業務外労働(仮)

通行人B

業務時間内ですよね?

「こんな家、出て行ってやる!」


 この台詞を私は数年前に聞いた事がある。あれはそう、確か父親が吐いた台詞。それでもってその数日後に母親が寝ている私に吐いた台詞でもあった。

 九条紗香くじょうさやか。それが私が実の両親から貰った中でこの身体以外に残っている数少ないものの一つ。本当は捨ててもよかったけど売ったところではした金にすらならないし、また新しい名前を考えるのも面倒だから未だに残しては使っている。

 さてさて、私の下らない過去話は置いておきましょう。なんせ使い古されたラノベの様な設定なもんで、珍しくもなんでもない上に神様がいちいちそんな伏線みたいな事を拾うとも思えない。神様だって過去作の登場人物の一人の名前を途中から間違えてた事に気がついたのが完結後で直す事を諦めたりするでしょうし。


「待ちなさいいろは!」


「待たないわよ!」


 とと、脱線してましたねお恥ずかしい。……えっと、先にいろはと呼び止めたのは私が働かせてもらっているお屋敷の旦那様。そんでもって、待たないと声を荒げたのが旦那様の一人娘であるいろはお嬢様。……あっ、因みに私こと九条紗香はこのお屋敷のメイドとして主にお嬢様のお世話をしております。


「お待ち下さいお嬢様」


 お嬢様がお部屋から飛び出したのであれば私が追わなければいけません。お嬢様はだいぶ御立腹の様で足音をバタバタと響かせているので直ぐに居場所が分かるのは助かります。

 行き先はお嬢様の自室。開けっ放しの扉を申し訳程度にノックをした後、勝手ながら中に入ってはお嬢様のお側に近寄ります。


「お嬢様、どうか考えを改めてはいただけませんか?」


「あら彩香。貴女も当然付いて来てくれるのね?」


「いえ、私はお嬢様のメイドとして、このお屋敷のメイドとしてお嬢様をお止めにですね?」


「なら付いて来なさい!……いえ、私を連れ出しなさい!これは命令よ!」


 ……今思えばこんな私にデメリットしかない命令を聞いた事が何よりもの間違いであり、それに気がつかないから他メイド達から影で無能呼ばわりされているのでしょうね。


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