第4話『父親』

「うちの娘が……ですか」

 鷺宮さぎみや清史郎せいしろうはゆっくりと深い息を吐いた。

 魔法管理庁長官専用の室内は一世帯の家族が生活するだけでも十分事足りるほどの広さで、一人では少し寂しさすらも感じるのではないか、と十八年ぶりに会った父親を見て美晴は思った。

 アイロンをかけたスーツの糊はぱりっと形が崩れておらず、後ろに全て流したオールバックの髪型から見える額の広さと鋭い眼光は、ザ・政界の人間、といった風格だった。鷺宮清史郎は、この部屋に訪れた警察の人間を見るなり、ため息を吐いた。よくもまあのこのこと。そんな心の声が滲み出たような態度だった。

 美晴は魔法により、姿と気配を隠していた。どうしても同行したいという美晴の願いに対し、最大限歩み寄った先輩刑事の配慮からだ。

 警察は自殺の可能性から大きく方向転換し、鷺宮清史郎の存在によって他殺の可能性、もしくは鷺宮清史郎に対する何らかの圧力によって自殺をしたのではないか、ということで、家庭内暴力の線も含めて検討することとなった。

 亡くなった鷺宮美空の父親が魔法管理庁長官であることは、美晴から明かされるまで警察ですらわからなかった。珍しい苗字であるにもかかわらず、鷺宮の姓からもその接点を辿ることが出来なかった。

 しかし、

 なぜならそうなるように仕組まれていたからだ。鷺宮美空と鷺宮清史郎の繋がりを魔法によって隠し、それを調べる者には、記憶制御を施すプログラム魔法を組み込んでいた。とても用意周到であり、計画的なその対応に怪しむな、というのは難しい話だった。

 これは立派な魔法犯罪である。

 私利私欲に魔法を使う職権濫用罪。

 公的に公開されている情報を隠匿する証拠隠滅の罪。

 そして、他人の記憶や考えを勝手に改竄する脳幹麻痺罪は、魔法が一般的になってから重罪として扱われ、厳しく制限と処罰が行われている。

 魔法管理庁長官のスキャンダルという、魔法史史上、稀有な事件となる可能性から慎重な捜査が求められる。もしこれが、冤罪ともなれば、魔法絶対主義のこの世界での制裁は想像するだけで、警察組織全体が震えた。

 だからこそ、感情的になっている美晴を連れていくことは、上層部からも反対された。身内の捜査も心理的な面から外そう、という声があがったほどだ。それでも強情に動向を主張する美晴を慮った先輩刑事が、姿を見せないことを条件に動向を許可した。

 室内には主の鷺宮清史郎に加え、先輩刑事と美晴と同じく同行していた飄堂の三人。

 警察側には美晴が見えているが、父親の鷺宮清史郎には彼女の姿は見えていない。その証拠に父親は一度も動揺することなく、警察の応対を行なっていた。

「自殺と他殺、両方の線で動いていますが、自殺されたとなると何かお父様の方で心当たりはありませんか」

 飄堂が鷺宮清史郎に声をかける。

「君は……?」

 鷺宮清史郎は少しだが眉を顰めた。魔力感知ができなかったことに対する不信感であることは魔法使いである人間は全員分かった。

「申し遅れました。飄堂真と申します。警察の捜査協力として本日携わっている探偵です」

 にこやかに答える飄堂は、右手を差し出した。鷺宮清史郎は表情を変えずに「そうか」とだけ呟き、その手に応える。

「私には心当たりなどあるわけが無い。娘を引き取ってから十八年経つが、娘とはほとんど会話という会話をしたことが無い。どうせ腹の中はわかっているんだろう、と見え透いた態度を取る娘に、私は声のかけ方が今でもわからなかった。そして、娘が就職してからは一度だって会っていない。娘にとって私は足枷のようなものだったのだ。だからこちらの権限を利用して娘の父親が魔法管理庁長官であることがバレないように此度の魔法をかけさせてもらった。ただそれだけだ」

「あなたなら彼女の動向を逐一調べることも容易かったのではありませんか?」

「もちろん」

 鷺宮清史郎は即答した。

「娘を心配しない父親がどこにいる。私はいつだって娘達の味方だ」

「では、彼女が亡くなった時、あなたはどこで何をしていましたか?」

「アリバイですか。公人の行動は警察程度の権限では調べることは出来ませんからね。私は基本的にここで書類の整理と魔法管理を行っていましたよ。そしてそれは『空間メモリー残滓ダスト』で調べていただければわかると思いますが」

 先輩刑事は鷺宮清史郎に悟られないように、美晴と目を合わせた。

 美晴はそれに呼応し、素早くスティックを振るう。

 結果は確かにここに滞在していることを無常にも表していた。

「では、最後に二つだけ質問をさせてください」

 飄堂は指を二本立てた。

「まず一つ目。こちらは警察の方にも聞いたのですが、『空間残滓』の残滓をフェイクにかけることは可能ですか」

「……可能性の話であれば、それは可能です」

 表情をあまり変えない鷺宮清史郎が怪訝な表情を浮かべた。

「ありがとうございます。それでは最後の質問です」

 飄堂は指を一本下ろす。

「あなたは

「……なに?」

 今度は明らかに不快感を態度で示した。

「何が言いたいのかね」

「わかりませんか?」

 飄堂も負けていない。凛とした姿勢を崩さず、言葉を続ける。


「……この犯人はおそらく美晴さんでしょう。そしてそれをあなたは知っている。だけどそれを隠そうとしている。何故なのか。そして何を隠そうとしているのか。私はそれが知りたい」

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