業務時間外なのですがね?

 一宮財閥と言ったら知らない人は殆どいないでしょう。そんな説明をしておけば一宮財閥は物凄いお金持ちだと分かると言われましたが伝わるのでしょうかこれ?

 それはそうと、実際一宮財閥は物凄いお金持ちであり、その財力を最大限に活用しては未だに拡大を続ける名家。

 まるで恋愛ゲームの攻略対象が住んでいそうな家柄設定ですがあながち間違えではありません。

 一宮家では旦那様の奥様のお身体があまり良くない為、子宝になかなか恵まれず、やっと産まれたお子様いろは様は女の子と跡継ぎとしては頭をお抱えになったご様子。

 それでも、念願のお子様が出来た事に対しては喜ばしく、いろはお嬢様の事を蝶よ花よと育てたそうです。

 ……というのも私がこのお屋敷に使える様になったのはお嬢様が産まれてから数年後の為、実の所はそんなに詳しいわけではありません。……ありませんが、


「ここが紗香の家ね?……随分と狭く感じるのだけどなかなか素敵ね」


「お、お褒め頂きありがとうございます」


 少し…いや、我儘と言うか我が強くなりましたね。

 お嬢様に命令され、連れ出したのは良かったものの(よくない)行く宛が全く浮かばず私の住まいに連れて来てしまったのですがやはり間違いでした。

 お金持ちのお屋敷のメイドとしてそれ相応のお給料は頂いておりますが私は屋敷から少し離れたアパートの一室に身を置いております。一応、お屋敷の方にメイド専用のお部屋がありますがあまりにも綺麗すぎて逆に申し訳なく滅多に使ってはおりません。……まぁ、そんな事をしてこんなアパート暮らしをしているものですからこんな事態に陥るわけでして。

 質素と言うには物が多く、清潔と言うには些か脱ぎ散らかしが目立つ汚部屋。一応メイド長からはゴミや汚れについてうるさく洗脳を受けたのでジャンルとしてのゴミは綺麗に片付いています。


「あ、あのお嬢様?お屋敷に戻りませんか?きっと旦那様も心配していらっしゃると思いますし」


「嫌よ。誰があんな家に帰るものですか」


 お嬢様どうかお願いです帰りますと言って下さい。私のこの行為はお嬢様の命令を実行したにすぎませんが側から見れば誘拐と思われても仕方がない状態です。

 それによく見れば私の業務終了のお時間がやって来たと言う事でして、私としては早く一人になってベットに横たわりたいわけでして……。


「どうしてもお帰りになりませんか?」


「えぇ…絶対に。あんな家出てやるわ」


 お嬢様は普段の鬱憤を吐き出す様に私の前で愚痴愚痴とそれらを呟き、私は溜息を吐きたくなるのを堪え、一言「分かりました」と零れたのは白旗の意味なのでしょうか?


「お嬢様は一宮家を出て行くとおっしゃるのですね?」


「えぇそうよ」


 あくまでも自分の意志を貫く御様子はとても立派です。ですが、私とて仕事です。こう言うのはハッキリと言わなければならないのでしょう。


「いろはお嬢様。お嬢様が一宮家を出て行くのならば私がお嬢様にお従えする理由はありません」


「……それはどう言うことかしら?」


「私がいろはお嬢様にお従えしていたのはあくまで一宮家のメイドだからです。ならば一宮家の者ではなくなったお嬢様にお従えするのは私の業務外となります。ならばそんな相手にどうこうさせるほど私はお嬢様のお相手をする筋合いはありません」


 言った!よく言いました私!実際は口だけの家出発言で書類上いろはお嬢様はまだ一宮家の一員。私の言動は間違いなく不敬で、良くて減給あり得るのがクビ、悪くて多大な請求が来ると思います。

 ですがこればかりは仕方がありません。私とていくら恩があれど業務外にこんな巨大な厄介事を抱え込みたくはありません。


「…………」


「…………」


 お嬢様と私の間にある沈黙が痛い。時計の針が動くたびに胃がキリキリと痛んでいます。ですからどうかお屋敷に戻るとお答え下さい。お屋敷まで送りますしその為の残業も喜んでいたしましょう。ですから何卒!


「……わかったわ」


「では!」


 長い沈黙を得てお嬢様からの承諾のお言葉。これには私は思わず心の中でガッツポーズ。


「なら、紗香。私の恋人になりなさい!」


「…………はい?」


 心の中の喜びの騒音は止まり、一同お嬢様のお言葉を聞き返す。


「私の恋人になりなさい紗香」


 あぁはい。聞き間違いでは無いようです。


「恋人同士なら互いを支える関係にもなれるし互いに尽くせるでしょ?」


 お嬢様、せめて相手ぐらい私に選ばせてください。


「お嬢様、昨今この国は同性愛は禁止されてはいませんが目下その数は少数。出る杭は打たれるわけであって」


「あら?私は構わないわよ?」


 私が耐えきれません許してください。


「それに……ねぇ紗香?」


「何ですかお嬢さッ!?」


 いつのまにか距離を詰められてしまい、私の背中は壁にぶつかり、私の眼前にはお嬢様のお顔が。


「私は貴女の事は好きよ紗香。……勿論こう言う意味でね?」


 齢二十代半ば、恋人どころか友達すらいなかった私は勤め先のお嬢様の誘拐・壁ドン(される側)・ファーストキス(奪われる側)を得て年下の恋人(仮)が出来ました。


 本来の業務時間を二時間程過ぎた頃の出来事でした。

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