第九話 巡回騎士

 商業都市トヌカにて聖騎士カファンと出会った征四郎。

 カファンは半ば錯乱状態であったが、征四郎と出会ったことにより我を取り戻した。

 自身の状態が危険な状態であることを伝え、また正気を失ったカファンは言葉通り体を変化させて征四郎に襲い掛かった。

 死闘の末、運よく黒刀を手にした征四郎はカファンの体を真っ二つに裂いたが……。



 一体、決着の瞬間を何人の者が見届けたのだろうか。

 多くの物は起きた結果を見届けたに過ぎなかった。

 征四郎の振るった黒い刀の切っ先は大地向けられ、長剣の一撃を耐えきった人狼カファンの体は、今度は肩から腰に掛けて真っ二つに斬られていた。


 それでも蠢くカファンであったが、油断なく歩み来る征四郎が刃を振るい左腕と両足を断ち切られた。

 そして、手足を吹き飛ばされても尚足掻くカファンの首に刃を押し当て、体重を掛けながら刃を引いた。


「壺か何かを用意してくれ。それに封じ込めるしか、今は手が無い」


 宣言通りカファンの身体をバラバラにした征四郎がゆらりと立ち上がり、告げた。

 極度の集中からの解放により、疲れ果てたその体は幽鬼めいた印象すら与える。

 血に染まったローブに黒い刀と言った姿は、やはり異様な姿だ。


 その為か、征四郎の言葉に衛兵の中には即座に動ける者は居なかったが、ロウと呼ばれた青年が頷き、大きめの壺を持ってくるように鋭い眼差しのメイドに告げ、メイドは呆然としている衛兵数名に声を掛けて付いて来るように伝え、その場を後にした。


 黒い刀に付着した血をカファンの纏っていた布切れで拭い、去り行くメイドの背を一瞥して、征四郎はロウへと向かって歩いていく。

 刀の刃を持ち、柄をロウへと差し出して。


「ご助力感謝する、こちらはお返ししよう」


「それは助かりますね、そのまま持って行かれたら如何しようかと」


 まるで同国人の様な姿のロウを見やって、僅かに怪訝そうな顔をしたが征四郎は名の在る武具であろうからと応じて、小さく笑い。

 ロウが刀を受け取れば軽く頭を下げて礼を逸しない様にしてから、ロズワグンの姿を探した。


 ロズワグンは、バラバラになったカファンの身体を凝視していた。

 首を撥ねられて尚、蠢いているその体を。

 異常な魔力の流れを感じ、吐き気すら覚えていた。

 死の危険があり切羽詰まっていた自身が襲われている時には、到底そこまで視る事は叶わなかったが、こうして第三者として落ち着いて視れば、聖騎士の身体を再生へと導く力は異様である一方、常軌を逸した荘厳さとでも言うべき威圧感を備えていた。


 こんな物を戦場で数多く見せつけられては、魔術師の精神に異常を来す。

 それ程の異常な魔力で、カファンの再生は始まっていた。

 だが、それを阻害する力もまた働いているのが視える。

 同じく征四郎が傷をつけた傷であるのに、レドルファの剣で傷つけた右腕の付け根の傷や肩から腹まで裂いた傷は凄まじい速さで癒着を始めていたが、黒い刀で傷つけられた傷は、それに比べて遥かに治りが遅い。


「如何した?」


 征四郎が顔面を蒼白にさせたロズワグンに声を掛けると、彼女はカファンの身体を示して、絞り出すように告げる。


「異様な力の流れだ。その流れを黒い剣で切られた傷で断ち切られている。おかげで傷の治りが遅いようだが……」


「手応えは感じたが、再生の阻害だけか。……死霊術で支配は出来ないか? 半ば奴は死んだ様な物の筈だ。上手く行けば、封じたりする事無く、クラッサの支配から解放できるかもしれん」


 征四郎の言葉にロズワグンは驚いたように、視線を移す。そして、改めてカファンの身体を見やれば、小さく首を左右に振った。


「余の力では無理だ。或いは余の知識不足か。貴公の言う通り、それが可能であれば多くの事に片が付くが……」


「その話題は、此方としても気になる所だ。詳しくお伺いしたい」


 不意の第三者の声に、征四郎とロズワグンは声の主へと視線を向ける。

 そこに立っていたのは黒鉄の要所甲冑を身に着けた一団であった。

 その数は十名ほどか。征四郎はその足運びや所作から一流の戦士である事を感じ、ロズワグンはその魔力の流れから、並々ならぬ術者であるとみなした。


「これは巡回騎士団の方々……。お出迎えも出来ずに申し訳ない」


 ロウがいささか驚いたように声を掛ければ、非常時ゆえに問題ないと小柄な騎士が応じる。

 小柄とは言え、征四郎と憎むべき父の戦いの推移に未だ呆然としているマウロと呼ばれた衛兵よりは僅かに背が高く、角飾りがついたフルフェイスヘルムの向こうから響く声は、多少くぐもっているが女の物。

 ロズワグンがそれに驚いたように目をみはれば、小柄な騎士がロズワグンを一瞥して肩を竦める。


「ロニャフでは事情がある故、巡回騎士に選ばれるのには能力のみが鑑みられる」


「そうであったか。いや、失礼した」


 ロズワグンとてロニャフの巡回騎士の名は知っていた。

 その精強さも知るが故に、騎士団に女性がいる事に驚いたのだ。

 少なくとも、彼女の国では騎士になれるのは男のみ。

 周辺国に比べれば、女性の権利は低いとも言える。

 狐獣人フォクシーニの国は少ない、それ故に小柄な騎士はロズワグンの故国を推察できた。


「カムラ王国とは事情が違うのだ」


「――そうであろうな」


 僅かに苦々しく応じたロズワグンの様子を、意外そうに横目で見ている征四郎に、小柄な騎士は視線を転じて。


「それにしても、見かけからは想像が出来ぬ達人。我が団に推薦したいほどの人材だが――今はその話はあとだ。貴殿らの目的を伺いしたい」


「……黒の巡回騎士団長殿、彼等はこの街の恩人であり、もしかしたら聖騎士に対抗できる人物です。休みも無く立ったまま尋問などされては、この街の面目が立ちません」


 割って入る様にロウが口を挟んだ。

 小柄な騎士は、ロウを見やってから、考え込む様に小首を傾いで。

 それから、徐に首元の留め金を外して、兜を外し始めた。

 兜は前後に分かれるタイプであり、前部分を外して露になった顔は意志の強さを感じさせる美しい顔立ちであった。

 髪は癖の強い銀色のショートだが、兜の飾りと思っていた角が彼女の頭部から直接生えていた。

 渦巻く様な角の形から、彼女が羊獣人シープスと呼ばれる存在である事に、征四郎は初めて気づいた。

 

「それでは、食事としながら話を聞きたい。良いワインと共にな」


 そう告げやって、ロウに悪童めいた笑みを向けて、彼女はさらに告げた。


「自治会員殿が気になっている様に、私も彼らに付いて気になっているのだから」


 それならば文句はあるまいとでも言いたげな彼女の要望に、ロウは一度天を仰いでから、頷きを返し。


「わかりました。早速一席設けましょう」


 そう応じるより他は無かった。


【第十話に続く】

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る