第三十八話 激闘の果てに

 麗しきジーカと呼ばれた廃都は、今激闘の舞台となっている。

 征四郎とロズワグンは追ってきた聖騎士レドルファと。

 エルドレッドとキケはジーカに巣食うハルピュイアと。

 そして、グラルグスを始めとした残りの面々は魔人衆の一人蛇宮と。

 彼等は激しくぶつかり合い戦っていた。

 勝敗はどう転ぶのか、今は誰にも分からない。



 度重なる衝撃音。

 それはレドルファがロズワグンの置き土産であるスケルトン・ウォーリアーを破壊する為に放った衝撃波であったが、一つの戦局を傾かせる結果になる。


 上空を飛び交う人の様な、鳥の様な奇妙な種族ハルピュイアのジャラジャシーは、己の攻撃を避け続ける人間の戦士に興味を持ち始めていた。

 大抵の盗掘者は、彼女の攻撃を恐れて逃げ出し、数少ない馬鹿者だけが鍵爪で引き裂かれて死ぬ。

 だが、目の前の乾いた血のような色合いの髪を持つこの男は、盾を駆使して攻撃を避け、剣で反撃を繰り出す。

 斜め上に突き出された剣の一撃を、くるりと旋回しながら避けて再び上空へと舞い上がるジャラジャシー。

 もう一人の短剣を使う男も、身軽で油断ならない。

 如何するか……しばし考えたが、答えが出ぬままジャラジャシーは何度目かの急降下を開始した。


 エルドレッドとキケは、互いの長所を知る。

 共に巡回騎士としてロニャフの治安維持に努めてきた故の阿吽の呼吸がある。

 北方連盟内では主に賊の討伐が主任務だったが、巡回騎士は、本来クラッサの聖騎士と戦うために集められた異能の集団である。

 その異能を用いて、上空から研ぎ澄まされた槍の一撃の如く迫るハルピュイアに、彼等は対応しようとした。

 特に合図や目配せなどすることなくエルドレッドが盾を構えると、キケがそれ目掛けて駆けた。

 盾を飛び台にして下から飛び掛かりハルピュイアを仕留めようと言うのである。

 正にキケがエルドレッドの盾へと飛び掛かろうとした時に、響いた衝撃音。


 ハルピュイアのジャラジャシーは、再び響いた音に驚いたのか、鉤爪の向かう先を大きく変えてしまった。

 キケはエルドレッドに向かってくると確信して、盾を足場に上空に飛びあがったのに、肝心のハルピュイアがその軌道をずらしてしまったのだ。

 虚しくすれ違ったキケは、慌てた。

 ハルピュイアと違い、人は上空で向かう先を変えることはできない。


「マジか!」

 

