第5話『真相』

「待ちなさい。今までの話で何故そうなる?」

「……今までの話ならそうはならないかもしれませんね」

 判然としない答え方をする飄堂を鷺宮清史郎は刺すように睨む。

「何故ここで美晴の名前が出てくるのだね」

「あなたは確かに言いました。だと」

「それが何か」

「娘達、ということは佐々木美晴さんも含まれている、ということでよろしいでしょうか」

「……もちろん」

「あの時の会話をあなたは覚えていますか」

 鷺宮清史郎は答えなかった。後方に構える先輩刑事も動揺して動くことが出来ない。

「あの時の会話?」

「あの時の言葉をそのまま引用するのであれば、あなたは美空さんの動向を調べた魔法を美晴さんにもかけていた。それは美晴さんにもしもの事があった時に助けになれることがあるかもしれない。そう思ったからです」

「それの何がいけないんだ」

「いけないことなんて何もありませんよ。それが二人の娘を助けることになるのであれば、背に腹は変えられませんよね」

 飄堂の口角は上がり、笑っているように見えるが、いつもの如く、前髪が彼の瞳を隠していてどんな目をしているかまではわからなかった。

「だけど、娘の罪を隠すことは味方のすることではありません。共犯者のすることです」

「お前に何がわかると言うのだ! 魔法もろくに扱えない無能者風情が知った口を叩くな! それとも何だ。証拠はあるのか、証拠は!」

「証拠ですか……」

 飄堂は一瞬言い淀んだ。そしてそれを鷺宮清史郎は見逃すはずがない。

「ほらみたことか。魔法社会に移ろうとも、証拠は必ずついて回る。もっといえば、魔法社会になった今、下手な証拠隠滅など無意味だ。魔法で全てわかってしまうからな」

「それですよ」

 飄堂はぴしゃりと鷺宮清史郎の言葉を遮った。

「あなたたち魔法使い様は、魔法に頼りすぎている節がところどころありました。『空間メモリー残滓ダスト』なるものに意識が行き過ぎて、肝心なところに目がいってなかった」

 痛いところを突かれた先輩刑事は目を伏せた。

「先程の『空間メモリー残滓ダスト』ですが、その場に滞在した期間の長さによって濃淡が変わり、時期によって数が増減すると聞きました。それ以外に特徴はありますか」

「後は色の種類は関係性によって変わる、という点くらいかな。血縁関係が近いほどその色の種類は似通ってくる」

 先輩刑事が答えた。

「それらを踏まえた上で、質問をします」

 そこで飄堂は飯野いいのさん、と先輩刑事を呼んだ。

「今回の美空さんの部屋から検出した『空間メモリー残滓ダスト』をここに映像として映すことは可能ですか」

「一応可能だが……」

 先輩刑事はスティックを振り、詠唱を行う。すると三人の目の前に立体映像ホログラムが映る。それは美晴がかけた『空間メモリー残滓ダスト』であり、飄堂らが見た映像そのものだった。

「こちらの白い残滓ダストが美空さんのもので間違いないですよね」

 飄堂の問いに先輩刑事は黙って頷いた。

「確かに濃度も一番濃く、数も多い。鷺宮美空さんのものとみて間違いないでしょう。しかし、そうなると一つ問題があります。これを見てください」

 飄堂はベッド付近を指差した。

「ここにある薄い白い残滓ダストは何なんでしょうか」

「娘のものに決まっているだろう」

「彼女本人の自室で、彼女自身の残滓が見えるのは当たり前ですが、何故薄い残滓が見えるのでしょうか」

「それは……」

 二人とも飄堂の質問に口を噤んだ。

「先程、血縁関係によって色の種類が似通ったものになると伺いました。鷺宮美空さんにとって血縁の最も近いのは父親である鷺宮清史郎さん──ではなく、です。双子ともなればDNAレベルで近い関係性のはず。つまり、美空さんの色に限りなく似た色になるのではないでしょうか。しかし、それを警察を知ることは出来ない。なぜなら鷺宮清史郎さんが血縁関係にフィルターをかけてしまっていたから」

