第11話

「うわぁあああ!」

 扉を開けた途端だ。ものすごい量の屍人たちが溢れだして来た。しかし、出てきたそばから落下していく。すさまじい勢いで屍人たちが落ちていく。恐怖だとかいう感情が無いためだろう。生き残ろうと踏みとどまることさえないのだ。しかし、そのおかげで瞳花は俺に斬りかかれない。俺を睨み付けてはいるが手出し出来ない状態だ。

 しかし、俺は違う。

「うおぉおおおお!!」

 腹をくくり、歯を食い縛り、俺は屍人たちの群れの上に飛び上がった。

「ちっ!」

 瞳花が舌打ちして、追いすがろうとするが俺に手は届かない。その前に目の前の屍人に阻まれてしまう。対する俺はそんなもん関係ない。俺はもう屍人に成りつつあるのだ。瞳花のように噛まれたり、引っ掛かれたりすることを気に留める必要は無いのだ。なので、俺はそのまま屍人の肩や頭を踏み台に奥に走った。

「ぐおおおおぉお!!」

 叫ぶしかなかった。叫んでいないと恐怖で正気を失いそうだからだ。屍人の群れの中に突っ込んでいくだけでも死にそうに怖いのに、もはや傍らに守ってくれる瞳花は居ない。たった一人で進むしかない。だが、それ以外に道は無いのだ。あそこに居たら瞳花に殺されるだけだ。生き残るにはこれしかない。

 いや、生き残ったところでこのままでは屍人に成るだけだから結局死ぬのだが。もはや、俺の未来はデッドエンドなのか。

 いやだが、生き残る術がひとつある。それは屍遣いを倒すということだ。可能だろうか。いや、不可能であるように思われた。瞳花の話では瞳花の実力を持ってしても屍遣いとは張った張ったであるらしい。それは、俺には勝つ手段は無いということだ。だが、なにもしなかったら死ぬだけだ。

 もはや、道は他に無い。俺が生き残るには屍遣いを倒すしかないのだ。勝てるか勝てないかではなく、それ以外に道がない。俺は重ねて腹をくくった。

 屍遣いが居るのは最上階だ。

 俺は足元の屍人たちに足を引っ掛かれ、噛みつかれながらも最上階に向けて進む。

 俺の体はもう半分屍人だ。どうやら、死体になりつつある体は生存のためのリミッターも解除されつつあるらしかった。捕まれた腕を引きちぎり、立ちふさがる屍人を殴り飛ばしながら俺は進んだ。

 ある程度進むと屍人の群れが薄くなった。あの扉に殺到していただけあってその他はザルだ。まばらに歩いている屍人たちを殴り飛ばしながら進む俺はどう行けば最短で最上階に行けるか考える。瞳花の話では30分以内に屍遣いを倒さないと俺はただの死体になってしまうらしい。普通なら最上階へ行くくらい数分とかからないはずだ。歯がゆい思いだった。

非常階段はもう使えない。エレベーターは一階ごとに屍人が押し寄せてきたら手に負えない。一瞬天井をはずしてエレベーターの上に乗ればとも考えたがおそらく屍人で一杯になったエレベーターは定員オーバーで動かないだろう。なら、残る手段はひとつだけだ。

「チクショウが!」

 俺は立ちふさがる屍人を殴り飛ばし、壁に叩きつけて目的の場所にたどり着く。

 そこは非常用ではない普通の階段。今は誰も居ないがそのうち屍人で一杯になるだろう。だが、進むしかない。これが一番現実的なはずだった。さっき、ドアから走ってきた時のように屍人を押し退けながら最上階へ向かうのだ。いや、進めない可能性は十分あった。だが、やるしかない。俺は階段を登り始めた。



「あー。階段を使ったか」

 最上階のエレベーター前エントランスでシルベット・アンダーグラウンドは目玉焼きを頬張りながら言った。あぐらをかいて座り込み、口を上に向け大きく開けながら目玉焼きをモグモグと食べている。横にはせっせと、いやノタノタと目玉焼きを運ぶ中年女性の屍人が居た。見ればそこいら中の部屋から目玉焼きを持った屍人が出てくる。それぞれの部屋から作っては運びを繰り返しているのだ。シルベットの前には目玉焼きの乗った皿が大量に並んでいた。

「じゃあ、階段の方からはゾンビを下げようか。いや、ちょっと残そうか。その方が物語性が出来て盛り上がるかもしれない」

 そう言ってシルベットはぼそぼそと何かを口走った。呪文と言うより、聞こえの悪い独り言のような言葉。屍遣いが屍人たちに指示を出す際用いる言葉。狩人たちの間で屍語と呼ばれているものだ。シルベットはなんとなく感覚が繋がっている屍人たちの動きが指示通りのものになったのを確認すると大きくあくびをした。

