第12話

「お前がシルベットってやつか!!」

 俺は目の前の女に叫んだ。屍遣い、シルベット・アンダーグラウンドはニヤニヤしながら目玉焼きを咀嚼していた。モグモグと口を動かし俺を見ている。見た目は金髪の外国人の女。そしてナイスバディで超がつくほどの美人だった。意外だった。もっと怪物じみた見た目のやつを想像していたのに。

そして、シルベットは目玉焼きを飲み込むとようやく俺の質問に答えた。

「そうだよ。ボクがシルベットだ。よろしく、最高の屍君」

 シルベットはにっこりと笑った。俺は一歩あとずさる。気味が悪かったからだ。その笑顔は敵に対する皮肉という感じではなかった。本当に笑っていたのだ。敵意がなく友好的でさえあった。

「ふふ、怖がっているね」

 そんな俺を見てシルベットは面白そうに笑った。

「そんなに怯えることは無いんだよ。君はボクのものになるんだから」

「な、なんだそりゃ」

 俺は思わず聞き返していた。相手が人間のお姉さんだったなら場合によっては鼻の下が伸びる発言だった。だが、相手は屍遣いであり、化け物であり、そして俺の敵だった。一体シルベットのものになるってなんなのか。

「君は最高の屍だからね。ボクは君が欲しいんだよ」

「最高の屍? なんじゃそりゃあ」

「まぁ、ついさっきまで人間だった君には良く分からないかな」

 シルベットは目玉焼きをまたひとつ口に運び咀嚼した。シルベットの前には何十皿という目玉焼きが並んでいた。どんだけ目玉焼きが好きなんだ。

「屍人の中には稀に自我を保つものが居るんだ。それが屍遣いになるんだよ。と、君はさすがに屍人のことは分かるよね? 狩人と一緒に居たんだから」

 俺は答えない。こいつとどういう形であれ距離を縮めるのは嫌だった。

「まぁ、イエスということにしておこう。とにかく、そういう個体が稀に現れる。ボクはそれをずっと探していてね。それが、最高の屍の絶対条件なわけなんだよ」

 シルベットはまたひとつ、目玉焼きを口に運ぶ。上に顔を向け、口をあんぐり開けて。俺は、その隙を見逃さなかった。

「っ!!」

 俺は全速力でシルベットに向かって飛びかかった。手には瞳花からもらったナイフを握って。それを、俺はシルベットの頭に思いきり突き立てた。

鈍い衝撃が手に伝わる。血は流れなかった。相手は死体だ。血の流れなど無い。

「や、やった...」

 俺は漏らす。

「やってない、やってないよ」

 しかし、シルベットは何事もないように頭を下げた。俺は驚愕して飛び退く。そんな俺を見てシルベットはケタケタ笑った。

「聞いたことあるだろう。戦場とかで頭を吹っ飛ばされても死ななかった人間の話。脳も弱い部分と強い部分があるんだよ。屍人もそこは人間とおんなじなんだ。君のナイフはちょうど刺されても問題ない場所に刺さったってわけだね。まぁ、ボクがそうなるようにずらしたんだけど」

 シルベットはクスクス笑いながら頭からナイフを引き抜いて俺の前に投げ返した。

「人の形をしたものに刃物を突き立てるのが怖いんだねぇ。狩人が簡単にやってるから出来ると思ったんだろう。案外難しいんだよあれ。頭蓋骨って固いからね」

 シルベットはそう言うとゆっくりと立ち上がった。

「そうだねそうだね。やっぱり人間に戻りたいんだ。そうだ、そうだとも。ボクを殺せば人間に戻れるんだもんね」

「くそっ!!」

 俺は再びシルベットにナイフを拾い上げ突っ込む。狙うはまた頭だ。屍人の弱点は恐らくあそこしかない。

 しかし、シルベットはいとも簡単に俺の手首を掴んだ。

「可愛いねぇ。素人丸出しだ。そんな真っ正面からばか正直に突っ込んできてもボクは殺せないよ?」

 シルベットはニッコリ笑って、そして俺を覗くように顔を近づける。

「くそぉ!」

 俺が力を入れるとまたシルベットはあっさりと手を離した。俺はほとんど闇雲にナイフを振り回した。足元の皿が飛び、割れる。頭を狙ってはいるが動きはメチャクチャだ。俺は若干パニックになっていた。そもそも戦闘力なんて無いに等しいのにパニックになっていては勝つ可能性は重ねて低くなる。しかし、それでも落ち着くことは出来なかった。

