第15話

「は? なに言ってんですか」

 開口一番瞳花は顔をしかめた。

「いや、だから俺も一緒に戦うって言ってんだよ。ピンチだろお前」

 俺は答える。このままではどう考えても瞳花は勝てない。傷を負った体であのシルベットの動きをかいくぐり殺すことなんて出来ないと思う。

「ピンチなんかじゃありませんよ。私はばっちり万全です。体だって今までで一番調子が良いんですよ」

 そう言っている瞳花の声は明らかに万全の調子ではない。ひゅーひゅー言っている。どっからどう見ても強がりだ。

「いやいや、瞳花さん。そんな虫の息で言ってもなんの説得力もないよ。一人じゃどう考えても勝てないだろ」

「勝てますよ。大体、あんたは私が殺すんですよ。もう、あんたほとんど屍人だ。しかもただの屍人じゃない。屍遣いになるんですよ。始末しなくちゃならない」

「知ってたのか。でもでも瞳花さん。まだあと数分あるぜ。その時間であいつを殺せば良いんだそうすりゃ全部丸く収まるんだよ。お前はあいつを殺せて事件解決でハッピー。俺は屍人にならずに済んでハッピー。WinWinの関係ってやつだと思うんだがなぁ」

「しきたりなんですけどね」

「瞳花さん。そんなこと言ってる場合か? 良く考えてみようぜ? お前が負けて、あいつがまだ暴れたら街は大変なことになる。打てる手は全部打っとくべきだと思うがなぁ。それが良い狩人ってやつなんじゃないかなぁ」

「勝てるって言ってんでしょう」

「いやいや、本当は自分が一番分かってんだろ。強がりはよせよ」

「.....っ..」

 瞳花はもう強がらなかった。今のダメージで勝てないことは瞳花が一番知っているのだ。自分の体だし、経験もあるのだろう。頭を冷やして冷静になれば状況が最悪であることくらい瞳花なら理解出来るのだ。

「あんた、あいつと戦うっていうのがどういうことだか分かってんですか。あんたついさっきまで一般人だったんだ。なんにも出来ずに死ぬかもしれないですよ。っていうかおおむね死にますよ」

「なるほどね。でも、残念なお知らせだ瞳花さん。俺はなんにもしなくても死ぬんだよ」

「ああ、そうでしたね」

 瞳花はため息を吐いた。その通りでこのままでは屍人になる。それは死ぬのとおんなじだ。もし本当に屍遣いになってもシルベットに死ぬよりひどい目に遭わされる。どっちにしてもこのままでは俺の人生は終わりなのだ。なので、賭けるべき方向は決まっていた。ついさっき決めたのだ。

「でも、さっきまで私から逃げ回ってたくせに大した気の変わりようですね」

「ん? ああ。血まみれで強がってる瞳花さんを見たら助けなくちゃって思ってな。まぁ、俺の最後の優しさに瞳花さんの姿が訴えたって感じ。ふふ。今の台詞、なかなか漫画の主人公みたいじゃないか?」

「気色悪いですね。さっきから話し方も腹立ちますし」

「ひどいな...」

 瞳花は舌打ちをした。

非常に残念ながら俺の心からのメッセージは瞳花になんの感銘も与えなかったらしい。最後に茶化したりしてなかなかの味わい深さをかもしたはずだが無駄だったらしい。やはりこいつは性格がねじくれている。

「さて、じゃあその方向で行きますけど。後悔しませんね」

「残念ながらこれが最善の道だからな」

 そして、残念ながら死ぬ間際にはものすごく後悔する自信があった。絶望的な恐怖に飲まれシルベットはおろか、瞳花も差知子も呪うだろう。それどころか、家族、友人、知人の顔を思い浮かべ『代わってくれ!』と絶叫するだろう。そして、代わってもらえないこの世の不条理に怨嗟の念を撒き散らしながら絶死するだろう。その自信がある。しかし、もはややるしかない。

