第十話 告白

 北方連盟内で指折りの商業都市トヌカにて聖騎士カファンと相対した征四郎は、幾つかの助力を得てこれを撃退した。

 そこに現れたのは北方連盟の盟主たる大国ロニャフの治安維持部隊、巡回騎士団。

 黒の名を与えられた騎士団の長に呼び止められた征四郎とロズワグンは、食事をともにすることになった。



 ロズワグンの目の前には、ここ最近口に出来なかった料理の数々が並んでいる。

 普段であれば、喜んで食べていたところだが、今回は少し勝手が違った。

 彼女は今、著しく面白くなかった。

 不愉快そうな様子を隠すことなく隣を盗み見る。

 そこにいるのは、征四郎では無く、頭に角の生えた羊獣人シープスである巡回騎士団の長であった。


 この巡回騎士団の長はリマリアと名乗り、自己紹介を終えれば、即座にワインを傾けた。

 その態度が面白くない。

 傲岸不遜だと思えども、本来そんな事でここまでへそを曲げたりはしない事は、ロズワグンとて自覚していた。

 女の騎士、その様な存在がすぐそばに居り、自由に振る舞っていることが不愉快なのだ。

 自分では、決してそうする事が出来ないと知っているがゆえに。


 一方のリマリアは、ロズワグンの不機嫌さを察知していたが、特に悪びれる事は無かった。

 風土、文化の違いでしかない事にそこまで拘る事こそが理解できなかったが、今は実害が無いので放っておくことにした。

 そう決めはしたのだが……。


「何か?」


「いや……」


 ワインを片手に問いかけるも、歯切れの悪い返事が返るばかり。

 からかいの一つも投げ掛けてみたくはあったが、今は自重した。

 征四郎とロズワグンの二人の性格とその関係性が不明瞭な今は、下手を打つ気はない。


 一方の征四郎は、女性二人のそんな空気に全く頓着せずに、少量のワインを嗜み、食事を堪能していた。

 大皿に盛りつけられたシカに似た動物の串焼き、鳥肉ときのこを炒め香辛料で味付けした料理、酸味の強い発酵キャベツのスープは中々の味だ。

 魚の油漬け、多くの野菜や肉を煮込んだ赤いスープ料理なども堪能して、パンも食べる。

 やはり、美味い食事は生きて行く上で重要だと思いながら、健啖っぷりを如何なく発揮した。


「良い食いっぷりだ」


「おかわりはありますよ、遠慮なく申し付けください」


 征四郎の隣に座るのは、黒の巡回騎士団の副長だと言うエルドレッド。

 細身ながら征四郎と同じく鍛え抜いた肉体を持ち、赤毛が特徴的な騎士だ。

 征四郎の健啖っぷりを褒めながら、彼自身も何の遠慮も無く出された食事を平らげていく。

 二人とも、ワインを嗜む程度の留めているのも、共通していた。


 その二人の食べっぷりに感嘆してるのは、征四郎と似た人種と思われるトヌカの若き自治会員のロウ。

 街を救ってもらったのだから、この程度の出費は痛くもかゆくもない。

 人が死に、街の名前に傷が付けば聖騎士が暴れた以上の損益が容易に想像が出来るのだから。

 給仕代わりにあの冷たい眼つきのメイドが料理を運んでくるが、その足運びや視線の配り方に、全くの油断がない事に征四郎は気付いていた。

 気付いていたが、今は食べる事に集中していた。

 数カ月は一人で自炊……と言うよりは、サバイバルをしていた為か、時折調理の仕方を確認しながら。


 征四郎がひとしきり料理を堪能して一息付くと、リマリアが待ちかねた様に問いかけを放った。


「それで、セイシロウ殿は何故に聖騎士と戦うのか、問うても良いだろうか? カムラ王国の方はおぼろげながら察する事が出来るが」


「――何故に余の事は分かると?」


 リマリアの言葉にいち早く反応したのは、察せられると告げられたロズワグンであった。

 菫色の瞳を向けて、リマリアは真っすぐにロズワグンの緑の双眸を見据え。


「グラルグス、この名前に心当たりは?」


「それは……っ!」


「やはり。しかし、カムラ王国の旧来の考えを鑑みれば、親族が名誉の為に裏切り者を討つ事を求められて貴女が派遣されたのだろう。ただ、何故貴女一人なのかが分からない。本来騎士が……」


