第二十九話 初陣
クラッサ、カムラの連合軍とホレスの戦いに傭兵として参加していた征四郎一行。
敗れれば国が亡ぶ瀬戸際の戦いで、多くの事象が重なり、ホレス側が優位に戦局を動かし始めていた。
その時、ホレス側の指揮官の一人ハーナン王子を狙い、聖騎士レドルファが襲来。
一度征四郎に敗れていたレドルファだが、以前のようには行かず、征四郎が傷を負いながらもなんとか撃退した。
その場面を見ていたロズワグンが、長年鬱積していた感情を爆発させ、刺客に襲われてもろくに居対処できなかったハーナンに兵権を寄越せと言いだした。
突然の事に戸惑うハーナンを尻目に、何事かと問いかける征四郎にロズワグンは現状を語り、こう着状態では危険な旨を伝え、勝敗を決するための策を語る。
問答の末、征四郎は力を貸す事にしたが、それでは兵は足らないと言う所で第三者から声が掛かり……。
オークの傭兵団の頭目ゾスモは、歴戦のオークである。
オークの戦士として功績を上げた者にだけ許された顎髭を生やし、外套を纏う姿は既に威圧的だ。
初老に差し掛かる頃合いだが、その筋力に衰えは無いのか無骨な大剣を振って戦場を駆け巡る。
オークの戦士の常で、彼も上半身は心臓を護る胸当ての身を着用し、その緑色の肉体を誇示している。
今一人の人物、アルマは
金色の髪を動きやすいように背後で結わえた美しい顔立ちの娘だが、その弓の腕前は一流以上。
衣服の上に皮鎧を纏う姿は
それが傭兵団となればごく僅かである。
彼女の率いる団は、皆弓の手練れであり、腕の長さが左右で多少違うのも特徴と言えた。
その彼等がロズワグンの策に一枚噛むと言ってきたのである。
征四郎は傍に寄ってきた治療兵に、傷口をアルコールで洗われ、痛みに顔を顰めつつ彼等を見やる。
彼等になんのメリットがあるのか、どう言う心算なのか良く分からなかったからだ。
だが、彼等が自分を見る目には少なくない好意を感じる。
はて、何ぞしただろうかと首を傾げる征四郎だったが、意外にもロズワグンの方がその理由に気付いていた。
「この男が乗るから、だろう?」
「それもあるけど、全軍を相手にするより兵数の少ないクラッサを相手取る方が楽」
「勝敗を手早く決して、報酬を得るのも次の戦いには必要だ」
傷口に治療兵から包帯を巻かれている征四郎が、そう言う物かと得心したように頷いている様子をロズワグンは呆れた様に眺めた。
どう考えても、クラッサ騎兵を潰した男が加わるからこそ、彼等も乗って来たと言うのに、当の本人が今一つその辺を分かっていないのである。
この男は、鈍いのか? 考えてみれば、戦い以外では本当に鈍い可能性があると眉根を顰めながら、征四郎を眺めるロズワグンだったが、不意に振り返り。
「正規軍の兵権は寄越さんだろうから、傭兵の指揮権をくれ。失敗すれば、余は死に傭兵団も手痛い目に合うだろうが、正規軍には傷がつかない。それに、カムラの軍勢に対する睨みを利かせていた事にすれば面子も潰れまいよ」
そうハーナンに言いやった。
兵権を寄越せと言ったが、正規軍の指揮権など貰えるはずが無い事をロズワグンは当然のように理解していた。
そもそも、自国の王子ならともかく、他国の王族の、それも何の実績も無い女の指揮下に入りたがる訳もない。
ロズワグンの申し出に、即座に返事などできる筈も無い。
兵権の譲渡など正気の沙汰ではない。
幾ら非正規の兵とは言え、その指揮権を与えるなどと言う行いは、自分の首を絞めるようなものでしかない。
好意を寄せてはいても、その能力を信頼していた訳でも無いハーナンにしてみれば、ロズワグンが狂ったとしか思えなかった。
だと言うのに、傭兵共はその策に乗ると言うのだ。
ハーナンの思惑から大きく外れていくロズワグンと言う存在を、彼は不意に疎ましく感じた。
「そこまで言うのならば、やって見るが良い。ただし、傭兵に対する全指揮権を与える訳には行かない。そこの二人の団とその黒髪に預けた兵だけでやって見せろ」
「それは剛毅だ。流石はホレスの前線指揮官殿、全体の一割以下とは言え、総勢一千の軍勢の指揮権を与えてくれるとは」
大仰に、酷く大仰にそう言ってのけたロズワグンは、征四郎に近づき、彼に肩を貸せば傭兵達の方へと足を向ける。
途中で、天幕近くで
「お主は何とする、グラルグス」
「……姉上にお供しよう」
レドルファが去れば、
「ああ。元の連れも引き抜かせてもらうぞ? 勝利の暁には報酬も寄越せ?」
ハーナンに言うだけ言って歩き出すと、征四郎を挟んで反対側にいるアゾンを見上げて告げた。
「別の傭兵部隊を率いているエルドレッド等を呼び出せ。その際に、指揮下の傭兵は連れて来るなと伝えよ。後が面倒になる」
「構わんが……。それにしても見事な啖呵だ。先生があんたを気にかけている理由が良く分かった」
「――アゾン、余計な事は言うな……」
征四郎以外には敬語を使わぬアゾンだったが、思わずそう告げてしまい、ロズワグンが何らかの反応を示す前に、征四郎が不意に二人から離れた。
ツカツカと進んで行く様子にロズワグンは少しだけ呆気に取られて、それから可笑しげに笑ってしまった。
日が昇り、ゆっくりと傾きかけた頃、クラッサの陣にある報告が齎された。
カムラ王国の姫ロズワグンと聖騎士であった筈のグラルグスがホレス陣営に現れ、兵を率いて陣を張ったと言うのである。
これは、連合軍の大部分を占めるカムラの兵士に対する揺さぶりであろう。
優位とされている高所にではなく、平野部に陣を張っている事からも、直接戦う事が目的の部隊ではないだろう。
ホレス側の搦め手の策と見るべきだ。
報告を聞き、クラッサの西方兵団司令は考える。
カムラ王国は簡単に寝返った。
今王族が前線に出れば、彼等は再び寝返るかも知れない。
そうなれば勝ち目はない所か命も危うい。
だが、一方でカムラの姫が率いる兵は数も少なく低地に陣取っている。
戦の道理も知らないと見るか、ホレスの指金と見るか。
何方であるにせよ、カムラの姫はお飾りに過ぎない、何故なら彼の国では女が兵を率いる事など万に一つもないからだ。
そこまで考えて西方兵団司令は歩兵部隊に突撃を指示する。
あの陣を一気に踏み潰し、カムラに対する揺さぶりを止めねばならない。
そうすれば、自ずと勝利は転がってくる。
確信の笑みを浮かべ、彼は陣中にて吉報を待つ事にする。
万が一、敵が破れかぶれになって突出した時に備え弓兵を残して。
かくして、兵法家としてのロズワグンの初陣が始まろうとしていた。
【第三十話に続く】
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