第十一話 因縁

 前回までのあらすじ。

 ディルス大陸において北の地にある国々で作られた北方連盟。

 その連盟内部で指う折の商業都市トヌカにて聖騎士と相対した征四郎とロズワグンは、助力を得てこれを撃退。

 そこに現れた、北方連盟の盟主である大国ロニャフの誇る巡回騎士達。

 彼らに征四郎は自身が聖騎士と何故に戦うかを説明することになった。



 順を追って話せと、自治会員のロウは言う。

 征四郎がこことは異なる世界から来たと言う突拍子もない言葉を告げた際には、ロズワグン以外の者が全てロウを一瞬見た。

 これの意味する所は……。


「君もそうなのか? いや、ともかく話はせねばならんな。少しばかり長いが……」


 ロウに視線を投げやって、それから軽く首を左右に振り征四郎は語りだした。

 何故に騎馬民族ホースニアンの滅びた集落で数か月を過ごす事になったのかを。


 征四郎は、己の名を改めて神土征四郎三義かんどせいしろうみつよしと名乗った。

 神土が姓、征四郎が通り名、そして三義が真の名だと。

 真の名は基本的には伏せておくので、神土征四郎が通常の名乗りだが、戦に際しては真の名まで告げるのが礼儀であると彼は真顔で告げる。

 その辺りは、それこそ文化の違いと言う物だろうが、戦士階級が独特な感性を持っているのが、話を聞く者達には伺い知れた。


 征四郎は大葦原皇国おおあしはらすめらぎのくにと言う島国の出であり、軍人であった。

 彼の世界は空には二つ陽と呼ばれる双子の恒星があり、国々は多神教国家群と一神教国家群の二つの陣営で二分されている。

 この二つの陣営が時折争い、戦争が勃発する。

 征四郎の国は前線からは程遠かったが、それでも同じ陣営を援護するために常に一個師団が前線に詰めているのが彼を取り巻く世界のあり様だった。

 リマリアにせよ、エルドレッドにせよ、ロズワグンにしても規模の大きな状況に驚きを露わにした。

 ただ、ロウにしてみれば世界大戦を思わせながら、何処か古い戦争の様でもあり、一体どんな世界なのかと首を傾げざる得なかったが。

 

 その世界を二分する戦争の前線で征四郎は武勲を挙げて、士官学校に推挙され、更に武勲を重ねて軍大学への推薦も勝ち得た。

 その話を聞けば、ロウはピンと来たのか、征四郎を見やって。


「今の見てくれからは想像できないエリートですね」


 と告げやった。

 征四郎も全くだと微かに笑ったが、小さく席次は後ろから数えた方が早かったとも言い添えて視線を逸らした。


 征四郎は座学の成績はあまり良くなく、軍大学を卒業しても参謀本部に知己も無かった。

 だが、野戦指揮能力が高かった再び前線に配属され武勇の誉れ高い桜花長銃中隊おうかちょうじゅうちゅうたいを率いた。

 彼の国では、花の名前が部隊に付けられたと言う。

 

 そう言う物かと聞いていた者達の中で、ただ一人ロズワグンのみがは、はっとしたように征四郎を見る。

 聖騎士カファンに対して、その名を用いて呼びかけていたからだ。

 そして、そこに征四郎の目的が関係あるのだと悟った。

 

 結局、征四郎は前線を暴れまわっていたが、軍大学の先輩に誘われ近衛第一師団に栄転する。

 この結果を幸運と捉えるのか否か、今でも迷うと征四郎は吐き出すように告げた。


「私が隊を去ったあと、桜花長銃中隊おうかちょうじゅうちゅうたいの名を聞かなくなった。次の中隊長が何かヘマをして内地に下げられたと聞いたのが最後だったが……」


 そう呟いた征四郎の赤土色の瞳に、宿るのは怒りか。

 近衛第一師団で征四郎が敬愛する上司や、頭は切れるが少々情けない先輩と共に慣れぬ内勤に明け暮れ、平和を謳歌している時、既に異変は起きていた。


 ある年の瀬に、桜花長銃中隊おうかちょうじゅうちゅうたいの部隊員の家族に出会った。


「隊長様!」


 街を歩いていた征四郎に、そう呼びかけたのは三嶽みたけ曹長と言う気の良い若者の母親であった。

 何でも、ここ最近まったく便りが届かなくなったのだと言う。

 内地に勤務となったはずなのにとも。

 その母親との話で、征四郎はあの誉れ高い中隊の名を全く聞かなくなったに漸く気付く。

 栄転した事を息子から聞いていた母親は征四郎に声を掛けるのはと躊躇ためらったらしいが、やはり心配が勝り声を掛けてしまったのだと申し訳なさそうに告げた。

 征四郎は詫びる母親を制止し、自分が調べてみようと請け負った。

 そして、職務の合間を見て中隊の行方を追った。

 それから二ヶ月ほど過ぎた時、秘匿呼称『黄衣兵団』と呼ばれる儀仗兵の新部隊創設と言う謎の計画に行き当たった。

 儀仗兵の役割は近衛第一、第二師団の割り振りで受け持つのが通例である。

 一体、儀仗兵のみの部隊を創設して如何すると言うのか……。

 征四郎には良く分からなかった。


 不審に思い調査を続けるも、これ以上は一介の少佐には手に負えないと考えた征四郎は師団長に報告した。

 彼の上司、伊田中将は情けに篤く、公明正大な男であったので、誉れ高い中隊の行方や若き兵士の親の気持ちを慮り、また近衛師団の仕事を奪うような謎の儀仗兵部隊に不快感を示して『黄衣兵団』について調べ上げた。

