第13話
シルベットと瞳花、二人は睨み合っていた。場の空気は凍りついたようだった。固く、重く、そして鋭かった。そして、シルベットが口を開いた。
「あれだけゾンビをけしかけたのにこうもあっさり突破されるとは恐れ入ったよ。相当腕が立つみたいだね」
「別にあっさりじゃありませんでしたけどね。結構大変でしたよ。斬っても斬っても湧いてくるもんだからうんざりしました」
瞳花はそう言って合口の背で肩をコンコン叩く。
「でも、ようやくゴールまでたどり着きました。これで、あんたを始末すれば晴れて事件解決。私は家に帰って録り溜めたドラマを一気見出来るってわけです」
「ゴール、ゴールね。確かに終点は終点だ。さぁて、君が勝つかボクが勝つか」
シルベットはクツクツ笑った。その顔には心から愉快そうな純粋な笑顔が浮かんでいた。この怪物はこの状況を楽しんでいるらしかった。狩人との殺し合いを楽しんでいるのだ。自分の命さえエンターテイメントのひとつでしかないらしい。やはりまともではない。
「ぐむぅ...」
俺は呻く。残念ながらこの状況を手放しで喜ぶことは出来ない。残念ながら瞳花は俺を助けに来たわけではないからだ。その証拠に瞳花は呻く俺をジロリと睨んだ。
「あんたにもようやく追い付きましたよ」
「あぁん? なんだよその目は。なんだよその獲物を見るライオンのような目は。いや、分かってる、分かってるよ瞳花さん。俺を殺そうっていうんだろ?」
大袈裟に肩をすくめて見せる俺。しかし、その横をなにかがすさまじい勢いで通りすぎていった。それは俺の頬をかすめた。それは、そのまま後ろの壁に突き刺さった。恐る恐る見ればそれはナイフだった。瞳花が俺に渡したのと同じようなナイフだ。
「外しましたか」
「ははは! 良い、良いねぇ瞳花さん! そうこなくっちゃクソッタレ!!」
俺はやはり予想通りの現実に義憤した。シルベットに迫られ状況は最悪だった。しかし、瞳花が来たことによりさらに最悪になったのだ。最悪を越える言葉を俺は知らないのでどう形容すれば良いのか分からないがとにかくひどい状況だった。この上ない絶体絶命だ。野性動物でもここまでひどい危機にはそうそうならないのではないかと思う。
「なにしてくれるんだよ狩人」
しかし、そこで瞳花に怒りを覚えたのは俺だけではなかった。シルベットもあからさまに不機嫌になったのだ。
「彼はボクの屍だ。手は出さないでもらいたいね」
「ははぁ。さすがは『芸術家』とあだ名されるだけはありますね。それがあなたの作品ってわけですか」
「ボクそのあだ名嫌いなんだよ。『芸術家』は崇高な人々だ。ボク程度が名乗って良い肩書きじゃない」
「なるほど。しち面倒くさいやつのようですね」
「ひどい言いようだ。でもまぁ、その通りなんだろうね」
シルベットは何がおかしいのかまたクツクツ笑い出した。俺にはこいつの精神構造が全然分からない。そして、分かるべきではないのだろうと思う。
「さて、なら始めますか。そいつも殺して、あんたも殺して、これで一件落着だ」
瞳花は合口を構える。
「いや、待て待て瞳花さん。ていうか、俺を殺す必要は無くないか? だって、こいつを倒せば俺は一般人に戻るんだぜ?」
「あんた、タイムリミットまであと10分ほどしかないって分かってます?」
「え、マジで?」
俺はスマホの時計を見る。たしかにさっき『あと30分』となってからもう20分が経過していた。
「ははは。なるほどな」
笑うしかなかった。つまり、あと10分以内にシルベットを倒せる保証はまったくもって無いので俺をさっさと殺しておこうということらしい。なるほど間違いない。実に理屈の通った合理的な結論だ。冷徹で実に寒々しい。
