第三十話 勝敗

 国柄から抑圧された生活を送ってきたロズワグンであったが、戦争と言う大規模な戦いの場に身を置いた事により、感情が爆発。

 かねてよりの密かな望みである兵を指揮すると言う野望を達成するべく動き出す。

 言い寄っていたホレスの王子ハーナンに、兵権を寄越せと詰め寄り、傭兵の指揮権を強奪した彼女は、自身の初陣を勝利で飾るべく行動を開始した。



 その噂が、クラッサのみならずカムラ王国の兵士たちに届いた時、彼らの戸惑いはとても大きなものであった。

 現王の姪にあたる王族のロズワグンが敵となって立ちはだかったと言うのである。

 その傍にはロズワグンの弟であり、クラッサの聖騎士となったはずのグラルグスまでいるとなれば、戸惑いは混乱へと変化した。


「こんな所にいる筈もない、打って出るべし!」


「馬鹿を言うな! 相手は王族だぞ! 万が一本物に弓引いたとあれば……」


「彼の王女は聖騎士となった弟を討つ旅に出たとか聞いて居たが……聖騎士から足抜けさせたのかもしれん」


 カムラの兵団は数が多く、三軍に分かれていた。

 その三軍の長は集まり話し合うも、ロズワグンの陣に対して明確な対応を決め兼ねていた。

 そこに齎されたのは、クラッサが動いたとの報告。

 三軍の長は互いを見やり、その内の一人が呟く。


「様子を見るより他は無い……」


 その言葉には、新クラッサ派も、反クラッサ派も同意せざる得なかった。

 新クラッサ派にしてみれば、王女の陣は貧弱であり、クラッサの兵団に容易く倒される、それに加担しては戦功を盗むのかと返ってクラッサを怒らせる。

 反クラッサ派にしてみれば、クラッサは憎い敵だが今は同陣営であり、おいそれと手出しは出来ない。

 それと同様に、王女にも手出しができないとなれば、黙って事の推移を見極めるしかない。


 そういう事情でカムラの兵が動かずに見守る中、ホレスの兵もまた動かなかった。

 ハーナンに豪語したのだから、兵を出さないのは当然だとする向きが一般的だったが、中には傭兵と他国の王女に戦を任せるのは軍の名折れと強くハーナンに出陣を願う者達も居た。

 だが、ハーナンは決して出撃を認める事は無かった。

 ロズワグンや征四郎に対して、満座で恥をかかされたと言う思いが強いのだ

 そもそも、彼の我が今少し弱ければ、こんな状況でも兄と国を二分しかねない政争などしなかっただろう。


 各国、各人の状況が作り出したこの戦局が、ロズワグン・エカ・カムラの声望を高める第一歩になる事は皮肉と言えた。

 


 陣に肉薄するクラッサ歩兵の群れを、アルマ率いる弓兵が射抜く。

 風切り羽の音が鳴り、痛みや怒りの声がこだまし、それをかき消すような雄叫びが轟く戦場の只中にあって、ロズワグンは自身が落ち着いていることを不思議に思う。

 まるで、自分のいるべき場所に戻ってきたような安らぎにも似た奇妙な感覚を自覚すると、戸惑わざる得なかった。

 そんなロズワグンの胸中など知らず、状況は阿鼻叫喚と言える地獄絵図を描き出す。


「見えたぞ! 討ち取……っ!」


 兵に指揮官の存在を知らせる旗の下で、指揮を出すロズワグンを見て、叫びをあげたクラッサ兵は雷光を纏ったグラルグスの剣で両断されて、絶命した。

 その状況に眉一つよせずに、ロズワグンは敵歩兵集団に綻びを見つけて、オーク傭兵団の頭目ゾスモに伝令を出す。

 その一点を突き崩せと。

 ゾスモ率いる三百のオーク達は、雄叫びを上げてクラッサ歩兵に駆け寄り、思い思いに武器を振るってその陣形の一角を突き崩す。


 思いの外、善戦するロズワグン率いる傭兵達に、クラッサの西方兵団司令は苛立ちを募らせる。

 今さら、作戦を変えることは沽券に関わるとばかりに、歩兵に突撃命令を出し続けたが、遂には陣中に留めていた弓兵に攻撃に参加するように指示を出した。

 それが運命の分かれ道となった。


 征四郎率いる二百の傭兵部隊は、その寡兵をさらに数人規模にまで分散させ、クラッサの陣に向けて進ませていた。

 散兵戦術と呼ばれるこの戦術は、本来は重機関銃陣に攻撃を仕掛ける際に分隊規模にまで隊を分けて、遮蔽物を最大限利用して強襲を掛ける物だが、征四郎はこれを対弓兵に用いようとしていた。

 いざとなれば、死体の真似でもして地面に伏せて居れば、敵はそれが本陣を強襲する部隊等とは到底思えず、見過ごした。

 彼等にとって、寡兵を更に分けるなど愚の骨頂である。

 歩兵にせよ、弓兵にせよ、纏まって行動するのが何より攻撃力が高いからだ。

 現に、数は少ないロズワグンが率いる傭兵部隊だって、兵種ごとに纏まって行動しているのだから。


「巡回騎士が地べたを這いずるか……」


 エルドレッドは、ロズワグンの陣へと向かう弓兵をやり過ごしてから小さく呟く。

 ロニャフの騎士の中でも選ばれた存在である巡回騎士が、こんな姿で戦っていると知れば、北方連盟の者達はどう思うだろうか?