「ほらほら。もっとちゃんと狙わないと」

 シルベットは俺のナイフを避けたり、わざと手や体、そして頭を当てて見せたりして嘲笑っていた。イカれている。まともな神経をしていない。目の前に居るのは間違いなく怪人だった。俺はますますパニックになった。

「はぁ...はぁ...」

 俺はナイフを振り続け、やがて疲れて一瞬動きを止めた。そして、シルベットはそこに一発ボディブローを打ち込んできた。

「お...ぐ...」

 せり上がってくる鈍い痛みに耐えきれず俺は膝を折って両手を着きうずくまった。そんな俺の傍らにシルベットはしゃがみこんだ。両手を頬に添え、ニコニコしながら俺を見下ろしていた。

「痛いだろう? それはまだ君が人間である証だ。必要の無い感覚だよ。でも、もうすぐそれも無くなる」

「お...屍人に....なるってか」

 俺は苦痛に悶えながら何とか言葉を吐き出した。

「ああ、屍人になるよ。ただし、君は自我を保つだろう。ボクと同じ屍遣いになる」

「なん...だと...?」

 俺が屍遣いになる? なんの冗談だ。

 シルベットは立ち上がり俺を見下ろすと顎に指を添えた。

「さて、さっきの話の続きをしようか。ボクが求めるのは最高の屍。それを求めて結構長いこと世界を渡り歩いて来たんだ。でも、いまだにそれは見つからない」

 シルベットは足元の無事な皿をひとつ取り目玉焼きを口に運ぶ。ムシャムシャと咀嚼した。

「まぁ、最高の、っていうけど確かな定義があるわけじゃない。あくまでボクの感性の話だからね。ボクが最高だ! と思う屍ってことだ。それは、まず屍遣いであることが絶対条件っていうのは言ったね。その次がボク好みの容姿であること。あとは若い男ってことか。それ以外はボクが直に見てピンと来るかどうかってわけだよ」

 俺は肩を大きく動かしながら呼吸をしてシルベットを見上げ続ける。まだ、起き上がれそうになかった。

「そして、君をビデオで見たときピンと来たんだ」

 シルベットは頭に指先をトントンと当てた。

「ビビッと来たってやつかな。この子は間違いない!って確信があったんだ。君との屍人としての繋がりからも君が屍遣いになるだろうことは分かった。だから、待っていたんだよここで。そして、直に君に会って確信したんだ。君は間違いなく最高の屍になる。だから、ボクは君が欲しいんだよ」

 言いながらシルベットは再びしゃがみこみ、もう少しで触れあうほど近くに顔を近づけた。

「ははは...。それで、最高の屍とやらになった俺はどうされるんだ? お前と仲間になって、世界中で暴れ回れとでも言うのか?」

 俺の言葉にシルベットは目を丸くした。

「まさか、とんでもない。最高の屍である君にそんな野蛮なことはさせられないよ」

 シルベットはそれからむふふ、と笑う。

「君はなにもしなくて良いんだ。君はボクだけの最高の屍なんだから。ただ、ボクと一緒に過ごすだけで良いんだ。ボクと一緒に過ごして、一緒に目玉焼きを食べて。毎日服も着替えて。それから気分によって手足を切って。両手を無くす日もあれば両足を無くす日もある。その両方の日もね。逃げようとしたらさらに目玉をえぐって耳も削ぐからそのつもりで。一緒に足先から順番に切り合いっことかしたいなぁ。ああ! そうだ! 二人が会った記念日の今日は首をすげ替えてお互いの体を交換する日にしよう! そうだ、それが良い!」

 俺は、もう苦痛は関係なく息をするのが苦しくなっていた。恐ろしかったからだ。目の前の怪人は本当に狂っている。まともじゃない。化け物だ。およそ、俺が今まで生きてきたまともな世界の住人とはかけ離れている。こいつは俺をおもちゃか何かのように扱うつもりらしい。こんなやつは見たことがなかったし、見たくもなかった。

 ああ、くそ。くそったれ。俺はこいつを倒してまともな日常に戻るはずだったのに。仕事に就いて薔薇色の毎日を送るはずだったのに。その理想が遠い。俺の希望が目の前の狂人の笑顔に吸い込まれていくのが分かる。

「ああ、素晴らしいな。明日から薔薇色の毎日が始まるよ!」

 シルベットは本当に嬉しそうに両手を掲げた。

 その時だった。

 どしゃり、と屍人が階段から飛んできた。頭には綺麗な切断跡あった。そして、階段からその傷を付けた張本人が現れた。

「お前がシルベットですか」

「叩木瞳花。早かったね」

 シルベットは合口を肩に当ててだるそうに立つ瞳花に言った。

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