでいる聖騎士レドルファが彼等の前に立ち塞がる。
「お前たちを逃がしはしない。共にジーカの塵となれ」
「――させぬ」
よろめき立ち上がった征四郎は低く告げながら腰を落として三殿式の構えを取った。
勝機は……ない。
されど、守るべき者を守る為に鍛えた
そう決意した征四郎は、ロズワグンを後ろに下がらせてレドルファと相対する。
ロズワグンには息が詰まる様な対峙であったが、征四郎は気付く。
何処か、異様な雰囲気すら感じさせるレドルファの佇まいを観察しながら、征四郎は違和感の元がジーカに辿り着いてから見た何かに関係していると。
記憶を漁る為に過去に意識を飛ばしジーカに来てからの事を思い返そうとしていた。
そして、辿り着くのは蛇人間の、蛇頭人身の呪術師と語らった際の言葉と、それに黄金瞳の男と出会う間際に垣間見た光景だった。
(レドルファには蛇人間の長が取り憑いているのか? 奴は剣によって頭を断たれていた……あの一瞬の光景が事実だと仮定するならば、その肉体は残っている……)
征四郎の脳裏にある考えが過った。
あまりに荒唐無稽な考えであったが、このまま無策で戦うよりは意味があるような気がした。
「ロズ、君は奥に行け!」
「逃げぬと言ったはずだ!」
「違う! 奥に蛇頭の死体がある……そいつは不死身の肉体だった! それを操り、奴にぶつけるんだ!」
レドルファの表情に困惑の色と、驚愕の色が滲んだ。
その表情に征四郎は確信を抱きロズワグンに語りかける。
「私を信じてくれ……出来れば――生きて責任を取りたいのだがね?」
征四郎をじっと見据えていたロズワグンは、頷きを返して征四郎を信じる事にした。
元より、出会った当初から無茶を言う男であった筈だ。
「嘘であったならば、恨むからな!」
「させぬ!」
レドルファは、自身が何故に焦っているのか分からぬままに剣を抜き、ロズワグンへと向かう。
が、あまりにもそれは征四郎に対して無防備。
すれ違いの際、横合いから蛇の如く伸びてきた腕に腕を掴まれ、小手投げを食らってしまった。
「ぐおっ!」
分っていた筈だ。
征四郎は無手でも、傷を負っていても手ごわい存在だと言う事を。
奥に何があるのか分らないが、何を焦っているのだとレドルファは自身に言い聞かせるが、意識外に紛れた妄執は焦った。
奥にある死体の内、どちらを持ってくるのかが問題だった。
カルグ・ゲグ・クアースと呼ばれた存在の、自分のかつての肉体であれば良い。
そうであるならば手こずるだろうが、どうとでもなる。
だが、もし、奴であったならば?
人間の大呪術師が友と呼んでいた剣士トナレ・ゲグ・ロマーヴとその剣であったならば如何する?
あの赤銅のような色の、恐ろしい呪術の神が与えた片刃の刃を携えた恐ろしい使い手が甦ったら?
