第2話 山中で発見された身元不明遺体
ゴールデンウィークを目前に控えた日曜日の朝、新聞を読んでいた妻・優子がとある記事を指差した。
「直樹さん。南大阪町の山中で、白骨死体が発見されたそうですよ」
南大阪町の南側は和泉山脈に接しており、休日にはハイキング客で賑わう。どうやら、ハイキングルートから逸れて山菜取りをしていた人が、性別不明の白骨死体を見つけて警察に通報したらしい。警察は、自殺と死体遺棄両方の可能性を捜査中とのことである。
「うーん。これは来るかもしれんなぁ…」
私は心のどこかに引っかかりを感じながら日曜日を過ごした。
翌月曜日の始業前、課内でもその話題で持ちきりであった。案の定というか何というか…朝一番に南大阪警察署から電話がかかってきた。
「課長。たぶんアレですよ」
阿部主査が苦笑いを浮かべながら私に電話を取り次いだ。
「いつもお世話になっております。南大阪警察です。土曜日に相楽ダム近くの山中で白骨死体が見つかりました。捜査の結果事件性は見当たらないので、身元不明遺体として役場さんに事後の対応をお願いしたいと思うんですが、よろしいでしょうか?」
「身元を特定できるものは全くない状況という理解でよろしいでしょうか? ご遺体の状況は?」
「遺留品は衣類のみですが、そこからは身元特定には至りませんでした。ご遺体は完全に白骨化しており、死後6ヶ月から1年程度経過していると思われます。現場の状況から首吊り自殺と思われ、現場に散乱していた衣類や骨格の状況から、身長170センチ前後の男性と推定されます。ご遺体は署に安置しています」
「承知しました。行旅死亡人として役場で対応します。すぐに葬祭業者を手配しますので、少しお時間をいただけますか?」
「広瀬さん…来ちゃったよ。勉強だと思って、私と一緒に動いてもらってもいいですか?」
「課長、わかりました。私にやらせてください!」
広瀬さんは、今年社会人2年目のケースワーカーである。いつも前向きで、彼女の存在が課に張り合いを与えているといっても過言ではない。私の2年目って…もっと自信がなくて後ろ向きだったよな…。
「まずは葬祭業者をどこにするかです。手順をわかってくれている山中佛心社さんが無難なんですけど…一度こないだの…平安セレモニーさんを使ってみましょうか? 広瀬さん、一度連絡してもらえますか?」
「わかりました。すぐに連絡します!」
広瀬さんがフリーダイヤルに連絡を入れると、寺西部長自ら南大阪警察署に出向き、ご遺体の引き取りから火葬の段取りまで全て執り行ってくれた。そして水曜日、警察が発行した死体検案書や見積書等、書類一式を役場に届けてくれた。
「寺西部長。ご遺骨を預かってくれるお寺さんとかご存知ないでしょうかね?」
「うーん。泉州市の森昌寺さんあたりなら受けてくれるかもしれません。一度聞いてみましょう」
「ご供養料なんですが…ご存知の通り、費目上計上することができないんですよ。そこも何とか…」
「お任せください。そこはうまく丸めますので…」
「寺西部長、ありがとうございます!」
翌日身元不明遺体は荼毘に付され、ご遺骨は、「当面無縁仏」として森昌寺に安置されることになった。引き続き生活保護課では、官報に公告するための準備を行う。
「官報」…国が発行する新聞のようなものである。ここには法律の施行やら会社や個人の破産情報等、さまざまな情報が網羅されている。その片隅に「行旅死亡人」の公告欄があり、ご遺体の発見場所や特徴、所持品等の情報が登載される。
「うわぁ…。こんなにたくさんの方が亡くなられてるんですねぇ…。何か、見てはいけないようなものを見てしまった気がします」
広瀬さんが、複雑な表情を浮かべながら呟いた。
昨今の我が国は、「無縁社会」とも呼ばれる。核家族化の進行や親族関係の崩壊で、誰にも知られることなく、その命の終わりを迎える人たちがたくさん存在するのである。
南大阪町の山中で発見された身元不明遺体の情報も官報に公告された。警察に数件照会があったようであるが、最終的な身元は特定されず、そのまま森昌寺で「無縁仏」として合祀されることになった。畠山主査が大阪府生活保護課に費用弁償請求をして、事務手続き的には終了である。
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