祭処
影宮
祭りを楽しめ
賑やかな屋台、この夜風が通る風景。
花火の上がる時間はまだ少し遠くて。
黒に赤の華を咲かせた浴衣に、大きなりぼんを後頭部に咲かせた夜影は、白黒仮面を頭に飾って突っ立っていた。
祭りの楽しみ方がどうもわからない。
人の真似事を仕事以外ではしないのだから。
『楽しむ』ということがまずわからない。
隣の才造を上目遣いで伺う。
才造は紺色の浴衣を身に纏い、珍しくあの黒い覆面を外していた。
才造は真っ直ぐ前だけをただつまらなそうに眺めている。
しかし、その姿は夜影からすればその落ち着き払った様子が見惚れるほどに格好良い。
だが、見とれているだけで満足していれば主が満足しない。
そう、主に「祭りを楽しんでこい!」と言われて支度を無理矢理させられ此処に放られたのである。
すがるように才造の片腕に両腕を絡めぎゅっと身を寄せた。
苦手だ。
そんな困り果てる夜影を見下ろして、才造は目を細める。
才造も、夜影のいつもと違った華やかな姿に惚れ直してしまう。
才造からすればもうこの時点で楽しめているし、満足こそまだしていないものの、祭り自体を楽しもうとは言えない。
「屋台を廻るか?」
控えめにコクリと頷く夜影は怯える子猫のようで、楽しむどころかその真逆へと走っている。
夜影を連れて才造は屋台を眺めてるが、はたと腕がその場に留まろうとしたのに足を止めた。
夜影が腕にすがっていたのだから、夜影が止まれば当然、才造も止められる。
「どうした?」
「射撃場?」
「射的屋か。やってみるか?」
夜影は首を傾げつつも頷いた。
取り敢えず気になるものは、やってみるに限る。
本物の銃では無いことを確認し、銃弾となるそれを詰める。
思考が戦なのが残念だ。
そして、一度才造を見やる。
「どれ狙えばいいの?」
「どれでもいいだろう。」
夜影は狙いをすませて撃ち抜いた。
的の中心を見事に命中させ、景品を受け取る。
そしてやっとこの屋台の目的を理解した。
「成程…褒美を貰える屋台…。」
「夜影、多分それは違う。方向性が。」
才造はなんとなく周囲の客を眺めて夜影の理解する方向が違うことを察する。
褒美であるだとか、そういった考えではないはずだ。
「で、面白いか?」
「軽い鍛錬みたい。」
「そうか。」
景品を片手にまた、才造の腕にその腕を絡めて歩く。
まったく楽しくない夜影と、夜影が居るだけで十分な才造。
次にはたと動きを止めたのは金魚すくいだった。
それを眺めて、魚を薄い紙ですくいあげ、入手した魚は持って帰れるものと理解した。
その魚が鑑賞用であることは知らず、何故普通食わぬ金魚という魚を売るのか不思議であった。
実際、食おうと思えば食えるが。
「やるか?」
「才造もやって。」
並んで構えた時から周囲の客の目を惹いてしまう。
シュババババッ!と勢いよく大量に金魚をすくいあげていく様は、店主を唖然とさせた。
全ての金魚をすくいあげておいて、まだその紙は無事であるのだ。
流石にこんな大量には要らないだろう、と思い店主に謝りながら金魚を戻した。
そしてすくいあげた内の二、三匹だけを受け取った。
周囲からの拍手に驚きながら首を捻るのだ。
忍からすれば魚のゆるりとした動きは最早静止したものと変わらない。
すくい上げるだけならばなんと簡単なことかと。
今度は才造が止まった。
夜影はキョロキョロと周囲に警戒を怠らないだけでまったくそれには気付いていない。
才造が動きを止めても、それには目を向けもしなかった。
才造は一つ買うと、夜影に差し出す。
実は才造、祭りは初めてではない。
一度任務で紛れ込み、腹が減ったから偶然林檎飴を食した。
その時美味しいと感じた。
だから、知っている食えるものを夜影に差し出すのだ。
食ってみないか?と。
夜影は黙って受け取ると、じぃっとその赤い物体を見やる。
別に警戒心は無い。
才造が差し出したものだからだ。
才造を見上げ、これは何だと目で問い掛ける。
「飴だ。かじりつけ。」
才造にそう言われてカプリと噛み付いた。
「ん。」