呪術師と共に己を殺した者が再び目の前に現れるかもしれない。
そう考える事自体が恐怖だった。
不死を願った蛇人間の長は、死を人一倍嫌った。
そうで無くば不死など求めない。
だから、恐怖したのだ。
戦いにおいて恐怖は身を縛る枷だ。
特に自身では対処しようのない埒外の恐怖が急に湧き起られては、如何にレドルファと言えども如何しようも無い。
一体何が起きているのか分らないままに剣を振るうが、手負いの征四郎でも十分に対処できるほど弱々しい一撃にしかならなかった。
そして、腕を掴まれると腕の一本を征四郎は平気で折りに掛かる。
投げられ、時には腕を折られながらも、レドルファは傷を再生させながら恐怖を抑え込んで戦った。
不死身とは言え、手負いの征四郎に止めをさせずに、徒に時間ばかりが経過する。
このままでは……そう太古の妄執は怯え、一層体の動きを阻害し、レドルファにとっても、意識外に取り憑くカルグ・ゲグ・クアースにとっても最悪の事態を招く結果になった。
ロズワグンが奥から戻ってきたのだ。
自身の力を振り絞った死霊術の結果、赤銅色の片刃の刃を携えたミイラ化した蛇人間の死体を引き連れて。
「下がれ、セイシロウ! 最奥まであと少しだ! ここは余と彼が引き受けた!」
「死体如きに何ができる!」
戦慄く恐怖を振り切って、レドルファは圧縮した衝撃波を赤銅色の刃を持つミイラに向けて放った。
蛇人間とは言え皮と骨だけになった死体だ、衝撃波で簡単に消し飛ぶかと思えたのだ。
だが、蛇人間のミイラは凄まじい反射速度で赤銅色の刃を振るった。
すると、低い奇妙な物音が響き、衝撃波は左右に分かれてジーカの地下を揺らす。
「馬鹿な……」
「名乗る、我はトナレ・ゲグ・ロマーヴ……不死断ちの剣――!」
迫る衝撃を斬撃で叩き落としたミイラは、格調高く名乗りを上げた。
その光景を見て、征四郎の脳裏に閃きが走ったが、今はそれ所では無かった。
最奥の地に赴き、その地層の土を食らわねばならない。
「――任せたぞ」
ロズワグンに告げて、征四郎はノロノロと奥へと向かう。
背後には追い縋ろうとしたレドルファをトナレのミイラが迎え撃つ音が響いた。
征四郎はノロノロと進む。
何度となく転び、傷口を広げながらも進んだ。
全ては、聖騎士殺しの術を得るために。
そして、八度転び、最後は這うようにして漸く最奥に辿り着いたのだ。
「こいつが……
転がるのはボロボロの剣と盾、それに頭を縦に裂かれた蛇頭人身の王の骸。
壁には謎めいた文字が刻まれており、床は石畳が敷かれている。
……そう、石畳。
土くれなど手に入りそうも無かった。
それでも、征四郎は這いずりまわり、最奥の壁にまで辿り着く。
遠くで響く争いの音。
それを子守歌に眠ってしまいたくなり誘惑を振り解き、石畳に指先を伸ばす。
――剥がせる筈もない。
ここまでかと、諦めかけたその時に、石畳に穿たれた穴を見つけた。
其処に腕を突っ込むと、ひんやりとした土の感触を指先に感じた。
ごそごそと何かが腕を這う感触を無視して、土くれを一つ掴み取れば、そのまま口に放り込む。
土の独特の味わいが口内に広がり、飲み込んだ瞬間に数多の知識が脳裏を過った。
黄衣の王が与えた不死の呪法の詳しい所は分からなかったが、二つの魂を用いて強制的にソラより来る何者かの生命力を宿らせる術である事が分かった。
その二つの魂の結び付きを解き、宿った生命力を縛る枷を無くせば、何者かは再びソラへと戻る為に体外に排出される。
魂の結びつきが強ければ強いほど、何者かは強く囚われ宿主が死なぬ様に如何なる傷も再生させるが、あまりに多く再生することになると、宿主の体や精神を獣の如く変容させ、一日でも多く生き延びさせようとする。
それらの情報が征四郎の脳内を駆け巡り、脳髄に刻まれていく。
そして、
白髪の老いた呪術師が、赤銅色の刃に呪を込めると、赤銅色の刃は淡く発光した。
その刃を振るう蛇人間の剣士が、長の隙を突き、ある一点……長の体内に巡る二つの魂を縛る不可視の鎖を、刃の一突きで裁断すると、長は程なくして泡立つ赤黒い血を吐き出した。
その蠢く血を尻目に、蛇人間の剣士は刃を振るい、長の頭を断ち切ったが、長の最後の悪あがきによる剣の一撃を食らい、心臓を破られ剣士も絶命した。
