第十五話 約束

 トヌカの騒乱の最中、ロズワグンは遂に弟グラルグスとの邂逅を果たす。

 自分を殺せるはずもないのだから帰れと言われたロズワグンだったが、咄嗟に征四郎の名を出して、彼が殺すと言ってしまう。

 それが、聖騎士レドルファを素手で強制再生状態まで持ち込んだ男の名だと悟れば、グラルグスは徐に投降した。

 自身の死を願う心と、強者との戦いを渇望する渇きに突き動かされて。



 グラルグスが投降し、聖騎士カーリッジが征四郎に斬られ、四肢をバラバラにされて封印された。

 カファンの頭を取り返しに来たのだから、彼らの身柄も奪いに来ないとも限らない。

 治安乱れたトヌカの自治会はそう結論付けて、聖騎士を捕縛した巡回騎士に一刻も早くこの場から離れる様に懇願した。

 無論、聖騎士と戦った征四郎とロズワグンに対してもだ。

 この二人は言わば疫病神だと言いたげな対応ではあったが、征四郎もロズワグンも特に反論はしなかった。

 ただ、それに納得いかない男がいたのである。


「彼等がいなければ、カファンが暴走した時点でより多くの死傷者が出た筈だ!」


 そう猛然と抗議したのは、自治会員の一人であるロウだった。

 彼はメイドのスクトと共に聖騎士への妨害行動も行っていたし、街を守る為に懸命に働いた。

 その懸命さが、何処の生まれとも分らないこの青年を住人が好み、自治会員に推薦した。

 だが、その懸命さは一部の者達には疎ましいだけだった。


「ロウ君、君は彼らに加担した。街を守る心算だったのだろうがやり過ぎた。君の存在も聖騎士の再侵攻の口実になりかねない」


 そう告げた自治会員の言葉は白々しいだけであった。

 この騒乱を機に自分たちとは異なる考えの自治会員を締め出そうと言うのだろう。

 この発言を聞けば、ロウのメイドであるスクトは一歩前に進み出た。

 その場にいた者たち全員が、メイドの暴走を懸念したが、すぐさまロウが止めて。


「そこまで言うのならば、分りました。しかし、僕自身の財産を持ち出す時間は与えてもらいますよ。巡回騎士団や、このお二方にも出立の用意をする時間もね」


 話す事は後は無いと踵を返すロウ。

 黒の巡回騎士団の長リマリアは、渋面を作りトヌカの自治会員たちを眺めて大仰に息を吐き出す。


「クラッサに降るなら、早い方が心証が良い。ただ、ロニャフが勝った場合は、相応の結果が待っている事は理解しておくと良い」


「誤解無きように言って置きますが、我らはただ、再侵攻を防ぎたいだけなのです」


 額に脂汗を浮かべて抗弁する自治会員に、ああ、はいはいと言葉を返しながらリマリアも踵を返す。

 彼女は見限る時は早い。

 リアリアに従い巡回騎士団も踵を返せば残ったのは征四郎とロズワグンのみだった。

 征四郎もロズワグンも彼等に何か言う事も無く、如何した物かと顔を見合わせていると、ロウに呼ばれた。

 確かに彼には世話になった、ならばついて行くかと二人とも踵を返して自治会員たちから離れた。

 その背を渋面を作って自治会員たちは見送っていた。


 

 結局、出立は明日の早朝と言う事でロウは話をつけてきた。

 彼の家に招かれた征四郎とロズワグンは、欲しい物を問われて、当初の予定通りの衣服と靴を求め、征四郎はさらに武器を求めた。

 あくまで黒い刀はロウが所持していたもので、征四郎の物ではないからだ。

 衣服や靴については、ロウは何も問題はないと頷いていたが、武器の話題には少しばかり悩ましげに眉根を寄せた。

 暫し迷ってから、意を決して口を開く。


「ならば、この黒い刀は如何ですか?」


「良いのか? 木箱に入れていたようだし、大事な物では?」


「大事な物ではありますが、スクトも僕も使えませんしね。貴方が振るうに値する武器であると思いますが」


 その言葉に征四郎が悩んだ。

 この黒い刀は確かに扱いやすく、聖騎士の再生能力を阻害する優れものだ。

 だが、武具とはその能力のみで選び取る物ではないと言うのが征四郎の持論である。

 それに、この黒い刀と真に因縁を持つ者はやはりロウであると言う予感があった。


「では、私の手に馴染む武器が手に入るまで借り受けると言う事で良いだろうか?」


 一時借り受ける。

 時が来ればお返しする。

 それこそが、ロウとこの黒い刀に対する礼儀であるように征四郎は感じた。

 征四郎の言葉を受けて、ロウは少し驚いたように黒い双眸を見開いてから、律儀な人だと笑った。

 

