第十四話 反撃の糸口
黄衣の兵、聖騎士が魔人と呼ぶ存在と対峙した征四郎。
それは、祖国にて敵対関係にあった
互いに決定打を出せぬままに、聖騎士カファンの首を他の聖騎士が奪い、その報告を聞き久遠中尉も風に乗り消え去った。
それが、北方連盟を大きく揺るがす事件の第一歩である事を知る者は、少ない。
征四郎は、周囲の気配を探りながら黒刀を降ろした。
まだ、幾つかの聖騎士の気配や争いの物音が聞こえる。
何も終わってはいない。
或いは、今の出来事も何かが起きる予兆でしかないのかも知れないと、気を引き締めて走り出す。
久遠のあの逃走の仕方を見るに、この黒い刀を振るっても仕留められたかは不明だ。
ならば、この黒い刀の力を知らしめなかった事だけは評価できたかもしれないなと、征四郎は自身の戦いぶりを分析しながら、最も近くに感じる聖騎士の元へとひた走った。
一方、巡回騎士団の方はトヌカの街の方々で湧き起る騒ぎの対応に追われていた。
ロズワグンも、彼等に力を貸し聖騎士の妨害をするべく共に動いていた。
敵の敵は味方、と言うよりは戦士階級でない者を襲って顧みない黄衣の剣士の行いに腹が立ったからだ。
足の痛みを無視して行動するに足る怒りを覚えた。
黄衣の剣士が猛威を振るった直後に、数名の聖騎士が現れ、街は蜂の巣をつついたような騒ぎに陥った。
鉄製の武具で武装した衛兵たちは、並の戦士相手であれば十分な抑止力であったが、聖騎士相手では勝手が違う。
この時点で十分聖騎士優位であったが、黄衣の剣士が騒ぎを齎した直後でもあれば、連絡を互いに行う事も出来ず、聖騎士に各個撃破された。
白昼堂々の襲撃は、クラッサ王国が北方連盟に宣戦布告したのと同義である。
トヌカの自治は北方連盟によって保障された物だ、それに攻撃を加えたと在っては連盟の顔に泥を塗ったも同じ事。
それに、連盟に富みを
名誉と実利を傷つけられて、反撃しない筈は無い。
本国に状況を知らせるために、黒の巡回騎士団を束ねるリマリアは、団付きの術師であるクラーラに命じて、本国との魔術通信を試みる事にした。
その補佐をロズワグンは行うように頼まれたのだ。
クラーラは片目を長い前髪で隠した、美しい顔立ちの娘だったが、何処か影が付いて回るようにロズワグンは感じて、親しみを覚えた。
ロズワグンとて死霊術師、傍から見れば陰気な存在であろうし、当人もそんな部分がある事は自覚していた。
逆にリマリアは自分では決して慣れない身分と言う事と、何処か陽気な部分を感じ取り、苦手意識が先行する。
こればかりは性分だから、何か特別な事でもない限り解消は難しいだろう。
ロズワグンの思いはさて置き、クラーラはロニャフ本国の魔術師との通信を試みる準備に入る。
静かな環境を構築し精神を集中させる事に二人は奔走する。
この騒がしい街でそれを行うのは非常に難しい。
自治会員も商人も、街の住人たちは突然の事に、何処も彼処も慌てふためき、自分や自分の家族を守る事に忙しかった。
その只中に在っては心落ち着かせる様な静かな状況など、中々作れない。
だが、もぬけの殻になった民家を見つければ、そこに入り込み、漸く通信に集中できる環境を構築できた。
民家の一室を借りてクラーラは意識を集中し、瞑想状態に入った。
ロズワグンは周囲を警戒しながら、通信の成功を祈る。
この魔術通信には、実はデメリットも存在する。
喧騒の中で魔術通信を行えるような静かな場所があるとすれば、逆に目立つ事もその一つだ。
それは、情報のかく乱を望む聖騎士にとっても、見つけやすいと言う事に他ならない。
その静けさが、人が居ないだけなのか、それとも静かにする必要性があるからなのかを、見つけ次第確認する必要が聖騎士にはあった。
