第3話『捜査』

「それで僕と初めて会った、というわけですね」

 美晴の説明に終始黙って聞いていた飄堂はゆっくりと頷いた。

「あの……大変失礼なんですが……」

「僕のことですか?」

 美晴は言葉を慎重に選ぼうとするが、適した言葉が出てこない。その様子から察したのか飄堂が自分を指差した。

「お察しの通り、僕は魔法が使えません」

 人類が魔法を扱えるようになって百年の月日が流れたが、今でも極稀に異端児が生まれることがある。数千万人に一人という、希少な存在ではあるが、その子供は生まれながらにして魔力が無い。魔法管理庁が記録している限り、その例は全世界に十例にも満たなかったと、警察学校で美晴は記憶している。しかし、全てが短い年月でこの世を去っている。それだけ無魔法使いが生きるには過酷であることを意味していた。

「無魔法使いの平均寿命はおよそ三十年。そして僕の年齢は今年で二十九歳。つまり僕の余命はあと一年だということです。でもそれは気にしないでください。こう見えて僕はこの人生を楽しく生きています。みなさん魔法使いが見える景色を僕は見ることは出来ないけれど、その逆もまた然り。みなさんには見えないものが僕には見える、ということもありますし」

「魔法使いに見えないもの……?」

「まあ、無魔法使いが唯一使える魔法、とでも言っておきましょうか」

 はは、と飄堂は軽く笑い声をあげた。

「それはともかくとして、今回の事件ですが、警察は既に自殺であることを断定していますが、美晴さんはどうされますか」

「私は彼女が何で死に至ったのかが知りたい……それだけです」

「自殺でも? 他殺でも?」

 美晴は深く頷いた。先輩刑事が違和感に気付き、先輩刑事から紹介された飄堂がその違和感の正体を明かしてくれた。だからこそ、この事件の真相を知りたかった。

 長い間離れ離れとなった双子の姉の死。これは私自身が知るべき案件なのだと、彼女自身が自覚していた。

「私に何か出来ることはありませんか」

「そうですね……」

 美晴のやる気に応えようと、飄堂は顎に手をやり、無精髭を揉む。

「自殺、と警察が断定するにはそれなりの動機もあったのだと思われます。まずはそれを教えてください。そして彼女の交友関係を魔法で素早く調査することは可能ですか?」

「わかりました。自殺の理由は今裏取りをしているところだと思うので、先輩に確認を取ります。そして、交友関係については今からすぐに調べてみます」

「そんな簡単に調べられるものなんですか」

「いえ、私は元来探索魔法に特化しているらしくて、それに関しては警察内部でもトップクラスだと自負しています」

「そうなんですか」

 飄堂は感心したようにほお、と言った。

「得意なものがあるというのはいいことですよ」

「ただ、その他にも警察には記憶制御魔法といったのもあるんですが」

「記憶制御?」

「制御と言っても、目撃者の曖昧な記憶を探るための魔法で、正確には『記憶ダイブ演算リーディング』と言いますが、これで記憶を呼び起こして、正確な目撃証言を得ることも可能です」

「なるほど……。いろいろな魔法があるんですね」

 それでは、まずは先程の確認をよろしくお願いします。と飄堂は美晴に告げると、部屋の確認を再開した。

 美晴も先輩刑事にコンタクトを取る。

「もしもし、先輩ですか──?」

「どうした?」

「鷺宮美空の自殺原因なんですが……」

「ああ、鷺宮美空の勤めていた会社の同僚に確認をとった。入社してから今日に至るまで、あまり交友関係は多くなかったそうだ。あまり口数が多いタイプではなかったそうだな」

「会社内でイジメやハラスメントといった類の問題は……」

「どうだろうな。元々いてもいなくても、といった感じの社員だったみたいだから、なんとも言えないが、そういったものがあってもおかしくはなかったとも言える。だが、それよりもそうなった原因の方が問題だからな。彼女の両親をあたろうとしているところだ」

「……そうですか」

「両親が離婚してから父親にも会っていないのか?」

「当たり前じゃあないですか。どんな感じで会っていいのかもわかりませんし」

 まあ、そりゃあそうだな、と先輩刑事は自分なりに納得したようだ。

「ついでだし、お前が父親の居場所を捕捉してくれると助かるんだが。他のやつが捕捉するよりお前の方が速いからな」

「こちらでも捜査しようと思っていたところなので、問題ありませんよ」

「……あまり無理はするなよ」

「……? どういうことですか?」

「いや、別にいいんだ。気にするな」

 そう言うと先輩刑事のコンタクトは途切れた。

「どうでしたか?」

 飄堂が声を掛ける。

「会社ではあまり親しい友人はいなかったそうです。まだイジメなどの可能性もありますが、それが大きい動機だったかどうかは……」

「ちなみにお父さんは何をされている方なんでしょうか」

「父ですか……」

 美晴はどう言おうか、言い淀んだ。しかし、真相を知るためには彼に全てを話しておいた方がいい、と言い聞かせ、口を開いた。

「私の父は、元警視庁捜査一課長で、現魔法管理庁の長官です──そして、この地区の結界担当でもあります」

「私は飄堂さんに、魔法の中にフェイクを入れることの可能性を不明だと答えました」

 美晴はスーツの裾をぎゅっと掴んだ。小刻みに身体が震えていることが飄堂にバレないかどぎまぎする。震えそうになる声をぐっと正して、美晴は言葉を繋いだ。


「でも、あの人なら……私の父、鷺宮さぎみや清史郎せいしろうなら、可能かもしれません」

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