生活保護課長・森山直樹2

泉北亭南風

第1話 奇妙な営業

 2018年4月…私は引き続き、南大阪町役場生活保護課長を拝命することになった。田代町長や梶本民生部長の強い意向に、私の出向元である大阪府庁の人事が折れた格好である。私は正直安堵していた。優秀な課員たちに支えられて順調に業務が回ってはいるが、経験上軌道に乗せるには最低3年はかかる。1年で役場を去るわけにはいかなかったのである。


 生活保護はチームプレイの職場である。庶務の畠山主査、今年度主査に昇任したケースワーカーの岩本さんと阿部さん、ケースワーカーの北山さん、玉城さん、広瀬さん、就労支援員の古田さん、そして私…同じメンバーで2年目を迎えられるのは非常にありがたいことである。


 4月3日。窓口に一見して営業マンとわかる、物腰の低い男性が現れた。応対した広瀬さんが、男性の名刺を持って私のところにやって来た。


 「株式会社平安セレモニー南大阪支店 営業部長 寺西正和」


 名刺にはそう書かれている。葬儀屋さんか…。南大阪町管内には「山中佛心社」という老舗の葬儀屋があり、ほぼ独占的に葬儀を担っている。「平安セレモニー」…聞いたことないなぁ…。


 「広瀬さん。ちょっと勉強やと思って同席してもらってもいいですか?」


 「はい!」


 2人で窓口に移動した。


 「はじめまして。生活保護課長の森山と申します。今日はどのようなご用件でしょうか?」


 「森山様、こちらこそはじめまして。突然の訪問失礼いたします。私、平安セレモニーの寺西と申します。弊社は4月1日に駅前に南大阪支店をオープンしまして、ご挨拶に上がりました。今後ともよろしくお願いいたします。こちらが弊社のパンフレットです」


 「こちらこそよろしくお願いいたします。おおっ…かなりお安くお値段設定されてますよね。失礼ながら大丈夫ですか?」


 「弊社はこれまで、主に大阪府北部で事業展開をしてまいりました。南大阪支店が大阪府南部初出店になります。最近葬儀の形もずいぶんと様変わりしておりまして、比較的低価格の家族葬が中心になっております。『直葬』といいまして、葬儀を省いたようなスタイルのものもニーズが高まっております。こちらのパンプレットは、生活保護のお客様用のものです。多くの業者さんは葬祭扶助上限額とほぼイコールの価格設定をされていますが、弊社ではほぼ半額でお見送りをさせていただいております。無駄なコストを削減すれば、これくらいの価格設定は十分可能なんですよ」


 うむ。確かに安い。そして明朗会計である。葬儀も価格競争の時代に突入か…。


 生活保護の「扶助」の中に、「葬祭扶助」と呼ばれるものがある。これはその名の通り、葬儀にかかる費用を支給するものである。葬祭扶助は、亡くなった人ではなく、喪主…葬儀の執行者が支給対象者になる。実務上は喪主に対して支給決定をし、福祉事務所から直接葬祭業者に支払う「現物支給」の形が取られる。支給上限額は、南大阪町の場合で概ね20.6万円である。


 葬祭扶助の「喪主」は「扶養義務者」の場合と、「それ以外の人」の2つのパターンが存在する。前者は喪主自身が困窮していて葬祭費を負担できない場合…後者は亡くなった人に扶養義務者が存在せず、便宜上民生委員や知人等が葬祭を行う場合である。


 前者の場合は、扶養義務者に任意に葬祭業者を選んでもらうことになるが、後者の場合は、福祉事務所が葬祭業者を指定することになる。通常、役場が業者を指定する場合は入札の手続きを踏む必要があるが、支給上限額一杯で請求されたとしても、地方自治法にいう「随意契約」で対応できる範囲内であり、多くの場合は今日明日の話になる。そこに営業が介入する余地があるという次第である。


 「寺西部長。この度はお越しいただきありがとうございます。ウチの方から町民に斡旋することはできませんが、民生委員葬や行旅死亡人発生の際にはお世話になるかもしれません。今後ともよろしくお願いいたします」


 「森山様、広瀬様、こちらこそよろしくお願いいたします。フリーダイヤルで24時間対応しておりますので、何なりとお申し付けください」


 寺西氏は丁重に頭を下げ、窓口を後にした。


 「課長。ありがとうございました。いろんな営業があるんですねぇ…。ところで『行旅死亡人』って何ですか?」


 「わかりやすくいえば、どこの誰だか身元がわからず、ご遺体の引き取り手もない死者のことです。『墓地埋葬法』と『行旅病人及行旅死亡人取扱法』に根拠があります。一応南大阪町役場の担当課はウチなんですよ。幸いこれまでは発生してませんけどね。手続き的には、ウチの課から葬祭業者にお願いして荼毘に付してもらい、かかった費用を支払います。そして官報に公告を出して親族等を探します。最終的には大阪府に費用弁償を求めて手続き完了です。


 「では、身元がわかっている人の場合はどうするんですか?」


 「法的には『墓地埋葬法』『行旅死亡人取扱法』で対応することもできるんですけど、実務的には生活保護の葬祭扶助を使うことが多いですね。民生委員葬でね。自治体によっては、何でもかんでも『墓地埋』『行旅』で処理してしまうところもあります。実質全額大阪府の費用負担になるので、自分のところの懐が痛まないですからねぇ…」


 「へぇ…奥が深いですね…」


 「折角なんで、根拠法は確認しておいてください。生活保護手帳にも関係性を説明してくれてる箇所がありますよ」


 この時は、それで話が終わったと思っていたが…約半月後、ケースは突然降ってきた。

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