と、その時だった。突然、轟音が響いた。ものの砕け破裂する音だ。俺には何が起きたのか一瞬分からなかった。しかし、見ればさっき居たところにもう瞳花は居なかった。2mほど横に移動している。そしてその向こう、廊下の壁に大穴が空いていた。奥の階段が見えている。
「ダメダメ狩人。彼はボクのものになるんだよ。殺すなんて冗談でも言っちゃいけない」
シルベットが言った。壁の大穴の前で。何を隠そうその大穴はシルベットが空けたものだった。シルベットはこきりと音を立てて肩を回す。武器を使ったり爆薬を使ったりしたわけではない。シルベットはただその腕力のみで壁を吹き飛ばしたのだ。
俺は口をあんぐり開けていた。意味が分からなかった。
「すさまじいですねぇ。大した力だ。情報通りずば抜けた身体能力のようですね」
「力には自信があるからね。君の剣技とボクの力。さぁ、どっちが強いか勝負しよう」
そう言ってシルベットは消えた。いや、消えたのではなかった。ただ、目にも止まらない速度で移動しただけだった。瞳花のところへ。
ドカン、と音がする。瞳花の方だった。見ればそこは床がぶち抜け大穴が空いていた。シルベットが蹴破ったらしい。瞳花は後ろに下がってそれをかわしていた。
「ははは!!」
シルベットは笑う。そして、そのまま瞳花に追撃を加えた。
すさまじい速度、すさまじい威力の連撃。シルベットが腕を、足を振るうたびに床や壁が爆音を上げ砕けていく。しかも、その動きの全ては俺の目では追えないものだった。映像をコマ送りですっ飛ばしたかのようにシルベットの動きは次から次へと瞬間移動していく。瞳花はそれをかわし続ける。廊下はあっという間に穴だらけになっていった。
むちゃくちゃだ。完全に化け物だ。さっき、シルベットに襲いかかったときこいつなら何とかなるかもしれないなどと欠片でも思ったのは大きな間違いだった。シルベットは全然本気ではなかったのだ。
あんな攻撃かするだけでも致命傷。直撃すれば体はなんの抵抗もなく弾け飛ぶだろう。まったく人外の動きだ。
そして、それにぎりぎり対応している瞳花も瞳花だ。あいつも人間じゃないんじゃなかろうか。狩人の術で肉体を強化しているとはいえとても人間業ではない。恐らく瞳花も今まで本気ではなかったのだ。屍人の群れを平然となぎ倒すのでさえ瞳花には大したことではなかったのだろう。
また、壁が吹き飛ぶ。もはやまともに残っている壁の方が少ない。シルベットと瞳花は嵐のように廊下で攻防を繰り広げる。俺はただ、それを黙って見ていることしか出来ない。
しかし、どこかで俺は安心していた。これは、良いぞと。何せ二人ともお互いを相手にするのがやっとで俺のことなど目もくれない。つまり、安全ということだ。
と、そんな俺の横を何かが通りすぎていった。俺の頬をかすめたそれは見ればナイフだった。俺が瞳花からもらったのと同じようなものだ。
「外しましたか」
瞳花が舌打ちをしていた。この状況下できっちり俺を殺すつもりらしい。
「ははは。面白いじゃねぇの」
俺は笑った。笑うしかなかった。どうやら危機は全然去っていないらしい。
というか、当たり前だが俺の状況は絶望的だ。安心なんてしている場合ではない。このままではあと数分で屍人になってジ・エンドだ。なんとかしなくてはならない。しかし、どうにか出来る気はしない。シルベットを倒せばすべて解決だが、あの攻防に割り込んでいける気はしない。入ったらすぐ死ぬだろう。シルベットの攻撃を食らっても死ぬし、瞳花もすぐに俺を殺そうとするだろう。無理だ。
どうすれば良い。考えろ考えろ。俺の人生があと数分で終わってしまう。
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