第2話『過去』

 鷺宮さぎみや美空みそら佐々木ささき美晴みはるは双子の姉妹だった。

 苗字が違えど血縁上彼女たちは正式に血が繋がっていることは確かである。

 二人の両親は彼女らが幼い時に離婚をし、それぞれが彼女らになんの相談もなく、それぞれを引き取った。美空は父親の元に。そして、美晴は母親の元に。幼いながらも、彼女らはそれ相応に悲しんだことは間違いなかった。互いが互いを思いやれる。そんな間柄を彼女たちは齢十歳にして築いていた。

 しかし、二人がその後の人生で交わることは現在に至るまで叶わなかった。会いたくなかったわけではない。少なくとも美晴はそう思っていた。魔法が栄えるこの時代である。大抵のことは何でも出来た。一度杖を振れば、対象の位置を捕捉することも可能だし、対象を神の視点で閲覧する千里眼のような能力だってある。大抵は特殊な職種の持ち主でなければならないが、美晴は警察官という特殊な職種の一人である。それを行使することは少なくとも可能だったわけだが、美晴が抱いていた感情は照れであったり、恥ずかしさが大部分を占めていた。特に今となっては、今の人生を楽しく過ごしているのであれば、それでいいとさえ思っていた。そこに自分という不純物が混じることで、過去の嫌な思い出が蘇ってはならない。そう思うと、杖を振る勇気は生まれなかった。

「そして今日、十八年ぶりにお姉さんに会った、ということですか」

 美晴は飄堂の問いに頷いた。

「まさかこんなに近くに住んでいたなんて本当に驚きました。通報があった直後、向かった先のネームプレートに『鷺宮さぎみら』の文字を見た時、少し嫌な予感はしていたんですが」

 昨日の朝方、署内に事件を知らせる警報が鳴り響いた。ちょうど手が空いていた私はバディである先輩刑事と共にパトカーに乗った。魔法でひとっ飛びと行きたいところだが、魔法の濫用は交通機関への支障や悪影響に繋がることが予想されるため、緊急性を除いて使用は大きく制限されている。それはどの職種も同じで、職種によって使える用途や範囲は大きく異なる。それでも百年前の魔法が存在しなかった時と比べれば、かなり便利な世の中になった。例えば特定の人物と対話が可能なテレパシーなどはいつでも使用が可能である。これによりコミュニケーションが取りづらい犬や猫といった動物であったり、まだ言語が発達していない乳幼児ともコンタクトがとれ、ストレスが軽減された実績もある。自宅やキッチンといった制約のもとであれば、火を扱うことも可能だし、失敗した料理を元に戻したり、ちょっとしたものなら空中移動させることもできる。

 魔法は万能であるが故に使いようによっては、人や社会に害を為すことも多い。だからこそ政府が設立した魔法管理庁のもとで、厳しく管理されているわけだが、魔法使いのなかでも傑出したエリート官僚が各県内に結界を張り、違法魔法を使わないように厳しく管理がされている。それでも人はその管理の目を掻い潜って違法な魔法に手を出すことが多い。百年の月日が流れたとはいえ、人間の生まれた年月と比べればそれは取るに足らない刹那の時間である。魔法社会の進歩はまだまだこれからである──と、美晴はどこかのテレビ番組で評論家が語っているのを思い出した。

 美晴はそれに激しく同意する。

 犯罪の発生率はちっとも現象の兆しは見せないし、魔法によってより巧妙な事件が多発したことも挙げられる。だが、こと殺人事件においては、先程の『空間残滓』などの知覚強化魔法などの開発によってかなり前進したといえる。

 だから、この事件もすぐに解決できると思っていた。

 現場のマンションに着き、エレベーターを無視して三階まで駆け上がる。廊下は奥まで続いていて、一番奥に黄色い立ち入り禁止のテープが貼ってあるのを見て、被害者の現場の位置を確認した。

 テープの付近で立っていた所轄の刑事に一礼して、テープの奥へと入る。玄関を潜ると、どこか懐かしい匂いがした。その匂いの記憶を辿るよりも先に彼女の視界に女性の死体が映った。ワンルームの小さな部屋に飾られた男性アイドルグループのポスターや、可愛らしいアクセサリーが几帳面に整頓された部屋に溶け込むように横たわっていた女性の死体に美晴は両手を合わせる。女性は出血の溜まりさえなければ、静かに眠っているとさえ勘違いしてしまいそうなほどに穏やかな表情を浮かべているようにみえた。そしてそれと同時に女性の顔にどこか懐かしさを覚えた。そして先輩刑事が女性の財布から免許証を抜き取ると、この懐かしさの原因が納得出来た。

 初期捜査を終えた先輩刑事は、喫煙所に美晴を呼ぶと、「この事件、警察としてはただの自殺として処理するようだ。魔法鑑定の結果がそう出ているしな。だが、俺としてはどうしても何かが臭う。別にお前の残滓の結果を疑っているわけじゃあないぞ。ただ、第三者の手が加わったと思えてならない」

 先輩刑事は吸っていた煙草を灰皿に押し付ける。

「そこで上と話をしてきた」

 そう言うと美晴の肩をぽん、と叩いた。

「お前はこのまま捜査を続けてくれ。思うところはあるだろうが、人員を割けるならというじょうけんだったからな。その代わりと言ってはなんだが、警察以外の人間をお前につける」

 先輩刑事とバディを組んでから、初めて言い渡された決別宣言に、美晴は酷く動揺した。

「大丈夫。問題児だが、俺よりずっと優秀な奴だから」

 そんな軽口を叩いても、美晴にはぎこちなく笑うことしか出来なかった。

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