 その結果は恐るべきものであった。

 『黄衣兵団』とは軍を欺く仮初の計画で、真の計画名を『神呪兵計画じんじゅひょうけいかく』と呼ぶ、死なない兵士を作る狂気の計画であった。


「斯様な計画は皇国軍人として……否、人として看過できん!」


 伊田中将の言葉に近衛第一師団は即座に動き、実験施設を強襲。

 計画の殆どを潰し、生きている被験者を開放したまでは良かった。

 主犯格も割り出し、さあ身柄を拘束と言う段になり、近衛第一師団謀反との報が駆け巡った。


 計画の実行者は政治を取り仕切る公家、つまり貴族で、そいつに嵌められたのさと語り終えれば、征四郎は息を一つ吐いてから、グラスの中にあったワインを飲み干す。


 細かな点は伝わらなかったが、ロズワグンは話を整理する。

 征四郎は相応の身分の騎士で、武勲を挙げて王直属の近衛兵にまで取り立てられた。

 だが、悪しき貴族の陰謀を暴こうとして逆賊の汚名を負ったと言う事か。

 中々に波乱に満ちているが、話はこれで終らなかった。


「結局、謀反を企んだとされた我らは二択を迫られた。内乱か、恭順だ」


 そこまで追い詰められた近衛第一師団の総意は、黒幕は許せないが内乱は避けねばならないと定まる。

 だが、内乱を避けて処刑の憂き目に合ったとしても、君側の奸は斬り捨てるのが最後の奉公、そう方針が決まれば後は早かった。

 伊田中将は責任を取り割腹、その首を持って宮中に赴き、黒幕を仕留めると言う段取りが決まった。


「待て、割腹とは、その……」


「腹を切り自らの手で死ぬ事により名誉を保つ自裁の作法だ。流石に腹を切っただけでは死ぬのに時間がかかり過ぎるのでな、私が首を切り、止めを刺す介錯人となった」


 淡々と語る征四郎の言葉は、一見感情の起伏は見られなかった。

 だが、底冷えする様な冷めた怒りが常に蟠っている事に皆気付いていた。


「それで、その上官の首を持って?」


「ああ、私が刺客の役回りを与えられたからな。首桶に入れる際に垣間見た閣下のお顔は、命令通り、二度首を斬り損ねたのだから、苦悶の色が濃かった。だが、私ならば必ず仕留めると確信もされているようにも見えた」


「――何故、斬り損ねろと言う命令を?」


「一刀で首を断てる男だと悟られてはならぬと仰せになってな。情報かく乱は必須だろう?」


 ゾッとする様な話を、やはり征四郎は事も無げに告げているように見えた。

 だが、その手が微かに震えているのをロズワグンは見逃さなかった。

 敬愛する上司を自らの手で苦しめて殺さねばならなかった征四郎の心は、如何程の傷があるのかロズワグンには皆目分からなかった。


 結局、紆余曲折経て、如何にか黒幕を斬り捨て、自身も複数の護衛に刃を突き立てられたところで征四郎は倒れ込んだ。

 激しい痛みと成し遂げた充足感に包まれて、意識を手放しかけた征四郎に、語り掛ける者があった。

 斬った筈の黒幕が転生てんしょうとやらを果たし、異なる世界で呪法を完成させるだろうと。

 それも、神呪兵計画の為に命を落とした兵士の魂を奪い取って。


「語り掛ける者は言うのさ。追いたければ追わせてやろう。そこから先はお前次第だがと。そこで私は追う事を決意し、決意を言葉とした所で意識を手放した。気付けば、この地の騎馬民族ホースニアンの滅びた集落で仰向けになっていた」


 長い、長い話を終えて征四郎は長く息を吐き出した。

 騎馬民族ホースニアンの集落で呪術師ラギュワン・ラギュの亡霊に出会い、傷を癒しながらこの地の事を学び今に至る。

 そう締めくくった征四郎の言葉が言い終わるかどうかと言う頃合いに、外が俄に騒がしくなり、慌てて外で待機していた巡回騎士の一人が飛び込んできた。


「壺に収められた聖騎士の身体を奪いに来た奴が居る! 黄色い衣に帽子、それに奇妙な仮面をつけた奴だ!」


 その異様な格好の者こそが死なない聖騎士であるカファンが聖騎士以上に恐れた魔人衆の姿であった。


【十二話に続く】

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