 俺はナイフを構えた。

「やってやる。やってやるよ! あいつの脳天にこいつをぶち込んでやる!」

「威勢が良いですね。ちなみに時間切れであんたが屍人になったらシルベット倒しても殺しますからね」

「ははは、なるほどな」

 笑うしかなかった。やっぱりそうらしかった。

「いや、上手いことあんたをおとりに使って二人まとめて殺すのが最善かもしれないですねぇ」

「ははは、勘弁してね瞳花さん」

 非常に不吉なことを連呼する瞳花だった。今まさにしがらみを越えて共闘関係を結んだというのに仲間意識と言うものは無いらしかった。

 とにかく、俺はナイフを構え、瞳花も合口を構えた。

 その先に居るのはシルベット。ニヤニヤと笑って俺たちを見ている。腹立たしい、いや恐ろしい顔だ。あの怪物と今から戦うのだということが急激に現実味を帯びてきて俺の膝が震えた。

「ちょっと、膝震えてますよ」

「武者震いだよ。前向きな震えなんだ」

「まったく...」

 瞳花はため息を吐いた。早くしなくては。今の会話でもう時間は1分以上使ってしまった。

 そして笑い声が響いた。それはシルベットのものだった。

「面白い面白い! 君たち面白いね!」

 シルベットは手を叩いて笑っていた。

「はははは...はぁあぁ...。それで、話は済んだのかい? 二人でボクと戦うってことなのかな?」

「ああその通りだ。悠長に俺たちに会話させてくれやがって。舐めてんのか!」

 シルベットは俺たちの会話の様子をただ見ていた。攻撃する素振りすら無かったのだ。

「舐めてはいない、と言いたいところだけど実際疑問だよ。君が増えたところでボクに勝てるとは思えないけど。そっちの狩人は肋骨が砕けて何本も肺に突き刺さってる。背骨もヒビが入ってるんじゃないかなぁ。満身創痍ってやつだよ」

「さっきは油断してましたからね。完全にうかつでした。今までの相手ならあの流れまで持ってくれば勝てたもんですから。ここからはもう油断しませんよ。あんたは終わりだ」

「ははははは! すごいすごい! 本当に強がりだね君は! いやぁ、面白いなぁ君たちは! ははは!」

 シルベットはさっきからずっと爆笑している。非常に不愉快だ。化け物相手だろうが笑い者にされるのはプライドが著しく傷つく。これでも頑張って生きてきたんだぞ俺は。

 と、突然シルベットが俺を指差した。

「まず、君から殺すよ」

 シルベットはにっこり笑いながら言った。俺は一瞬で背筋が凍りついた。足が動かない。早く戦わなくてはならないのに体が動かない。

「さっき、ボクが君を最高の屍だ、って言ったから自分の方は見逃されると少し思ってただろう」

「う...」

 実際その通りだった。非常に俺の人格のクソさが溢れる話だが、俺は狙われるならまず瞳花。あいつはその後、俺をおもちゃとして確保するつもりだろうと思っていたのだ。

「戦いで弱い方から狙うのは定石だからね。非常に口惜しいけど、最高の屍を探す旅はまだ続けることにするよ。君は殺す。本当に不服だけど仕方がない。じゃないと、ボクが負けるかもしれない。負ける可能性はちゃんと減らさないとならないからね」

 しかし、シルベットはまたクツクツ笑いだした。

「ふふふ、くくく...。いや、ごめん嘘だよ今のは。ボクは君たちに負ける気なんてしない。君たちは面白い。そして、こうしたらもっと面白い。だからなんだ。くくく...」

 シルベットは肩を震わせていた。本当に面白いらしい。

 マジにイカれている。分かりきっていたがこいつは人の命なんて欠片も気にかけていない。すべてエンターテイメントか何かのようにしか思っていないのだ。

「さぁ、かかっておいで。どこからでも」

 シルベットは腰に片手を当てて余裕の表情だった。

「ど、どうする」

 俺は瞳花に聞いた。もう戦うしかない。こいつを倒すのだ。時間はもうあと2分も無い。最短で決着を着けなくてはならない。しかし、足が前に出ない。震えている。目の前の化け物相手に完全に足がすくんでいるのだ。蛇に睨まれた蛙だ。

「震えてんじゃないですか」

 そう言って瞳花は俺の背中に手を置いた。そしてなにかを呟いた。背中から、俺の体になにかが流れ込んできた。震えが止まった。何かの術らしい。

「う、動ける」

「はいはい。じゃあ行きますよ。帰ってドラマ見なくちゃならないもんで」

「俺だって明日には面接控えてんだ! こんなところでくたばってたまるか!」

 俺たちはシルベットに向けてそれぞれの得物を構えた。

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