荒い息を付きながら、片膝を付いた老いた呪術師は、過去の幻影であるにも拘らず赤土色の瞳を向けて征四郎に告げた。
「汝、不死を殺す者。我が
その言葉が終わると同時に、征四郎は意識を失った。
次に征四郎が目を覚ますと、痛みは何も感じる事も無く、自身の装いが変わっている事に気付いた。
慌てて立ち上がると、自分が近衛師団の野戦服と雨露避けの外套によく似た服装をしている事に気付く。
野戦服は紺色で、外套は茶褐色、裏地は緋色と派手であった。
手足には黒革でなめされた籠手と具足を身に付けており、腰には無骨な鞘だけが備わっていた。
胸の傷は……傷跡は残ったようだが既に癒えていた。
一体、どれだけ気を失っていたのかを慌てたが、遠くで争いの音だけは響いている。
「急ぎ戻らねば……」
呟き、駆けだすと、体が酷く軽やかに感じられ、一瞬自身でも戸惑ってしまう。
それでも、ロズワグンのみを戦わせる訳には行かないと征四郎は駆けた。
レドルファは、如何にか蛇人間の剣士の一撃を避け、一撃を与えると言う地道な作業を繰り返していた。
恐怖は大分薄れて来ていたが、未だに突然この身を蝕ばむこともある。
現に今も体を震わせ動きを阻害するほどの恐れが湧き起るも、致命の一撃だけは避けきり、如何にか勝ちの目が見えてくる所まで辿り着いた。
ミイラを操るロズワグンの力が尽きようとしているのが傍目からでも分ったのだ。
ロズワグンの顔は既に蒼白となり、狐耳は力なく垂れている。
視線はじっとレドルファを見据えているが、額に玉の汗が浮かび、今にも倒れそうなほどに足元が危うい。
あと数撃、しのぎ切れば……と、考えた矢先に、最奥より駆けてくる足音に気付く。
征四郎が、あのボロボロだったはずの男が死の淵から甦ったとでも言うのか?
そう自問しながらも、如何にか一撃を避けたレドルファは、奥から現れた征四郎の姿を見て、目を見開いた。
その足音を聞き、振り向く事無くロズワグンは告げた。
「――お、遅かったではないか――」
「だが、戻ってきたぞ」
告げながら征四郎は軽やかな動きで、未だ剣を構えるミイラの元により、その肩を叩き告げた。
「トナレ・ゲグ・ロマーヴ、
告げると、ミイラはロズワグンが操らなくとも征四郎を見やり……笑うように口を開けば、その身が崩れ落ちた。
崩れるミイラから託されたように己の掌に落ちてきた赤銅色の刀と酷似した剣を掴めば、征四郎は普段とは異なる構えを取る。
だらりと左手に赤道色の刀を提げているだけの構えだが、渦巻く様な剣気を感じ、レドルファは呻いた。
構えが違うとこうも変わる物か、レドルファは内心驚きを禁じ得ない。
当然とは言えたが、やはり来ると思っている場所に剣閃が確実に来る構えとは別物だ。
この下段とも言えないような構えは、トンボとは打って変わり、その剣閃が何処からどう来るのか想像し難いのだ。
征四郎が相手ではそれだけで脅威となりえる。
互いが集中して押し黙り、重苦しい空気がジーカの地下を支配する。
征四郎の背後で息を乱しているロズワグンの荒い息だけが周囲に響いていた。
ロズワグンの呼吸が少しばかり落ち着いた頃合いに、征四郎は前に踏み込む。
刀はいつの間にか右手に持ち替えられており、ゆるゆると持ち上げられていく。
トンボの構えに戻るのかとレドルファが判断した刹那、恐るべき速度で一気に距離を削った征四郎の突きがレドルファの右脇腹を捉える。
刀の切っ先が脇腹を抉るのと同時に、レドルファは自分の中で何かが断ち切られた音を聞いた。
そして、耐えがたき喪失感を覚え、レドルファはよろめきながら背後に数歩下がり、不意に身を翻して逃げた。
何を失い、何故に逃げるのか分からないままに。
腰の鞘に赤銅色の刀を納めると、征四郎は精根尽きた様にへたり込んでいるロズワグンを有無も言わさず抱え上げて、レドルファを追う。
ロズワグンは、何やら口内で呟いてから微かに笑い、抱かれたまま地上への道行きを進んだのだった。
【第四十話に続く】
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