 思わず叫びながら、キケは自身が有している異能を使った。

 空中で丸まって半回転し、それから上空に壁でもあるかのように、何もない場所を蹴った。

 すると、壁を蹴ったかのようにキケの身体は逆方向へと飛んだ。

 魔力を身体に付与するディルス大陸の戦士達だが、中には付与以外の特定分野に魔力を用いる事が出来る者が居た。

 異能と呼ばれるそれは、魔術や法術に比べると弱いが、戦いの中で思わぬ力を発揮できるものもあった。

 キケの異能は空中で反転可能とする力場の作成だった。


 反転して、ハルピュイアを追ったキケは見た。

 軌道を逸らしたハルピュイアとエルドレッドが地上でもつれる様を。

 エルドレッドが異能を使うまでも無く、縺れた二人は大地を転がり、最後にはエルドレッドが馬乗りになってハルピュイアを抑えつける。

 剣を突き立てようと盾を捨てて、両手で剣の柄を握るエルドレッド。

 切っ先を真っ直ぐ下に向けて、ハルピュイアに突き立てようとした瞬間。


「う……うう……嫌だよ……犯される!」


「だ、誰が犯すか! 人聞きの悪い!」


 赤い双眸に涙をためたハルピュイアが大きな声で泣き叫び、あまりの物言いに思わずエルドレッドが叫び返す。


「……ありゃ、殺せねぇわ」


 子供の様に泣き始めたハルピュイアを見やりながら、大地に無事降り立ったキケはぼそっと呟いた。

 結局、慌てふためきながらあやしだすエルドレッドと、ぐずるハルピュイアを交互に眺めてから、キケは毒気が抜かれたように天を仰いだ。



 この様に、何とも間抜けた決着を付けたエルドレッドとキケは、落ち着きを取り戻したハルピュイアのジャラジャシーに案内されながら、衝撃音が響いた場所へと急いだ。

 ハルピュイアを宥めるのに時間を有してしまったので、既に何らかの決着がついている可能性が高いが……。

 殺してしまえば手早く戻れたのかも知れないが、泣き叫ぶ無抵抗となった相手に対して、武器を振るような真似がエルドレッドにはできなかった。

 真面目で甘い所のあるエルドレッドだが、そうであるからこそリマリアに信頼され副長を仰せつかっている事をキケは知っている。


「ありゃ、まだやってるみたいだね」


 そんなキケの思考は、戦いの気配に断ち切られる。

 剣戟と戦いの物音が聞こえだす。


「相手は聖騎士か? いや、それにしては……」


 妙だと口にはしなかったが、エルドレッドは眉根を寄せた。

 ハルピュイアは左右の建物が邪魔をする路地から舞い上がり、戦いの現場を見やれば叫ぶ。


「黄色い衣の女が、無数の戦士相手に戦ってる! あんたらの味方はどっちだ?」


「魔人衆か!」


 エルドレッドが呻き、走る速度を一層早めると、キケもそれに続いた。


「其処の角を曲がれば、後は一直線だ!」


 ハルピュイアの声に従い、二人が曲がると、恐るべき乱戦模様が視界に飛び込んできた。


 黄衣の女は、髪を振り乱し、一方の手には片刃の刃を、もう一方の手には鞘を持ち、縦横無尽に戦っていた。

 トンボに構え、息を乱すマウロに黄衣の女が片刃の刃で突きを放つと、マウロがそれを避ける為飛び退る、それと同時にスクトがその横合いから殴り掛かった。

 伸ばされたスクトの腕を鞘で叩き軌道を変えれば、黄衣の女は今正に剣を振ろうとしていたアゾンの目をなびく外套でくらませ、その隙に二人からするりと逃れる。

 グラルグスの紫電纏う剣の一撃を、黄衣の女が引き戻した片刃の刃で弾くと、構えなおしたアゾンがトンボの構えから、凄まじい速度で長剣の一撃を振り下ろす。

 黄衣の女は、他に行動が間に合わなかったのか、剣を鞘で受けてしまい、鞘が半ばから斜めに断ち切られてしまう。

 これを好機と見たマウロがトンボの構えから剣を振り下ろすと同時に、スクトが背後から回し蹴りを放った。


「「まずい!」」


 思わずキケと、鳶色の髪の少女の声が重なる。

 黄衣の女は片刃の刃を担ぐように構えたかと思えば、そのまま背後に突きだす、その一方で、斜めに断ち切られ先端が槍めいて鋭く尖った鞘を前方のマウロに投げ放つ。

 片刃の刃の切っ先は勢いよく女の後頭部に迫っていたスクトの足を、尖った鞘は剣を振り下ろし始めていたマウロの肩を、それぞれ貫く。


「ぐっ……!」


