第二十八話 目覚め

 クラッサ、カムラの連携のとれぬ連合軍と侵攻されたホレスの戦いは佳境を迎えていた。

 兵数に勝る連合軍は、ホレス側の鈍い反応のおかげで易々と難関とされた国境沿いの山間部を抜けた。

 ところが、連合軍はあまりに容易に難関を抜けたために、返って勝ち戦を意識しすぎてしまい、損害を出さないような消極的な動きに変じていた。

 一方のホレスは最早後はなく、必死の抵抗をせざる得ない。

 おかげで、連合軍は思わぬ苦戦を被り、厭戦気分が広がり始める。

 一方のホレス側は、まだ戦えると士気は高まり、傭兵部隊がクラッサ騎兵の壊滅に一役買った事もあり、傭兵相手にも一体感が生まれていた。

 この状況下を覆すべく、クラッサの聖騎士レドルファは戦場のホレスの陣に赴き、ホレスの王子ハーナンを討とうとした。

 だが、そこに傭兵として参戦していた征四郎が戻り、二人は対峙。

 征四郎すら上回るかと思われたレドルファだが、剣を叩き折られ、連れの魔人衆の一人蛇宮たみやに無理やり撤退させられたのだった。



 征四郎は傷口を抑えたまま、ロズワグンを見やる。

 いつになく、彼女の足取りはしっかりしており、何かを決意したかのように堂々としていた。

 腕を切り飛ばされ、呻きを上げるホレスの王子ハーナンの取り巻きの一人の傍に屈みこめば、ローブの裾を切り、相手の肩当などを外して上腕の脇近くに布切れを巻き付けて止血する。

 その際に何かを囁けば、腕を切り飛ばされた女騎士はギョッとしたようにロズワグンを見やった。


「ハーナン殿、部下が苦しむ最中ぼんやりしておるとは、戦陣を任されたお方とも思えぬ体たらく。貴公には期待できぬ。これより余に兵権を譲渡されよ」


 酷い言い草だな。

 征四郎は聞こえてきた言葉に思わずそう呟くが、少しばかり笑みがこぼれていた。


「な、何を仰せか、ロズワグン殿! 兵権を渡せとな? カムラ王家のご息女とは言え、貴方は兵を指揮した事は無い筈! いや、カムラでは女性にそんな事はさせない……」


「だが、余は嘗てよりそれを渇望していたのだ。女と言うだけで騎士にもなれず、兵を指揮する事すら侭ならぬ。こんな事態でも無ければ、きっと永遠に無理だっただろう。政略の為に誰かの元に嫁ぎ、死ぬだけの人生……。だが、何故余がそれに殉ぜねばならぬ!」


 鋭い物言いに征四郎は僅かに首を竦めた。

 ハーナン等、思わず一歩下がってしまう程の鋭さがそこに在った。

 理解できない者でも見る様にハーナンはロズワグンを恐れて、下がった。

 馬鹿な男だと征四郎は小さく呟き、立ち上がった所でよろけたが、緑色の大きな手に支えられた。


「先生、ご無理はいけません」


「味方の陣中で怪我をしたのに、手当てに誰も来んからな。無理もせざる得ない」


 オークのアゾンに支えられながら征四郎はロズワグン達の方へと歩みゆく。

 その間にもロズワグンの舌鋒は鋭くハーナンを貫いていく。


「理解できぬか? する必要はない。――――貴公はな、余にとって見れば望まぬ抑圧の化身よ。碌に知らぬ女であろうに、その地位と見てくれだけで好意を寄せる。悪いとは言わんが、せめて余の想い位は確認して事を進めるが良かろうよ」


「お、おのれ……言わせておけば!」


「ロズワグン、その辺にしておけ。王子もこの状況下で怒るのは器の程が知れるぞ。そもそも、兵権を寄越せと言うからには、現状を大きく変える手立てがあるのだな?」


 傷を負った征四郎とオークの巨体が仲裁に入れば、二人は思わず言葉を止めた。

 周囲も漸く我を取り戻したと見えて、治療兵が走ってやってくるのが見える。


「カムラの兵はこの戦に既に乗り気ではなかろうから如何とでもなる。クラッサの兵は勝利を望んでいる筈だ。正確には、クラッサの指揮官がな。奴らの好きそうな餌を撒き、おびき寄せて指揮官の首を取る」


「大雑把だな。だが、前線の策などそんな物か。して、餌とは?」


「カムラの兵が手出しし辛く、クラッサが喜んで攻撃を仕掛けるとなれば、カムラの王族では無いか? 例えば兵権を手にした余とかな」


 本気かと伺うように赤土色の瞳を細めて、征四郎はロズワグンを見やる。

 ロズワグンは口元に笑みを張り付かせたまま、真っ直ぐに緑色の双眸で征四郎を見た。

 視線が絡み合い、暫しの時間が流れた後で。


「クラッサの将を如何やって引きずり出す?」


「クラッサには既に騎兵が無い。歩兵を押し出さねばならず、勇猛な将なら歩兵と共に来る。臆病者なら陣に籠るが、明らかに兵は少ない。そこを突く」


「奇襲部隊は敵指揮官が陣に籠ったか、共に出撃したかを見極めて、正確に指揮官にいる方へと襲い掛かれと? 誰にそんな部隊を任せるのだ?」


「貴公だ」


 挑むような口調で問いかける征四郎に、ロズワグンもまた双眸に力を込めて答えを返す。

 怒鳴り合いより尚、重々しい雰囲気を放つ二人を周囲は黙って見守った。


「私? 傭兵は私に其処まで命を預けぬぞ? 奇襲部隊と言えば聞こえは良いが決死隊に近いのだからな」


「貴公が居らねば元よりこんな策は考えぬよ、征四郎。だが、貴公が出来ぬと断ろうが、余は余の存在を周知し前線に出る。現状ホレスが優位に傾いているが、日が経てば経つほどに不利になる。連中は背後に補給路を構築しているが、我らはスルスリ川を封鎖されれば補給物資の搬入が厳しい。それに……」


「それに?」


「クラッサが手をこまねいて膠着を良しとする筈がない。送って来るぞ、聖騎士団を……。故に一気に勝敗を決せねばならない。そうすればクラッサとて侵攻作戦を一旦は見直す、それで時間は稼げるはずだ」


「――良かろう、その策に俺は乗ろう。だが、他の者は知らんぞ?」


「先生、傷の方は大丈夫なのですか?」


 二人の会話に割って入ったのはオークのアゾンである。

 征四郎の弟子は、師を慮り声を掛けた。


「内臓には行ってない。固定すれば動ける」


「ならば、俺も先生に従いましょう。他の連中も先生がやれと言えば行う筈です」


「二百弱の兵では奇襲だけしかできんじゃないか」


 そう肩を竦める征四郎は、そっとハーナンを伺い見た。

 懸想していた女の豹変ぶりに混乱気味のホレスの王子が兵を貸してくれるとは思えない。

 そっと息を吐き出した所で、全くの第三者の声が響いた。


「その策、ワシらも一枚噛もう!」


 ロズワグンと征四郎がそちらを振り向けば、オークのみで構成された傭兵団の頭目ゾスモと森妖精の弓傭兵部隊の長アルマが並んで立っていた。


【第二十九話に続く】

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