第14話
また、轟音が響く。壁が砕ける。シルベットは相変わらずの猛攻だ。瞳花はさっきからかわすだけだ。反撃を一度もしていない。当たり前の話だ。こんな即死級の攻撃の嵐。一瞬判断ミスをするだけで死ぬのだ。うかつな動きのひとつも出来ないのだろう。そんな瞳花をシルベットが挑発する。もちろん攻撃しながら。
「どうした狩人。ボクを殺すんじゃなかったのかい?」
「ええ、そのつもりですよ」
「本当に? 避けるので精一杯に見えるけどっ!」
そう言ってシルベットは横薙ぎに蹴りを放つ。瞳花は後ろに飛びそれをかわした。しかし、シルベットは即座に間合いを詰め攻撃を加える。これだけの速度で攻撃を出し、移動出来たなら隙なんてあったものではない。回し蹴りなんて人間が出そうものなら反撃必死の大技だが、シルベットにその理屈は当てはまらない。
「ほらほら! そのままじゃ術で体を強化しててもいつか限界が来るよ!」
シルベットは超速で拳を瞳花に叩きつけた。瞳花はそれをかわす。今まで通りに。しかし、
「おや」
シルベットが動きを止めた。そして自分の右手を見る。その手は人差し指と中指が切断されていた。
「ああ、指しか落とせませんでしたか。さすがにまだ合わせられませんね」
瞳花は合口を構えながら言った。
「でも、もう大分見えてきましたよ。あとちょっと数手やればあんたの頭を真っ二つに出来る。ようやくこの仕事も終わりが見えてきました」
「はは。君、すごいね」
シルベットは膝蹴りを放った。瞳花はそれをゆるやかな動きでかわし、そしてシルベットの横を通り過ぎる。すると、
「おやおや、本当にすごいね」
シルベットの左腕がゴトリと音を立てて落下した。肩から切り落とされたのだ。
しかし、シルベットは構わず残った右腕を振るう。しかし、瞳花はさっきよりもなお悠々とそれをかわし、そして合口を振るった。
ゴトリ。まただ。今度は右腕が落とされた。シルベットは両腕を失った。
「さぁて、もうあんたの動きもはっきり見えます。もう、時間はかけません。店じまいと行きましょう」
瞳花は合口をシルベットに向けた。
すさまじかった。シルベットの動きがそもそもすさまじいのだ。シルベットと同じ動きが出来る物体なんて砲弾くらいのものだろう。その動きを人の形をしたものが意思をもって暴力として使っているのだ。人間にどうにか出来る相手ではない。それを瞳花はかわしていた。それだけですごいのにその果てに反撃までしたのだ。しかも、もう慣れたようにシルベットの動きを読んでいる。圧倒している。瞳花は強い。恐ろしく。
「ふむ。強いね君は。今まで会った狩人のなかでも間違いなく最強だ」
「そうですか。それは光栄ですね」
「やれやれ、ちゃんと考えないとボクが死ぬね」
そう言ってシルベットはパチンと指を鳴らした。すると廊下の奥からぞろぞろと屍人たちが現れたではないか。このマンションの屍人は瞳花があらかた倒したはずだ。これは残党だろう。それらは、ノタノタ歩きシルベットの周りに集まった。
瞳花はいぶかしげに睨む。
「腕が無いと勝てないからね」
そう言うとシルベットは近くに居た若い女性の屍人の右腕を蹴り上げた。迫撃砲以上の速度で放たれた蹴りはなんなくその屍人の腕を吹っ飛ばした。
「なるほど」
何かを察した瞳花はそのままシルベットに向かって走った。しかし、その前に屍人たちが立ちはだかる。
「これは邪魔してもらっちゃ困るなぁ」
そう言いながらシルベットは飛ばした腕を口でくわえ、そして自分の右肩に引っ付けた。すると、ミチミチと音が響いたかと思うとそれはシルベットの肩に結合したのだ。シルベットはぐるんと腕を回し状態を確かめた。
「よし」
「ちっ」
舌打ちする瞳花。しかし、屍人たちの密度が濃く、簡単にシルベットのもとにたどりつけない。
対するシルベットはさっきの女性屍人の左腕を手刀で切断し、左肩に付けた。ミチミチとまた音が響き、シルベットの右腕になる。あっという間にシルベットの両腕が復活した。
「うんうん、調子は上々だね」
シルベットは両肩をぐるんぐるんと回し言った。
なんということだ。瞳花がぶった切ったのに無意味となった。人間にはおよそ不可能な芸当。明らかに化け物にしかできない現象だ。どういう原理なのかさっぱり分からない。そして恐ろしく気味が悪かった。
「器用なもんですね。それが出来るってことはやっぱりあんたは相当な屍遣いのようだ」