 変わらず黙り続ける鷺宮清史郎に対し、飄堂は続けた。

「あなたは先程、『空間メモリー残滓ダスト』にフェイクをいれることは可能だと仰いました。しかし、その発言こそがフェイクですよね? 厳密に言えば、少しはぐらかした発言をされました。可能性の話であれば可能だ、と。だけどそれが真実である場合、警察の捜査が『空間メモリー残滓ダスト』に頼りきりになるのはおかしい話だ。そんな発言を魔法管理庁長官であるあなたがするはずがありません。だからこそ僕はその発言をフェイクだと捉えました。そう思い込ませようとしているミスリードだと」

「ちょっと待て! じゃあなんだ。事件当時、あそこに佐々木美晴がいたということか」

 先輩刑事が身を乗り出した。

「あの淡く白い残滓ダストがそれを物語っています。今の魔法社会で挙げられる証拠になりませんか」

「それは……そうだが……」

「他にもありますよ。これから調べてみればわかりますが、指紋を検出しましょう」

「指紋……?」

 聞き慣れないワードなのか、先輩刑事はきょとんとした表情を見せた。

 魔法社会が確立されて百年。科学的に拭き取れば分析が難しく、照合に時間もかかる指紋採取といったローカル捜査は全て改廃となり、フェイクにも強い正確な魔法捜査が主流となった。今の警察組織でも指紋採取をできる人間は滅多にいない。

「今ではそんな指紋採取をしない警察捜査を逆手にとった大胆不敵な行動だと思います。『空間メモリー残滓ダスト』で形跡が残っていなければ、人がいた形跡がないと判断してしまう先入観ですね。しかし、美晴さんには二つ大きな誤算があった。それが飯野さんの捜査結果における違和感と鷺宮清史郎さんの魔法です」

「私の魔法……?」

「佐々木美晴さんは、現在本当に当時のことを覚えていません。だからこそ飯野さんの違和感に対し、持ち前の正義感から捜査を続けていました。おそらく記憶制御を行なっていたのだと思われます。警察でも目撃者の記憶を辿るために使用すると伺っていますが、それを応用して美晴さんの事件当時の記憶をすり替えたんです。出来ないとは言わせませんよ。なぜなら現に鷺宮清史郎さんは血縁関係を調べようと思わせないように、人の心理や脳の回路をコントロールしていますから」

 鷺宮清史郎は何も答えなかった。

「──私から全て話します」

 その代わり別のところから声が発せられるのと同時に美晴が姿を表した。鷺宮清史郎は驚きの表情を浮かべる。

「……なんでここに」

「ありがとう。お父さん。でももういいの。全て思い出したから」

 美晴は先輩刑事と飄堂の方へ身体を向けると深々と頭を下げた。

「確かに、私──佐々木美晴が、鷺宮美空さんを殺害しました」

「初めから疑問だったんです。あなたは自ら探索魔法に長けていると言いながら、姉のことを十八年も探さずにいられることなんてあるのだろうかと。あなたは本当は調べていたのではないか。そう考えていました。あんなとってつけたような理由では納得できなかったんです。姉の死に対し、真相を突き止めようとするあなたの姿は確かに本物だった。だからこそ抱いた違和感でした」

「どうかしていたんですよ。私は正直姉のことを好きな感情は一つも持ち合わせてはいませんでした。姉と離れ離れになったことよりも、母と二人きりになることが最も怖く、そして父親に選ばれた姉がとても憎かった。これが本心です」