「黙れっ!」


 語るリマリアに、思わず立ち上がりテーブルを叩いて鋭く制止の言葉を放つロズワグン。

 怒りに顔を赤く染めて、一声発してからは口を真一文字に引き結ぶ。

 その顔を、様子を見て、リマリアは事態を大体飲み込めた。

 ロズワグンの生まれ故郷であるカムラ王国は、名誉を貴ぶ風潮が強い。

 何処の国でもそうだが、カムラ王国は一際強いのだ。

 裏を返せば、不名誉に対する不寛容さも各国の中で随一だ。


 その一方で、カムラ王国は女性の地位が各国に比べて低い。

 能力ではなく、性別で多くの職業が規制された。

 王国の軍の要である騎士もまた、制限された職業と言えた。

 そもそも、騎士とは本来は貴族の事を示すのであり、職業の事では無かった。

 王より領地を貰い、その見返りに戦った者達が本来の騎士、貴族である。

 だが、現在のここディルス大陸では、騎士とは各国が持つ常備軍の名であり、名誉ある戦士を意味していた。

 カムラ王国では騎士の裏切りは、同じ血族の騎士が裏切り者を討ってこそ、雪がれると言う考えが根付いている。

 もし、裏切り者の親族に女しかおらねば? その問いかけの結果は残酷な物だ。

 

「余は、余はなぁ……っ」


「ふぅ……。落ち着きなさいな、誰もアンタの名誉を傷つけゃしないよ」


 良く見れば目じりに涙を浮かべているロズワグンを見やり、リマリアは口調を素に戻して応対した。

 女だてらに、そんな言葉はロニャフでだって聞く。


「北方連盟の盟主様ロニャフもそこまで立派なもんじゃ無いさね。確かにアタシは騎士様だ。チャンスを物にしてこの地位に自力で這い上がった。けど、口さがない連中は体で取ったと騒ぎ立てる」


 まあ、体で奪ったからなんだってんだとは思うけどと言い添えて、菫色の双眸を細めて笑う。


「でも、これで分かった。アンタは親族の名誉回復の為に、一縷いちるの望みをかけて聖騎士グラルグスを討たにゃならない。――弟をだろう、ロズワグン・エカ・カムラ殿」


「――余の名前すら知っておったか。……そうだ。叔父は……王は名誉の為に裏切り者の弟を殺せと言う。しかし、誰一人カムラからは兵は出せぬともな。体よく我ら親子を排斥し、権力基盤を固めたいのだ。余もな、騎士成れずとも弟を討ってくれると啖呵を切ったは良い物の……せっかく準備したものは聖騎士に一撃で破壊され、今やセイシロウを頼らざる得ない」


 激高した事を恥じ入ってか、ロズワグンは顔を伏せて項垂れながら言葉を紡いだ。

 その肩をリマリアが軽く叩けいて労えば、ロズワグンは大人しく席に座りなおす。

 重苦しい空気の中一連の、出来事を見守っていた征四郎が口を開いた。


「私は聖騎士を作り出す呪法を追っている。いや、正確にはその呪法を操る者を討つ為に、この地に来た」


「……何だって? 待ってくれ、クラッサ王国が長年掛けて作り上げた禁呪じゃないのか? 聖騎士は今から六年前に初めて認識された物だ。その為の呪法の研究ならば、より長い年月がかかる筈……」


 征四郎の言葉にエルドレッドが驚きを露わにした。

 嘘とは思わなかったのは、征四郎の振るう剣の技が長年かけて培ったものだからだ。

 一朝一夕であんな技は身に付かない。

 

 驚くエルドレッドに、どう話したものかと赤土色の瞳を向けて征四郎は言葉を紡いだ。


「私は他国から来た訳じゃない。別の大陸から来た訳でもない。私は異なる世界より来た。空に太陽が二つ昇る、ここではない何処かから」


 俄には信じられないだろうがと告げながら、征四郎は周囲の様子を伺う。

 はっきり言えば、狂人と思われる言葉である。

 だが、ロズワグンを除く全員の視線が一瞬だけロウに注がれ、それから改めて征四郎に視線が向けられる。

 それの意味する所は……。


「順を追って話して貰えませんか?」


 そう言葉を放ったのは、ロウと呼ばれる青年であった。


【第十一話に続く】

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