「お褒めに預かり光栄だよ。でも、どうする? ボクは死体さえあればこうやって無限に再生出来るわけなんだよ。勝てると思う?」
「寝言は寝て言ってくださいよ。どんだけ再生しようが頭を切ればお仕舞いでしょうが。そんであんたの動きはもう見えてるんだ。腕が引っ付こうが、足が引っ付こうが関係ありませんよ」
そう言って瞳花は合口を構える。対するシルベットはにんまり笑う。
「まぁね。まったくもってその通りだ。でも、さっきまではあんまり君を舐めてたってだけの話でさ。こっからはちょっとばかりしっかり戦わせてもらうよ」
そう言ってシルベットはまたコマ送りにしか見えない動きで瞳花に攻撃を仕掛けた。瞳花はさっきまでと同じようにするりとかわし、そのまま俺の目には見えないカウンターをお見舞いする。ずるり、と今度はシルベットの右腕が飛んだ。さっきと同じだ。瞳花にはもうシルベットの動きが完全に見えている。
「ははっ!」
しかし、シルベットは笑った。そして、その次の瞬間には瞳花が吹っ飛んでいた。
「なっ!」
俺は思わず叫んだ。
「がはっ...」
瞳花は壁に叩きつけられそのまま床に落ちた。両手を付き血へどを吐いている。どうみても体の内部が破壊されている。狩人の術で強化されているとはいえかなりのダメージだ。
しかし、一体なぜ。瞳花は完全にシルベットの動きを見切ったはずだったのに。
「おやおや、死なないように加減はしたんだけどね。まだ、少し強かったかな」
その答えはシルベットが握っていた。それも文字通り握っていた。シルベットの左手にはシルベットの右手が握られていたのだ。シルベットは右手を切り落とされたと見るや即座に左手で掴み、鈍器として使って瞳花を殴り付けたらしい。普通の人間ではまず考えない戦い方。
「屍人といえど、自分の肉体に対する執着は多少はあるはずなんですけどね。あんたには自分の体でさえ『モノ』にしか見えてないんですか」
「ああ、ボクにはボクもただのタンパク質の塊だとしか思えなくてね。他の連中に話したら変わってる、って良く言われるんだけどさ」
「...どうも今まで会った中でもトップクラスにイカれてるらしいですね」
瞳花はまた血を吐いた。どう見てもまともに戦える状態ではない。今まで優位に立っていたはずなのにたった一発で完全に形勢逆転だ。このままではシルベットが勝ってしまう。
瞳花はブツブツと何かを唱えた。すると、瞳花の体がピキとわずかな音を立てた。
「鎮痛の術かい。大変だね君たちも。狩人の術は屍人の仕組みの応用ばかりなんだろう。怪物の技術を使って怪物狩りをしているんだね君たちは」
「やかましいんですよ。私はあんたを殺して、家に帰って、撮り溜めた海外ドラマを一気見するんです。私の夜は誰にも邪魔させませんよ」
瞳花はゆっくり立ち上がった。また、ごふ、と血を吐く。今の鎮痛の術とやらで動く分には動けるんだろう。しかし、さっきまでと比べると明らかに動きが鈍い。そんな状態ではシルベットに勝てるとは思えない。それでも瞳花は戦おうとしている。
―残り時間は5分を切っていた。
「さぁ、楽しませてくれよ狩人。夜も深まってる。この国の言葉で言えば丑三つ時ってやつだろう。ここからが本番だ」
「ガタガタと楽しそうなことですね。あと数秒でその笑顔も終わるっていうのに」
「ははは、口先だけは衰えないね」
瞳花は合口を構えた。そして、そのままシルベットに向かおうとしていた。
俺は仕方がないとか、これしか手がないだとか、ある意味では状況が良くなったのでは、とかサイコパスなことを考えたりしていた。そして、腹を決めた。
「おい、瞳花」
その俺の言葉に瞳花はピタリと動きを止めた。そして、俺の方を見る。ものすごい形相だったがどうもそれは強がりだった。目の奥に力が無い。
「なんですか。悪いんですけど状況が変わりましてね。あんたより先にあっちを殺らなくちゃならなくなりました。そのあとにあんたは殺しますからゆっくり待っててください」
「そんなこと言われてゆっくり待つやつ居ないだろ。じゃなくてだな」
俺は懐から瞳花に貰ったナイフを取り出して構えた。
「俺も一緒に戦うぞ」
そうして、なんとかその言葉を言った。
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