「ち……きしょう!」


 スクトは短く呻いたが、己の右足を刺し貫いたカタナを軸にして飛び蹴りを放とうとした。

 それは傷を押し広げる蛮行、傷口から夥しい真っ青な血が流れ落ちた。

 そう、流れ出る血は赤では無く、青い。

 その透き通るような青さが、流れ出る血が人工精霊ホムンクルスの物である事を示している。

 だが、黄衣の女は素早く刀を抜いて軸に等させず、肩に鞘を受けてたたら踏むマウロに斬りかかると、支えを無くしたスクトはそのまま崩れ落ちた。

 一方のマウロは、仰け反り如何にか一撃を避けたが、そのまま背後に倒れ込んでしまった。


 そこに割ってはいる様に、アゾンとグラルグスがそれぞれ一撃を放つが、黄衣の女はマウロを追撃する事も無く、するりとその場を離れて二人の攻撃を避けた。


「はははっ、愉快愉快。斯様かような緊張感のある戦いは何時ぶりですかね。また、増援が参ったようですし……。それに、今度の増援は大分手練の様子……」


 額に玉の汗を浮かべながら、黒い髪を乱して笑う女は、何処か征四郎と重なる。

 滲み出る剣気は他を圧倒して奔流のように渦巻いている錯覚を、皆に覚えさせる。

 

「スクトも居て、この様か。黄色い服の女はセイシロウってのと同じ世界と言うか、同じ国の住人なんだろう? その国は修羅の国か何かか?」


「師匠! そんな事を言っている場合では……!」


 同じく黒い髪のロウは、己のメイドの苦戦に右往左往しながら、鳶色の少女の発言に反応を示している。

 件のスクトは、さすがに無理が祟ったのか、その場に蹲り、マウロは立ち上がろとして、失敗し再び転がった。

 ホレスの防衛戦では、それなりに戦った者達が、たった一人相手にボロボロにされている。

 いや、死者が居ないだけマシと言うほかない。

 それ程までに、蛇宮の力は強かった。


 恐るべき蛇宮を前に、アゾンは何処か悲壮な決意をしたように捨て鉢な雰囲気を放ち、グラルグスは何かに届きそうで届かぬ歯痒さに耐えながら剣を構えた。

 クラーラは、何か策はないかと懸命に考えている様だが、直接的な支援を行う術が無いので、如何する事も出来ずにいる。

 ロウは元より戦う術は持って居ないし、鳶色の髪の少女ことミールウスもこの近距離で魔術を用いる事は出来ない。

 使おうとすれば、殺されるだけだろう。


 そこに漸くエルドレッドとキケは既に武器を抜き放ち、参戦する。

 グラルグスやアゾンと連携を取るべく、素早く目配せをした。

 ジャラジャシーは上空で皆の動きを観察していた。

 その時である。

 一同は路地へと続く一角に、沈みゆく夕日が何かに反射した光を見た。

 殆どの者が目にしたことがある輝きは、魔法銀ミスリルの物。

 魔法銀ミスリルの、あの澄んだ金属音が響かせて、歩み来る影一つ。

 そして、消えかける夕日に照らされた髪の色は……白銀。

 それこそ、レドルファの物であった。


 ゆっくりと近づいて来るレドルファを見て、黄衣の女以外の者は動揺した。

 征四郎は敗れたのか、ロズワグンは如何なったのか?

 自分たちはここで敗れるのか?

 誰もが不安と恐怖に晒されながら、尚武器を構える最中、レドルファの声が響く。


「恐るべし……恐るべしは神土征四郎三義かんどせいしろうみつよし


 そう告げて、膝から崩れ落ちて血を大地に吐き出した。

 ごぶごぶと流れ落ちる赤黒い血は、泡立ちながらまるで生き物のように蠢いたかと思えば、最後には遠きソラを目指すように隆起して……ひざまづくレドルファの頭を越えた辺りで、力尽きた。

 不意に重力に従いパシャリと音をたてて大地に落ち、赤黒い染みを残した。


 その間も咳き込んでいたレドルファは、ノロノロと立ち上がると蛇宮に背を向けて告げる。


「行け……行って祖国に伝えろ。聖騎士の不死は……たった今破られたとな」


「レドルファ殿はどうなさる?」


「最後のケリを付ける」


 レドルファの言葉が終わるか否かの段階で、カツンと鳴り響く足音。

 皆が一様にそちらを向けば、足音の主である征四郎がロズワグンを前抱きに抱えて姿を現した所だった。


【第三十九話に続く】

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