 それから巡回騎士団の副長であるエルドレッドがロウの邸宅を訪れた。

 降った聖騎士グラルグスの処遇について、征四郎やロズワグンと協議したいと言うのである。

 できれば、ロニャフの王ロランドの裁可を受け欲しいとも。

 つまり、ロニャフの首都であるカザシュまでご足労願いたいと言うのである。

 ロズワグンとしては、廃された都ジーカに早く赴き、聖騎士を殺す術が本当にあるのか確かめたかった。

 征四郎もロニャフの顔を立てる事は吝かでは無かったが、聖騎士を殺す術を手にしておかねば、如何にもならないと感じていた。


 その思いを実直に告げやれば、エルドレッドは一つ頷き団長と協議してみると言い残して、この場は席を立った。

 彼にしてみても、卓越した剣士である征四郎をもってしても聖騎士を殺せぬ事実を知っている。

 本当に、殺せる術があるのならば是が非でも知りたい。

 それは、聖騎士と相対した者達からすれば切実な願いである。

 死なない相手と言うのは恐怖以外の何者でもない。

 こちらが自力で優っていようとも、死から蘇り延々と戦う羽目に陥ればいずれ死ぬのはこちらなのだから。


 ロウの家で部屋を宛がわれた征四郎は、調達された衣服を確認していた。

 カファンの従兄叔父にあたるあの防具屋の親父がわざわざ誂えてくれた衣服は着心地も良く、動きやすかった。

 ローブはやはり裾が涼しく落ち着かないのだ。

 そんな事を考えながら新調したブーツをまだ履かずに眺めていると、ドアがノックされた。


「開いているぞ」


「――う、うむ」


 扉を開けて部屋に入って来たのはロズワグンであった。


 先程感じた奇妙な衝動に突き動かされながら、征四郎の部屋を訪れたロズワグンはブーツを眺めていた征四郎を見やり、微かに笑ってしまう。

 まるで、子供が玩具を買ってもらった時のように見えたのだ。


「そんなに楽しみか?」


「それはそうだ。ボロボロの靴では足捌きが覚束なくなる。足の裏まで鍛えてあれば違うのだろうが」


「そういう意味でか。実に貴公らしい――その割にはまだ履いてないようだな?」


「履物は午前中に履き始めるのが良いと言うのが祖国の言い伝えでな」


 そんな迷信染みた事を気にするのかと目を丸くするロズワグンに、征四郎は微かに笑って兵士なんてそんなもんだと語った。

 そう言うものかと笑みを返し、ロズワグンは何を語れば良いのか分からなくなった。

 話がしたいと感じていた筈なのに。

 

 扉の前で言葉に詰まっている様子のロズワグンにベッドの縁を進めて、征四郎は床に直に座った。

 今日は互いの事を色々と多く知り得てしまった。

 それも、偶然と呼ぶべき事情によってだ。

 それを思えば、征四郎とて言葉には困る。


「王の姪と言う事は、王族だったのだな。今まで礼を逸する態度を取って来た事を深くお詫び申し上げよう」


「止めろ……。そんな事を貴公に言われると、何だかへこむ」


「――分かった。今まで通りに接させてもらうぞ。しかし、まあ、相応の身分だろうとは思っていたが」


「余の立ち振る舞いに気品でも溢れ出ていたか?」


「いや、物言いが――まあ、気品が溢れていたのかな」


 最後の言葉だけは歯切れ悪く征四郎は告げる。

 『余』だとか『貴公』などと言う平民はまずいないから、と言う至極まともな答えを今は言う気になれなかったからだ。


 ロズワグンは征四郎の言葉を深く追求する事は無く、そうかと柔らかく笑う。

 その柔和な笑みに、征四郎は視線を奪われて――それから、そっと視線を伏せた。

 元より好みの顔立ちであり、人とは異なる存在であったので、気になってはいたのだが。

 今は女性として強く意識してしまい、聊か困ってしまったからだ。

 国では剣と戦にかまけて見合い話の殆どを断り、遊郭にも然程足を運ばなかった征四郎にとってこんな心地になるのは初めての事だった。


「貴公は、異界より来たのだな。こことは違う異郷から」


 不意にロズワグンはポツリと告げた。


「ああ。だが、生まれた場所は違えども、今は同じ志を持っている筈だ」


 征四郎は頷きを返すが、何処かに繋がりはあると思わず告げていた。

 自身でも少しだけ驚いてしまったが、口に出てしまった物は仕方がない。


「聖騎士を殺す、か? 物騒な志だ。――弟は死を望んでいる。余もそれしか道が無いかと思っていたが、何もカムラに戻る事だけが人生ではない。聖騎士の力から解放できればこの地でだって生きていける」


 胸のざわめきをロズワグンはそのまま言葉にした。

 征四郎はロズワグンの言葉を聞くために、視線を上げて彼女を見つめた。


「そのカギはやはりジーカにあると思う。だから、弟も同道できないか掛け合ってみる心算だ。きっと見張りとして何人か付いてくることになるだろうが……」


 そう語るロズワグンの言葉に征四郎はうんと頷いた。

 余計な言葉は発さなかった。

 彼女は今、何か迷いを抱えている。

 そいつを確り聞くのも、大事な事ではないか。


「それでジーカでな……その、どちらかの術が見つかったら。如何なるにせよ、弟を聖騎士の呪縛から解き放てば……その。貴公は、その先は如何する?」


「全ての聖騎士をその呪縛から解き放つ。それこそ私の使命だろう。そして、悪しき呪法を用いる術者を殺す」


 淀みなく、迷いなく、赤土色の双眸に炎を灯しながら征四郎は語る。

 短い付き合いでも、ロズワグンはその答えが返ってくることは分かっていた。


「長い戦いになりそうだな。その戦いに、余がついて行くことはできるか?」


「それは――来てくれとは言い難い。戦いなんて物は碌でもない。だが、それでも、君が来たいと言うのであれば――いや、付いて来てくれるとありがたい」


 この問いかけの答えに、征四郎は言葉を詰まらせた。

 一瞬建前としての言葉を紡ぎかけたが、己の感情を隠す事は止めて素直に本音を語った。

 仲間が多いに越した事は無い、それが彼女であれば尚更だ。

 この短い付き合いで征四郎はロズワグンの事を気に入っていたのだから。


「――存外に素直だな、貴公は。では、約束しよう。余も共に行くと……。或いは弟も共にと言う事になれば良いのだが」


 征四郎の答えに、胸のざわめきが消え失せたロズワグンは晴れ晴れとした笑顔を見せていた。


【第十六話に続く】

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