東部動乱
第十七話 川を下りて
聖騎士を殺す術を求めて、嘗て大呪術師が治めたと言う廃都ジーカへと向かうロズワグンと征四郎。
ディルス大陸北部で聖騎士を巡る動乱に関わったがこれを切り抜け、改めてジーカへと向かう事になった。
その際に知り合った何人かの仲間やロズワグンの弟と共に、トヌカ近くを流れるスルスリ川で南下することを決めた。
スルスリ川は南北を繋ぐ立派な交易路だ。
それだけに、荷物を運ぶ交易船や人を運ぶ運搬船も行き交っている。
そのうちの一つを捉まえて、南下を始めた一行は思い思いの時間を過ごしながら、船に揺られていた。
揺れると言っても川の船旅は海とは違い船酔いにもなり難く、まずは快適と言える旅路であった。
巡回騎士団の一人、キケは随分と人懐っこい青年で、水夫たちとも仲良くなり、色々と噂話を集めていた。
かと思えば、水面を見つめて深刻な顔をしているマウロをからかったり、話しかけたりと世話も焼いていた。
一見すれば、気の良い青年のキケだが、時折見せる足捌きや視線の送り方と言った所作から、かなりの使い手であろうとグラルグスは目算していた。
マウロと呼ばれるトヌカの衛兵だった青年は、逆に張りつめていて余裕の無さが伺えた。
が、キケや征四郎が声を掛け、時折からかいながらも話を聞いたり、船上なので軽くではあったが、稽古を付けたりした時は随分とさっぱりしたような顔をすることもあった。
時には、挑む様にグラルグスを睨み付ける事もあったが、それは巡回騎士団の副長であるエルドレッドに咎められていた。
若いと思うと同時に、その足腰の安定感は年に似合わぬ修練を感じさせる。
グラルグスが最も厄介だと感じるのは、エルドレッドである。
彼は常にグラルグスを見張る一方で、しっかりと周囲の状況を把握しており、まるで油断ならない。
その所作に殺気立った所は無いが、キケ以上の手練であると思われた。
腰の剣と背に背負う盾は使い込まれており、並々ならぬ戦士である事は容易に想像できるが、絶対にそれだけではない。
何故なら、聖騎士に対抗するためにロニャフの王ロランドが作り上げた巡回騎士団は、キケも含めて何かしら対聖騎士用の力を秘めている筈。
それが何かは戦わなければ分からないと言うのは、厄介であり、楽しみでもある。
だが、この一行で一番の強敵と言えるのは、やはり征四郎と言う名の黒髪の男だ。
自身の鍛錬に恐ろしくストイックで、船上でも独特な鍛錬を繰り返している。
その鍛錬を見れば彼が何に重きを置いているか、よく分かった。
剣の振りと足運びだ。
全てを賭けた様な一撃は、初擊で敵を沈黙させ、早さを追求した足運びは、攻撃に際しては一気に間合いを詰め、防御に際しては即座に間合いを取る。
東方のカタナ使いにも類を見ない剣術だ。
剣士として高い技量を誇る征四郎だが、彼は呪術師でもあり、どうやら百名以上の部隊を指揮した事もあるらしい。
戦い全般に特化した男と言えるが、性根の分かり易さが、厄介さを軽減している。
姉であるロズワグンとのやりとりを傍で聞いていると、二人とも男女の機微に疎いので酷くもどかしくなる。
この様にグラルグスが周囲を観察できるのは、姉と今一人の術師クラーラのおかげだ。
本来ならば、聖騎士に思考の自由はない。
クラッサが聖騎士を作り上げるために、貪欲に頑強な肉体を求めた代償の所為と言えた。
つまり、他国の勇士を拉致して呪法の実験に用いたのだ。
実験が成功し聖騎士となった者の中に、拉致されてきた他国の者が居れば、その自由を奪う以外にはない。
そこで他国の生まれの聖騎士の自由を奪う為に開発されたのが
呪いを受ければ、通常の思考は著しく制限され、戦闘時にのみある程度の自由を許される。
また、クラッサの術者に居場所を常に監視され、何処をどう動いているのか魔術通信で指揮官に伝えられるのだ。
クラッサの望まぬ行動を取れば、耐えがたい激痛と思考を奪おうとする強制力に苛まれる。
その呪いを今まで突破したものはない。
多くの苦難に耐えたカファンであっても、最終的には理性を消し飛ばされて、目に入る者全てを殺そうとした筈だ。
カファンが他者を殺めなかったのは、目の前に征四郎が居り、彼を倒さねば危ないと言う本能の訴えの為だった。
その呪いをの緩和と術による追跡妨害を姉ロズワグンと術師クラーラが担っている。
死者の魂を操る姉と気配を断ち隠形の術に優れたクラーラが並び立ってこそ、始めて聖騎士グラルグスの存在をクラッサから隠し通す事が出来る。
死霊術師が何故関係するのか? その理由は、聖騎士の中には今一つの魂が組み込まれているからだ。
その魂の片割れを休眠状態にすることで、聖騎士としての力と
これには、聖騎士自体の協力も必要でグラルグスが大人しくしていたから可能な事だ。
念入りにクラーラが追跡を阻む隠形の術を用いて、グラルグスの気配を隠してしまえばクラッサの術師には追う術はなかった。
だから、この先に川を下った先で巻き起こる事件の数々は当初は偶発的な出来事の重なりに過ぎなかったのだ。
それが、ロズワグンとグラルグスの生国を揺るがす大事件となるとは、今の時点では誰もが気付く事は無かった。
【第十八話に続く】
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