大部分の聖騎士とて、息を殺して嵐が過ぎるのを耐え忍ぶ民衆を殺して回るほど、性根を腐らせてはいない。
ただ、そうではない場合を発見すれば、つまりは、魔術による通信や大魔術の行使の気配などを感じた場合は、その限りではない。
魔術は手間暇がかかるが、一度発動させると非常に厄介だ。
発動前に叩くのは戦術の基本とされていた。
聖騎士の一人グラルグスの任務は、カファン回収の援護だった。
カファンはトヌカ攻撃の直前、突如正気に戻り
グラルグスは
己も故国を攻めるとなれば正気に戻れるだろうかと。
思考能力を半ば奪われた状態でも、そんな事はぼんやりと思い浮かぶのだ。
結局、トヌカへの攻勢はカファンがトヌカに辿り着いた事で水泡に帰した。
ロニャフに反感を抱いていた北方連盟の一国グルーソンと謀り、幾つかの街を同時に攻撃し、引きずり出したロニャフの国軍を、グルーソンが背後から叩くと言う作戦もまた、振出しに戻った。
これは聖騎士の精神支配に慢心していたクラッサの不手際だ。
当初は、拉致して強制的に聖騎士とした者を用いる際は、故郷や元の所属国とは戦わせない様に配慮してきたきたクラッサだが、精神支配を逃れた者も無く、聖騎士達が命令には忠実に従ってきたことから、北方攻めに際してはその配慮を欠いてしまった。
それが完全に裏目に出た形だ。
恐るべき
自ら進んで聖騎士になった者達と違い、強制的に聖騎士にされたグラルグスの思考は、
だが、事が戦闘となれば話は別だ。
今回のクラッサの不手際について、朧げに考えていたグラルグスは、不意に思考の霧が晴れるのを感じる。
今の任務は聖騎士として適度に暴れ、騒ぎを大きくしておれば良かったので、さして考えも無く暴れていたが、妙に静かな場所に足を踏み入れた瞬間に思考がクリアになった。
これは任務に関しては十全の働きをするようにと、クラッサの術師が苦労の末に編み出した術式のおかげだ。
緊張状態や戦闘に際して脳内に溢れる何かしらに反応すると思考がクリアになる様に、
今のグラルグスの状態は、
それが示す所は、戦いの予感を感じたからだ。
静けさが支配する場所、しかし、そこには人の気配がある。
嵐が過ぎるのを待つ住人たちか、魔術師が居るのかは、まだ分からない。
慎重な足運びに変わったグラルグスは、レンガを積み上げて作った民家と思しき家の前で立ち止まる。
そっと窓の中を伺えば、家財道具が散乱している。
家人が必要な物を持って避難したのかも知れない。
だが、屋内に人の気配がある。
逃げ遅れただけか、それとも……。
グラルグスは一旦離れる素振りを見せて、すぐさま窓へと肩から突っ込み、激しい物音を響かせながら内部へと侵入を果たす。
慌てるような物音が響く其方へと素早く移動して……驚きに目を見開いた。
「あ、姉上……か?」
「グ、グラルグス……」
屋内にいた一人は見慣れた姿だった。
金色の髪と同色の柔毛で覆われた耳、緑色の双眸を驚愕に見開いている
姉が守る様に立ち塞がっているその背後を見れば、姉より尚若い、片目を亜麻色の前髪で隠した女が冷や汗を流しながらも、小さな笑みを浮かべていた。
それで、グラルグスはロニャフとの魔術通信が行われた後である事を悟った。
「大方、叔父上に俺を殺すように言われたんだろうが、無駄な事だ。早急に国に帰られよ」
「――のぼせ上がるなよ、弟。余に殺せなくとも……セイシロウなら必ずお前を殺す」
姉の発言に少しばかり驚いた様にグラルグスは緑色の瞳を見開き、興味深そうに頭部の耳を揺り動かす。
そして小さく頷いた。
「レドルファを素手で叩きのめした呪術師が居るとか。如何やらそいつはそんな名前らしい。――まさか、カファンを刻んだのもそいつか? ははっ、姉上! 随分と恐ろしい相手と手を結ばれましたな!」
己を殺せる者が居るのか?