 そう思いはするが、現状に特別嫌な思いなど抱かなかった。

 何故なら、確かに敵は固定観念にとらわれ、エルドレッドを見逃してしまうからだ。

 戦は勝たねば始まらない。

 敵が不死身などと言う禁じ手を使う以上は、此方だって取れ得る手段は全部取らねばならない。

 そう決意を新たにエルドレッドは周囲を伺い、そっと敵陣目掛けて移動を開始した。

 途端に、不意に合図の声が響くのを聞き、エルドレッドは立ち上がり敵陣目掛けて駆けた。

 一連の行動をキケやマウロを始めとした二百の傭兵が一斉に行った。


 日が傾く。

 平野を染める夕日の赤は、この地で流された血潮よりも尚赤く見えた。

 カムラの王女ロズワグン率いる部隊は良く粘っている。

 それでも、多勢に無勢かと推移を見守っていた者達は思った。

 それが起きるこの時までは。


「な、何事か!?」


 突然の襲撃を知らせる陣中の兵の叫びに、クラッサ西方兵団司令は慌てふためく。


「四方から敵が押し寄せてきます! 数は多数!」


 突然の攻撃に恐慌を来した兵士は、恐怖により兵の数を多い錯覚し、そのままそれを報告した。

 

「伏兵だと! 一体どこから? まさか、カムラの連中、裏切ったのか!」


 最悪を想定した西方兵団司令の言葉に、周囲の兵士は絶望的な表情を浮かべた。

 如何に少ないと言えども陣中には五百の兵は詰めていた。

 それが想定外の奇襲により、二百の兵に敗れ去ろうとしていた。


「ともかく、脱出を果たして再起を……」


「敵指揮官発見!」


 逃げ出すべく天幕を出た西方兵団司令は、そこで小柄な兵士に遭遇した。

 小柄な髪の赤い兵士はそう告げたかと思えば、身の丈に合った剣を右手で持ち上げ、左手は添えるだけの奇妙な構えを取る。

 征四郎が修めた剣術、天真正自顕流てんしんしょうじけんりゅうのトンボの構え。

 相手が小柄な事と正統とは言えぬ剣の構えに侮った西方兵団司令は、剣を抜きながら小柄な敵兵を切り倒そうとした。


(……左の動きを戒めろ……左舷切断……)


 征四郎の教えを頭の中で繰り返して、マウロは剣を振るった。


 それから少しばかり時間が経った。

 ロズワグンの陣に矢を射かけていた弓兵たちは、背後から響いた争いの音の後に聞こえてきた声に驚きを隠せなかった。


「クラッサの指揮官、討ち取ったり!」


「さあ、足を動かせ! 弓兵の背後から強襲を掛ける!」


「叫べ! 叫べ! 叫べ!」


 叫べの声の後には、士気を奮い立たせる雄たけびが上がり、数百の兵が突っ込んでくるのが見える。

 弓兵の混乱は、アルマの弓兵部隊に射られ、ゾスモ率いるオーク達に攻撃を阻まれ続け、グラルグスに同胞を斬られてきたクラッサ歩兵にも伝わった。


「司令が死んだ!」


「何故陣が取られているんだ!」


 混乱は枯れ野に付いた炎のように、すぐさまクラッサ歩兵全体に広がる。

 数の上では歩兵だけで三倍近かった筈の彼等の混乱は、如何程だったのかはかり知る術はないが、相当の衝撃だった筈だ。

 そして、ロズワグン率いる傭兵達には、その衝撃、混乱こそ、待ち望んでいた物だった。


「別動隊が任務を達成したぞ! 勝鬨を上げ、掃討戦に移行しろ!」


 ロズワグンの指示が飛べば、疲労困憊していた筈の傭兵達は気力を振り絞り、大きく勝利を吠えた。

 

 統制を失った軍隊が、挟み撃ちに合えば無慈悲にその命を刈り取られるだけ。

 辺りが暗くなる頃には、クラッサ西方兵団はその数を半数以下に減らして、敗走していた。

 

 一連の戦いを見ていたカムラの軍は、慌てた様に逃げるクラッサの背中を守るようにゆっくりと後退し、ホレスの兵士達は何とも言えない気恥ずかしさを覚えていた。

 そんな中、傭兵達が勝利を与えた女指揮官の名を称え、歓呼の声を上げていた。


【第三十一話に続く】

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