第十三話 対峙
北の大地で指折りの商業都市トヌカにて聖騎士を撃退したロズワグンと征四郎だったが、治安維持部隊である巡回騎士団に聖騎士との因縁を問われ、答えていた。
そこに謎の黄色い衣の剣士が現れたとの報告を聞く。
目的は征四郎が斬った聖騎士カファンの身体。
巡回騎士の抵抗にあい、僅かに歩みを緩めた黄色い剣士の前に征四郎が立ち塞がる。
征四郎は、その姿を見て己の心が凍てつくのを感じた。
血で汚れており、少し暗い色合いの黄色に染まってはいたが、それが祖国の軍服である事を見て取ったからだ。
顔を覆う奇妙な仮面は、塹壕に化学ガスを撒かれた際に着用を義務付けられた防毒マスク。
そして、そのガスマスクの視界窓の向こうに見えるその双眸に見覚えがあった。
「……老いたな、
「お、おお、お前は……かんどぉ……神土ぉ!! 憎むべき敵め――貴様の所為で姫は死に、我ら近習は捕縛された! だが! 姫は甦り我らをこの地に呼び寄せられた!」
征四郎の知る久遠中尉とは、死なない兵士の計画を立てた黒幕『
年の頃は二十代前半だった筈だが、ガスマスクの向こうに見えるその顔は、三十路を超えている征四郎よりも幾分年上に見えた。
何よりも語られる言葉には、妄執の匂いを感じる。
牢獄の中で征四郎に恨みを抱いて過ごしていたのだろう。
「そうか。なれば今一度殺すとしよう」
征四郎は一度瞑目した後、静かに告げて双眸を見開く。
赤土色に染まった双眸が、怒りに燃え上がる様に煌めいた。
その眼差しを受けても、小動もしない狂気を燃え上がらせ、黄衣の魔人は吼えた。
征四郎が、雷の如く距離を詰めて黒い刃を振り下ろすと、黒い刀身は幾重にも残像を残して、空気を引き裂き黄色い衣を断ち切る。
だが、魔人の身体には刃は触れず、正に紙一重の回避を行った久遠は勝利を確信した。
最初の一撃を避けてしまえば、勝機は幾らでもある。
現に空振りした一撃は脇に逸れて、征四郎の身体は体を崩して泳いでいるではないか。
それを勝機とした久遠だが、次の瞬間に彼はガスマスクの奥で目を見開く。
泳いだと思われた征四郎の身体は、踏み込んでいた右足を起点として独楽のように回り、凄まじい勢いで左足の踵が久遠の顔に目掛けて迫っていた。
征四郎の狙いはそこに在った。
自分の流派について詳しい相手に、何も真っ向から技較べをして戦う必要もない。
必ず殺すと肝に銘じた相手ならば、尚更だ。
征四郎は最初から剣で決着をつける気はなかった。
それは相手が自分の流派を知り、対策を立てているからでもあるが、何よりもガスマスクを被っている事が決め手だった。
こんな物を被っていると言う事は、この地に来る際に何か不手際があり、この地の空気に体が順応しなかったのだろうと推察できる。
ならば、ガスマスクを外してしまえば事足りる。
だが、征四郎の放った後ろ回し蹴り唸りを上げて、久遠中尉のガスマスクの目の前を通り過ぎた。
久遠が体を仰け反らせて、避け切って見せたのだ。
態勢を戻しながら、黄色く変色している刀を鞘走らせ、征四郎を斬り捨てようとした久遠だが、再度の衝撃を受ける。
征四郎は今度は屈みながら地面に手を添えて、左足を軸に回転して、久遠の足を払う蹴りを放っていた。
二段回し蹴りである。
しなる鞭のような、或いは命を刈り取る大鎌の様な鋭い蹴りが久遠の足を払えば、久遠は堪らず横転した。
征四郎は素早く立ち上がり、倒れた久遠へ止めを刺すべく、傍に駆けよればその勢いのまま黒い刀を突き立てる。
久遠は避ける事は出来ないかと思われたが、久遠が纏う黄色い外套が、突如意志を持った様に黒い刀に纏わり付き、その一撃を阻もうとした。
僅かな時間、黒い刀は黄色い外套に包まれて、停止してしまう。
それは時間にして本当に僅かな出来事だったが、久遠は命を失う前に地を滑るように這い、征四郎の間合いから逃れた。
その動きの異様さは何に例えれば良いのか分からない程だ。
征四郎は、露骨に顔を顰めて構えなおす。
全力を挙げて斬り捨てるべきだったか?
そう自問するのだが答えは出ない。
「無手技だと……? 貴様いつそんな物を……」
「砲煙弾雨の戦場で剣を磨こうと思えば、何でもやるようになる」
征四郎の間合いから一旦逃れたとは言え、余程驚いたのか、久遠はそう問いかける。
一方の征四郎は、次は一撃で決めると心に決め口元に笑みを浮かべて答えた。
再び対峙の時。
如何にして久遠を斬り捨てるかを算段していた征四郎は、不意に迫った殺気に反応して構えを解き、後方に下がる。
先程まで征四郎が居た場所に、複数のナイフが飛来し大地に突き立てられた。
視線をちらりと動かすと、建物の屋根の上に
「魔人よ、カファンの頭は回収した」
そう事務的に告げると久遠は一瞬迷い。
「ならば退け!」
そう命じ、自身もいきなり吹き荒れた風に乗る様に外套を大きく翻せば、その体も消え去っていた。
【第十四話に続く】
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