それを考えただけで、聖騎士となったここ数年感じた事の無い高揚を覚えたが、それはすぐに消える。
その高揚はまだ、
現にレドルファは既に再生を終えている。
いや、だが、カファンの再生が著しく阻害されているらしい。
それも、征四郎と言う奴の仕業であれば……。
そこまで考えが及んだ瞬間、グラルグスは家屋の外より幾つもの殺意を感じた。
こいつは手練の物だ。
そう感じた彼は、姉や術師を捨て置き、家屋の外を伺った。
黒鉄の要所甲冑を纏うのは巡回騎士、その数は三人。
それにトヌカの商人らしい黒髪の優男と、明らかに手練と分かる剣呑なメイドが其処にはいた。
彼等が包囲を狭める中、グラルグスは一度背後を振り返る。
姉と術師に肩を竦めて打って出ようとした。
途端、響き渡る声。
「聖騎士カーリッジ、討ち取ったり!」
声の主は男の物で、告げ足る言葉は驚きに満ちた者だった。
近場でカーリッジがやられたのか、あの槍使いのカーリッジを短時間に打ち取ったと言えるとは何者だ?
まさか、それが……。
「逃げるぞ、グラルグス! 黒い刀のやばい奴が居る! 奴は不味い! 魔人衆に引けを取らんばかりか、奴に斬られると再生が大幅に遅れる!」
ナイフ投げを主体として戦うソシオが民家の屋根から屋根に飛び移り現れ撤退を促す。
だが、その言葉はグラルグスの欲望に火をつけた。
自死を望む破滅的な欲望と、強者と技を競いたい純粋な望みが。
「俺は逃げんぞ。カファンは
狭まる包囲網、背後から突き刺さる姉と術者の視線。
そして、ソシオの嘆息全てを感じ取りながら、グラルグスは何処か超然と敵に降った。
撤退を指示するソシオの声は遠ざかり、カーリッジとグラルグスを除く聖騎士は皆撤退した。
降ったグラルグスは直ぐに捕縛され、幾つかの身体能力封印の術が込められた木枷を嵌められた。
そのまま連行される弟の背中を、ロズワグンは複雑な面持ちで見送りながら考える。
これで、トヌカの現状は大国ロニャフの知る所になった。
巡回騎士団の強みは、その武力と共に何かが起きれば本国に即座に知らせる事が可能な体制を保持している事にある。
このトヌカからの一報はロニャフにどんな衝撃を与えただろうか。
確かにクラッサ王国は聖騎士と言う力を有する覇権国家だ、国民の戦意を煽っており、何れは大陸の統一と言う暴挙に出る可能性は誰しも考えていた。
だが、まずは東の地を制圧してから事を起こすものと思われた。
足元を固めずに事を起こすとは誰も考えてはいなかったのだ。
ロズワグン自体もそんな暴挙に打って出るとまでは考えていなかった。
だが、クラッサ王国は実際には東の地の三割を制した段階で、北の地へ攻勢をかけてきたと言う訳だ。
作戦を知った聖騎士カファンは、生まれ故郷を守る為に
では、東の地でクラッサ王国に聖騎士と言う武力を背景とした圧力を受け続けていた祖国は、一旦はその矛先からそれたのだろうか?
まさか、二方面に戦争を吹っ掛けるとは思えない。
如何にクラッサが精強でも、それはできる筈も無い。
だと言うのに、なぜこんなにも胸が騒ぐのか。
弟が捕縛されたと言うのに、何故こんなにも……。
ロズワグンは、今はただ、征四郎の顔が見たいと思った。
彼に話をしたいと切実に。
出会ってから数日しか経っていない、それもあんな奇妙な男にそんな事を思っている自分に戸惑いもした。
それでも、彼女は彼と話がしたかった。
【第十五話に続く】
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