第十六話 巡回騎士の逡巡

 前回までのあらすじ。

 ディルス大陸の北の地を纏める北方連盟指折りの商業都市トヌカを訪れたロズワグンと征四郎。

 そこに奇妙な聖騎士が現れ、征四郎が撃退する。

 死なない騎士の四肢をバラバラにして、封じようと試みる。

 だが、そこにクラッサの魔人衆が一人、黄衣の剣士が聖騎士を奪いに現れた。

 黄衣の剣士と相対した征四郎は、黄衣の剣士が祖国で敵対関係にあった久遠中尉である事に気付いた。

 因縁を巡り火花を散らした二人だが、決着はつかず、その間に別の聖騎士の手により、バラバラになった聖騎士は奪われた。

 その後の聖騎士達のかく乱を退け、ロズワグンの弟を捉え騒乱を切り抜けた二人だったが、トヌカの自治会は彼等に街よりの退去を求めたのだった。



 トヌカの街を出たのは、征四郎とロズワグンのみでは無かった。

 大国ロニャフが北方連盟の治安を守るために結成した巡回騎士団の内、黒の名を与えられたリマリアの団もトヌカより退去を懇願されていた。

 ロニャフの軍事力より、聖騎士をようするクラッサ王国の方にトヌカの自治会は恐れを抱いたからだ。

 懇願であったのは、ロニャフとの縁が切れる事も恐れての事だと誰もが気付いていた。

 それに捉えられたロズワグンの弟グラルグスとトヌカ自治会を追われたロウとそのメイドであるスクト。

 その全員が交易路付近でたむろし、今後の事を話し合っていた。


 ちなみに、征四郎が斬り伏せた聖騎士カーリッジは、トヌカの地で四肢を斬られて壺に収められ封印されているが、彼はクラッサとトヌカの交渉材料になるのだろう。

 死なないからと言えども、良い事ばかりではないなと征四郎は小さく嘯いて息を吐き出す。


 さて、北方連盟内でも東西の国々との交易路があるトヌカ南の方だ。

 近くを流れるスルスリ川を用いて南下すれば、征四郎たちの目的地であるジーカに大分近づく事が出来る。

 ただ、その場合はロズワグンの弟をどうするかが問題だった。


「俺はその男と姉と共にジーカに向かう」


 捕縛されている筈のグラルグスは傲然と言い放ったのである。

 巡回騎士達としては、それを認める訳には行かないが、グラルグスは身体能力を抑える手枷を嵌めているとはいえ、聖騎士。

 無理を通して暴れられれば、巡回騎士達もただでは済まないだろう。


「騎士団の中からお目付け役でも派遣されては?」


 取り成すように告げたのはロウであった。

 彼と彼のメイドは征四郎とロズワグンについて行く気だったようで、出立前にそんな話をされていた。

 征四郎にもロズワグンにも否は無いので許可したが、その目的は何処にあるのか……。

 そんな彼からの提案に巡回騎士団の長は渋い顔をして見せた。


「昨日、副長に伝えさせたが、王の裁可を受けるために彼等には首都まで来てもらいたいんだがな」


「しかし、聖騎士を殺せる術が無ければ、そちらの聖騎士の刑死も不可能では?」


 ロウの言葉には、リマリアは更に渋い顔をした。

 巡回騎士団はかく乱目的の聖騎士の襲来を無傷で切り抜けるだけの武勇は備えているが、流石に不死身を殺せる術は持っていない。

 征四郎が黒い刀で切り結んだ相手だけが、再生能力を阻害されている。

 だが、その征四郎でも絶対の抑止力には足らないのだ。


 リマリアは現状を考える。

 果たして、ジーカに聖騎士共々彼等を向かわせて良い物か、その場合何人ほど団から送らねばならないのか。

 聖騎士殺しの術はジーカにある。

 征四郎が言うには、そう伝えたのは北方一の呪術師として名高いラギュワン・ラギュだと言う。

 数年前の北方の騎馬民族ホースニアンの集落を、クラッサの聖騎士が焼き討ちした理由が彼であったとも風の噂にリマリアは聞いていた。


 呪術。

 魔術、法術とも違う術式の系統。

 魔術は学問的系統があり、法術は神学的系統がある。

 魔術の才能を見出されれば魔術学校へ推薦され、法術の才能があれば神官としての道が開ける。

 無論、術者と言う方向に向かわない者もいる。

 彼等の才能は、行く末を強制させるほどに稀有な物ではない。

 では、呪術は如何か?