「エレベーターを使ったらあっという間にご案内したのに変に頭を使っちゃったんだなぁ。仕方ないね」

 そう言いながらまた目の前の皿から目玉焼きをひとつフォークで取るとペロリと口に頬張る。

「狩人の方は....うんうん。ドアから中に入ったか。どんどん進んでるね。強い強い。どうかなぁ、勝てるかな。よしよし、狩人の方にはゾンビを向かわせようね」

 シルベットはくすくす笑っていた。危機感というものは感じられなかった。そして、またぼそぼそと屍語を口走る。

「さて、なら移動しようか。お、彼はどんどん上がってるね。いいぞいいぞ。早くこっちにおいで」

 シルベットは目玉焼きをまたひとつフォークに指す。

「早くボクの仲間になってくれ。素晴らしい屍君」

 そうして、目玉焼きを頬ばった。



「はぁ...はぁ...」

 俺はひたすら走っていた。2段飛ばしで階段を駆け上がり、ひたすら最上階を目指していた。

「おらぁ!」

 目の前に立ちふさがった屍人を殴り飛ばす。そして、また進む。もう18階まで来ていた。

 なんというか、ここまで余裕だった。屍人は居る。ここまで何体もぶっ飛ばしてきた。しかし、明らかに数が少なかった。そもそも階段を走れる時点でおかしいのだ。非常階段の時はそんなことはなかった。死体の上を走るしかなかったのだ。こんな風に普通に階段を上がれることなんてなかったのだ。

 何か妙だった。こんなに上手くいくなんておかしいのだ。俺のイメージではもう見渡す限り屍人で埋め尽くされているはずだったのだ。正直最上階にたどり着けない可能性も大いにあると思っていたのだ。だが、このペースで行けばあと数分とかからずに最上階に着くだろうと思われた。

 おかしい。進み過ぎる。まるで、屍人の数が意図的に押さえられているかのような...。

 いや、考えすぎだろう。そう思うことにする。恐らく、下で猛進している瞳花の方に数を割かれているのだ。俺は取るに足らない雑魚だから見逃されているのだろう。そう考えるとこれはチャンスのように思える。相手は油断しているのだ。いや、油断しているからといって勝てるとは思えないが油断していないよりはましなはずだ。

 とにかく、これなら上に着いても屍人に成るまで20分以上余裕がある。これならなんとか...。

 と、その時だった。

「ああ、追い付いてきやがった!」

 足音が聞こえた。ダンダンダンとものすごい勢いの足音。明らかに屍人のものではない。生きた人間。それも術で肉体を強化されている人間の足音。瞳花が追い付いてきたのだ。

「くそ!」

 俺はなお急ぐ。あの音だとおそらく2階か3階ほど下に居るのだろう。すさまじい勢いで屍人を斬り殺し、俺を殺すために追い付いてきたのだ。

 なんてことだ。どうしたことだ。今のお前はまるでホラー映画の怪物だぞ瞳花! つい数時間前までアホみたいなギャグみたいなやり取りをしていただろうが。なんて恐ろしいことになってしまったんだ。クソッタレ、と俺は心の中で叫ぶ。

どうやらもはや分かり合うことは不可能なのだろう。やつは俺を殺害対象としてしか見ていない。追い付かれれば殺される。逃げ切るしかない。

 俺は必死に走る。しかし、瞳花の足音はどんどん近づいてきた。狩人の術で肉体が強化されている瞳花はアスリート以上の速度で俺を追いかけてくる。このままではまずい。どう考えても最上階に着く前に追い付かれる。いや、ていうかこれだと瞳花は全然30分以内に屍遣いのところに着けるじゃないか。どうなってんだ。話が違う。

とにかく俺は逃げる。しかし、足音は近づいてくる。もう一階分ぐらいしか差はない。階層は21階。あと3階なのに。これまでなのか。運命は残酷なのか。現実に救いは無いのか。誰か助けてくれ! 俺は心の中で絶叫しながら22階の階段入り口を通りすぎる。後ろをチラリと見る。そこには合口を構えた瞳花がちょうど踊り場に出た姿があった。もはやこれまで。そう思った時だった。

「お、おわぁあああ!!」

 俺は叫んだ。瞳花に斬りかかられたからではない。目の前に大量の屍人が溢れたからだ。今まで静かだった22階階段入り口からものすごい数の屍人が溢れ出してきた。なんで今になって、と思いながら俺は身構える。だが、とうとうここで出てきたかと思いながら迎撃体制を取る。いや、ただの素人丸出しのファイティングポーズなのだが。

「あ?」

 しかし、屍人はこっちに来なかった。俺をガン無視して全員が全員瞳花に襲いかかっていったのだ。しかも数が尋常ではない。非常階段並み、いやそれ以上の数だ。濁流のように屍人の上に屍人が折り重なりながら瞳花に突撃していく。あれではさすがの瞳花も進めない。

 やはり、妙だった。このタイミングなら一緒に俺も始末出来たはずだ。なのに、屍人たちは瞳花の方だけに向かっていった。おかしかった。これはまるで、まるで俺を最上階に導いているかのようだ。

 俺は体に寒気が走った。何か得たいの知れない気持ちの悪い意思の上で自分が踊らされているように感じた。なんだかとても恐ろしかった。

 しかし、俺が出来るのは進むことだけだ。いや、だが進むのも恐ろしかった。屍遣いに負けることは恐ろしかった。しかし、それとは別にこのまま進んだらなにか他にも恐ろしいことが起きるような気がした。漠然とした、実体の無い恐怖が俺の中に湧いていた。

 だが、進むしかない。なので俺は屍人の群れ、そしてその向こうの瞳花を尻目に最上階に向かった。



 そうして俺は最上階にたどり着いた。階段を上がり最上階のフロアに入った。そこには居た。俺が目指していた怪人が。

「やぁ、待っていたよ。最高の屍君」

 そこには屍遣い、シルベット・アンダーグラウンドが目玉焼きを頬張りながら座っていた。

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