 美晴は遠い視線を送りながら淡々と語る。

「動機はそれですか」

 飄堂の問いに美晴は頷いた。

「母はとても教育熱心な人でした。良く言えば愚直な真っ直ぐな人で、悪く言えば、自分の理想を無理にでも押し付けてくる人でした。理想にそぐわなければ暴力すら厭わない人でした。その圧迫した空気によって家族は崩壊しました。親権を頑として譲らない母に折れた父親は、それぞれの子供を引き取ることで納得させました。そこで当時身体の弱かった姉さんをお父さんが、そして残り物の私が母を押し付けられたんです。飄堂さんも勘違いしているかもしれませんが、私は探索魔法を身につけてから、直ぐに姉の所在を調べましたが、連絡を取るつもりはなかったんです」

 しかし、ある日美晴と鷺宮美空は会合することとなる。

 美晴の元に鷺宮美空からコンタクトがきたのだ。

「……美晴?」

 久方ぶりに聞く姉の声は相変わらず弱々しく散り際の桜のような儚さを感じさせた。

「……お姉ちゃん」

「元気にしていた?」

「まあ、それなりに……ね」

「私もそれなりに……元気よ」

 初めはそんな他愛もない会話のみで終わった。

 しかし、鷺宮美空のコンタクトはそれからも頻繁に続いた。そこで鷺宮美空が大手美容メーカーに就職したことを知り、互いの近況を語らうようになった。鷺宮美空にとって、それがどんな気持ちだったのかは、美晴にはわからない。だが、美晴にとってそれは苦痛以外の何も無かった。

 彼女がのうのうと生活を謳歌していればしているほど、自分との差を感じて卑屈になるのがわかっていた。

「──今度、家に来ない?」

 何度目かのコンタクトをとっていた時、ふと鷺宮美空が提案した。美晴は忙しさを理由に何度か断ったが、度重なる誘いに美晴が根負けした。こういったところが母親にも重なって嫌気がさす。

「それが事件当日、ということですか」

 美晴は頷き、話を続ける。

「あの日、姉さんの家に入った時に懐かしい気持ちになりました。多分それはこれです」

 スーツの胸ポケットから取り出したものは香水だった。これは家族がまだ仲がよかった頃、母の誕生日に父と三人で買ったブランド物の香水の香りが玄関を開けた時、ふわっと広がった。

 鷺宮美空としては、サプライズの一つとして用意していたものだったのかもしれない。もしかしたら母に渡して欲しいと思って買っていたものだったのかもしれない。それを美晴が知る術はもうないわけだが、あの時の記憶がフラッシュバックすると共に、母親に対する負の感情が全て鷺宮美空に向いた。

 部屋に上がり、鷺宮美空が美晴に声をかけるよりも速く彼女を突き飛ばした。突き飛ばされた彼女は本棚にぶつかり、中の本が散らばる。キッチンの食器乾燥機から剥き身の包丁を取り出したところで、一旦美晴の記憶が途切れる。

 我に返り、ベッドに横たわる姉の姿が視界に入った時、美晴は全てを悟った。

 それとほぼ同時に一人の人物からコンタクトがかかる。

「それが、父親である鷺宮清史郎でした」

 鷺宮清史郎は一部始終を把握しており、美晴に部屋を片付けて、その場から離れるように指示をした。残滓の心配をする美晴に対し、父親は双子の残滓の特徴を伝えた。

 そして、美晴に記憶改竄の魔法をかけた。美晴自身が美空に会うことが事件後であると思い込ませるために。

「そうすれば、私のスキャンダルのみで話が終わると思っていたんです。私が全ての罪を被り、娘たちに影響が出なければ、と思いました」

 鷺宮清史郎が後を継いだ。

「あとは全てそちらの無魔法探偵の言う通りです」

「娘たちの味方というのはそういうことだったんですね」

 先輩刑事は美晴に悲しい視線を送る。

「美晴の行動を止めるのが父親である私の役目だったことは百も承知です。だが、美晴の気持ちを考えれば悪いのは全て私。どうすることもできなかった」

 本当にすまない、と頭を垂れた。垂れた頭から涙が零れているのが美晴は見えた。

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