目を見開いて口の中で転がした味。
林檎の飴だとそこでやっと理解するのだ。
そして、美味しいと笑む。
珍しく夜影が無口なのは、祭りというものに困り果て怯えているからだ。
口数が極端に少ない夜影のそれを察し、才造は何か気を解せるものはないかと屋台を見ていたのである。
夜影らしくない。
それがどうも気に入らない。
笑って欲しい。
その一心で。
林檎飴一つでどうにかやっと笑ったが、これだけではやはり元通りにはならないのだ。
冷凍
才造の腕を引っ張り、あれが食べてみたいと目を輝かせる。
どうやら夜影は食物の方が良いらしい。
才造は当然、ならばこれをと買う。
夜影はしゃくりと口に入れてその冷たさと美味しさにまた笑んだ。
才造もやっと口に物を入れた。
確かにこれも美味しいな、と思いつつ二人でしゃくしゃくと食べた。
掻き氷に気が付けばまたしゃくしゃくと。
これには夜影も才造も不思議に思った。
氷に液体をかけれ、何故それを食うのか。
食べて、暑い時には確かにいいかもしれない、と理解。
食べている内に夜影もその緊張を解いて、
「あれ何?」
指差してはしゃぎ始める夜影は、お子のようで才造は和んだ。
ふわふわで口に入れれば溶けていく。
それでも美味しくて。
「
何故、夜影らがあまりこういった食べ物を知らぬかというと、忍はこのような食物を口にする機会が無いからだ。
目にしてもいちいち気にしない。
だからこそ、主は夜影らに見せたかったのだ。
そして、体験して欲しかった。
「家主貞良か。食うか。」
もぐもぐと食べ歩き。
行儀が悪いことこの上ないが、気にしない。
焼き
これは食べた事があるぞと。
しかし、己が食べた記憶と違った味に驚き、これも美味しいとかぶりつく。
才造は、もうその頃には腹がいっぱいになっており、夜影を眺めるのみ。
至福……、となった二人であった。
祭りの楽しさなのか、未知なる食べ物を食す楽しさなのか、わからなくなってきた。
そこで、くじを見つけてそれにも試しに。
特賞を引き抜く夜影に続いたが才造は三等。
運の良さか景品を受け取る。
夜影にはさっぱりこの店の目的がわからなかったが。
「そろそろ花火だな。」
「花火?嗚呼、主が好きな騒音の?」
「お前は本当に興味無いんだな?」
「無いよ?」
あんな煩く眩しいもの、好むのは人間様くらいだ、としか思っていなかった。
才造は別に何とも思ってはいなかったが、夜影が想像以上に嫌っていたことには少々残念だった。
少しでも好いていたならばそれを利用してやろうと思っていたのに。
「なら、帰るか?」
「あ、水風船!」
「花火にもう少し興味を持ってくれないか?」
その声には気付いていなかった。
水風船をまたこれまでかと釣って、全て釣ってしまったのでまた返し、二つだけ貰う。
そして、店の目的は理解していない。
水風船を釣って、さて、どうしろと。
ついに花火が打ち上がる。
そのドンという大きな音に夜影はビクリと肩を跳ねさせる。
こういった大きな音は苦手なのだ。
綺麗であるからと好めたものではない。
本心、花火のこの音が苦手なだけ。
そこに座る才造の胸板に顔を埋めて、この音が嫌なんだとばかりに、まるで逃れるようにぎゅっと抱きつく。
才造はただ花火を見上げながら、成程、と思うた。
花火を利用して何か仕掛けてやろうと思うたが、その必要は無かったらしい。
花火の音によって夜影が自ら己にこうして抱きつくのであれば、願ったり叶ったりである。
多分、才造はこの祭りを楽しみに来たというより、夜影との一時を楽しみに来ているのだろう。
花火が咲く度にその音で夜影が震える。
その頭を撫でてやりながら、このまま時が止まって、そして続いて欲しいと願う。
だが、夜影からしてみれば、早く時よ過ぎて終わってしまえという解放を望むばかりであった。
夜影、そして才造には祭りは難しいのである。
祭処 影宮 @yagami_kagemiya
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