 呪術師は皆、赤土色の瞳を持ち、系統だたない術を用いる。

 同じ師に弟子入りしたからと言って、同じような術を使う訳でも無く、それぞれが独自の呪術を用いる。

 これは、呪術とは完全に個人の素質にのみ左右される旧い術式であるからだ。

 だから、いかに優れた呪術師であろうとも、その術を人に教えた所で他者には伝わらない。


 ラギュワン・ラギュの弟子を自称する征四郎からして、明らかに彼の大呪術師とは異なる呪術を、つまり付与魔術エンチャントによく似た術を用いている。

 これが、魔術師であれば系統違いで明らかに詐称と分かるのだが、呪術師であると何とも言えない。

 ただ、分っているのは征四郎がラギュワン・ラギュの弟子を自称しても、納得できるだけの技量を持った呪術戦士である事だけだった。


 呪術は一般的には野蛮な術式とも言われている。

 戦いに際して古来の戦士が多く用いたからでもあるが、それだけに生と死、そして力の根源に近い術式である。

 ディルス大陸では呪術戦士の逸話は古来より事欠かない。

 炎を片手に纏い剣を振るった呪術師や、泥に潜り敵を奇襲したと言う戦士などの伝説がそれだ。

 ロウの持っている黒い刀とて呪術戦士の持ち物であろうと、ロニャフの賢者院は鑑定を下していた。


 要するに魔術や法術は洗練され、才が見いだされれば、誰でも扱う事が出来るし、その威力も高めているが、呪術は完全に個人の素質に左右され、威力もバラつきがあると言うのが現状だ。

 各国が重用するのは魔術、法術の方であるのは明らかであるが、呪術師も一定のレベル以上の者はその代に限り重用されている。


 ――翻って、クラッサの聖騎士達は如何か?

 彼等のような存在を生み出す術は魔術にも法術にもない。

 可能性があるとすれば呪術であり、解除するにも呪術を用いるしかない可能性は高い。

 巡回騎士団の中には、黒の名を与えられたリマリアの団以外白、赤、青の団にも呪術は居ない。

 ロニャフの首都カザシュの呪術師は皆、老齢でありラギュワン・ラギュには到底敵わなかった。

 彼等をジーカに赴かせたところで、旅の途中で命を落としかねないし、その術を持ち帰れる保証もない。

 何故なら、ジーカにそんな術があるのならば、クラッサも警戒しているだろう。

 今更行っても手遅れかも知れない。

 だが、このまま手をこまねいているのは駄策以外の何者でもない。


 長い逡巡の末にリマリアは口を開く。


「団から三名見張りとして派遣する、それがジーカ行きの条件だ」


 本来ならばリマリアの団全員で事に当たるのが理想的だったが、総勢500名の黒の巡回騎士団を北方連盟の外に持ち出せる筈もない。

 連盟内部の防衛力を減らす訳には行かないし、何より明らかに目立つ。

 少数であればクラッサの目を掻い潜ってジーカに行ける可能性もある。

 そう判断したリマリアは鋭く副長を見やって。


「エルドレッド、貴殿が見張りを取り仕切れ。人選は任せる。ロタク、ボスヘルに向かっている団員から選んでも良い」


「いや、それならばキケとクラーラで良いでしょう。その三名で彼等に同道しジーカに向かい、本当に聖騎士を殺す術があるのかを確認いたします」


 命を受けてエルドレッドは迷いなくそう告げれば、ひらりと馬から降り立った。

 エルドレッドに名を呼ばれた若い青年であるキケと、片眼を前髪で隠した女術師クラーラもエルドレッドに習い下馬した。


「そう言う訳だ。術を手にしたならば、また北方に戻ってきてもらうぞ?」


「分かった。クラッサの聖騎士殺しが私の使命。仲間は多いに越した事は無いからな」


 征四郎の答えを聞き、リマリアはからからと笑えば、徒歩の者達を一瞥して、片手を上げて挨拶した。

 そして馬首を翻し、本国へとひた走りだす。

 他の団員もそれに倣えば、後に残ったのは八名の男女のみ……。


「待ってくれ!」


 不意に街の方から声を掛けられた。

 年若い男の声で、そちらを見れば赤毛の聖騎士カファン譲りの赤い髪の青年が駆けて来るのが見えた。

 カファンの息子、マウロである。


「俺も……俺も連れて行ってくれ!」


 父親の現状を知り、何をするべきか決めたのだろうか。

 あの手の若者は頑固だからなとエルドレッドが呟くと、違いないと征四郎は肩を竦めた。

 説得を頃みるが、どうもジーカへの旅路に、今一人加わりそうである。


【第十七話に続く】

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