【序】弐


      ◆   ◆   ◆


 とある時、とある場所で、とある者が言った。

仇子あだこは、今も森を彷徨っているのか」

 聞かれてはいけない相手がいるわけでもないのに、ひそひそと訊ねる。

 それに別の誰かが同じく小声で返した。

「あぁ。……だが、仕方がないだろう。仇子の亡骸はどこを探してもないのだから……」

 仇子は――火之迦具土命は、父である伊耶那岐いざなぎに十握剣で首を落とされた。そして、そこから多くの神を生んだが、その後きちんと葬られていない。ちゃんと葬れば、迦具土も黄泉の坂を下ることができただろう。

 しかし、彼の亡骸は今やどこにあるのか誰も分からなかった。要するに、葬ることができないのである。

 結果、迦具土は精神体として、魂だけが葦原中津国あしはらのなかつくにを彷徨い続けている。

「害がなければ何も問題はないが……。しかし、仇子は火の神だからなぁ……」

 身体を持たないとは言え、神は神。それ相応の力は持っている。何かあって、森などを焼かれてしまってからでは遅い。

「どうしようか」

「どうしたものか……」

 その場にいる一同が黙り込んだ。暫く沈黙が落ちる。

 すると、ふと誰かが思いついたように口を開いた。

「――そうだ」

 沈黙を破った主に、視線が集まる。

「仇をなした罪人だ。閉じ込めてしまえば良いではないか」

 微かに戸惑いの空気が流れた。その者は続ける。

「仇子の魂の器となる者を見つけ、閉じ込めてしまえば良い。器を得れば、仇子を葬ることもできるのではないか?」


      ◆   ◆   ◆


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