第396話 宙ぶらりんのこれから


「んじゃま、ヤマルの新たな門出に……乾杯!!」

『乾杯ー!』


 コツン、と手に持った木製のジョッキを互いにぶつければそれは宴会開始の合図だ。

 ドルンはいつも通りではあるが、自分が酒を飲むのは久しぶりかもしれない。


 あの後全員で昼食を取った後、ドルンの一声で夜に宴が開かれることになった。

 理由は先の通り、自分の新たな門出……らしい。

 まぁドルン的には飲んで騒ぎたい部分もあるだろうけど、ともあれ皆が色々と準備してくれてこうして自分が主役と言うあまり自分の記憶にない会が開かれることになった。


「はい、ヤマル」

「ん?」


 見れば酒瓶を持ち注ぐ仕草をするコロナ。

 それを見ては彼女の意図を察し少し飲んで中身を減らすと、あまり慣れぬ手つきではあるものの甲斐甲斐しく酌をしてくれた。


「今日は好きなだけ食べて飲んでね」


 ちなみに今回の宴会は仲間全員が出資してくれているらしい。

 流石に悪いとは思ったものの、主役は大人しく酌されて食って飲んどけとドルンに釘を刺されてしまったためありがたく申し出を受ける事にした。

 なお会場は急なことでもあったため、宿の一階のスペースを借り……つまりいつも通り。

 メンバーの【風の軌跡】のいつものメンツにウルティナとブレイヴを加えたこれまたいつもの二人だ。


 いつもと違うのは飲んでいるぐらいだろう。

 今日ぐらいはという事で自分もこうして飲んでいるし、コロナやエルフィも……あ。


「…………」


 恐る恐るコロナの方を見るとちょうどジョッキに口をつけているところだった。

 ヤバいと思う止めようと思うも時すでに遅し。本人も酒に弱いのは知っているだろうに、飲んでしまうのは今日が特別だと思っているからだろうか。

 そのままごくごくと……あー……。


「……ぷは」


 ジョッキの中身が空になりようやく口を離すコロナ。

 なんだろう、嵐の前の静かさと言えば良いだろか。

 どんどん膨らむ嫌な予感を感じたのは俺だけではないらしい。いつの間にか主役の自分の周りから全員が離れ退避していた。

 あのポチさえ退避する始末である。更に言えばそのポチの隣には何も知らないはずのシロがおり、よく分からないけど頑張れと言わんばかりの目をしていた。


「ヤマルぅ……」

「オーケー、分かった。コロ、まずは落ち着こうか」


 一発であかんと分かる据わった目でこちらを見るコロナ。

 じりじりとゆっくり近づく彼女から距離を取ろうと椅子から腰を上げたその瞬間、予想通り彼女が飛びついてきて再び椅子に押し戻される。


「ん~~~!!」


 ぐりぐりと頭をこちらの腹に押し付けるコロナを引きはがそうとするもやっぱりそれは無駄な努力であり……。


「はぁ……しょうがないなぁ」


 離れていった皆にやや恨みがましい視線を向けるもやっぱり憎めないほどにここにいるメンバーは仲が良くて。

 こうして騒がしくも楽しい夜は更けていった。



 ◇



「コロナさん、すぐ寝ちゃいましたよ」

「酔うとすぐ寝るのよ、前もそうだったし。にしてもエルフィは平気だったね」


 エルフィと共にコロナを自室のベッドに放り込み部屋を後にした廊下でのこと。

 今回彼女もコロナ同様お酒を口にしていたが、何故か前回の時と違い全くと言って良い程に酔うことはなかった。

 若干頬が赤みを帯びているものの喋りは普通だし足取りもしっかりしている。

 いつも通りの彼女と言っても遜色ない様子だ。


「慣れちゃったのかもしれませんね」

「そんなもんかなぁ? まぁ悪酔いするよりはよっぽど良いけどさ」


 ちなみにこれは後でマイに聞いた話になるが、エルフはそもそも出自の都合上様々な場所で対応することを考慮して造られている。

 その中には当然アルコールを含む夜会の想定もあり、基本的に酔う事はないらしい。


 では何故以前彼女は酔ってしまったのか。

 あくまで推測ではあるが、現代のお酒は残念ながら昔と比べて品質が格段に落ちている。

 その為当時基準で設計された酔いの耐性を上回ってしまったのではないかと言う話だ。

 後はその時の精神的な状態に左右されたのかもしれない。


 ともあれエルフィはその時の経験から体内で現代基準のアルコール耐性が出来、その結果酔わなくなったのではないかとの事だった。


「それではヤマルさん、おやすみなさい」

「ん、おやすみ。エルフィもゆっくり休むんだよ」


 そしていつも通り……そう、これからもずっと続くであろういつも通りの挨拶をし、それぞれの部屋へと戻る。

 室内に入れば今日は一人。ポチとシロは酔ったコロナの方へ念の為つけてあるからだ。


 と思っていたのに……


「おっかえりー」


 おかしいなぁ。コロを運ぶ時には確かに見送ってまだ飲んでた師匠であるウルティナが当たり前のように部屋にいる。

 鍵掛けてたとかもはや考えない。この人に常識など通用しないのだから……


「何か失礼なこと考えてない?」

「いえ別に」


 当然の事ですよ、と言う言葉を飲み込み、師匠に促されるままテーブルを挟む形で彼女の対面に座る。

 そのまま差し出されたガラスのグラスを受け取ると彼女は有無を言わさずワインを注いでくれた。


「とりあえずお疲れ様ってことで」


 差し出されたグラスにこちらのグラスを合わせるとチンと小気味の良い音が鳴り響く。

 そのまま口を着けると先程よりも上質な味が口に広がった。


「それでどうしたんです? 単に飲んで話す相手探してたとか?」

「んー、まぁダラダラ話すのも悪くない気分だけど、今回はちょっと真面目な話かしらね」


 そう言うと師匠はワインボトルをこちらに差し出してきた。見れば彼女のグラスは空になっており、注げと目が口以上に物語っている。


「真面目な話……ですか?」


 受け取ったボトルを傾けグラスにワインを注ぎながらそう問い返す。

 正直今このタイミングで師匠が言うほどの真面目な話が浮かばない。

 差し当たって召喚石を渡したことで世界の危機は人知れず未然に防がれた。今後人王国は足りない残りの個数分の召喚石を死にものぐるいで用意することにはなるが、少なくとも現実的には達成出来る範疇のはずだ。

 傾けてたワインボトルを元に戻しテーブルの上に置きながら一体なんだろうと思っていると、彼女はいつも通りの口調でその話をし始める。


「そ。ヤマル君、正直なところこれからどうしようみたいな事は考えてるんしゃない?」

「それは……」


 相変わらず自分の事のように核心を突いてくるなぁ……。

 師匠が言うように現在の自分は目的が完全に無くなってしまった。

 もちろん生活するためにあれこれと考える必要はあるのだが、そうではなく今の自分にはぽっかりと穴が空いている感じだ。


「……そうですね。でもこればかりは自分で決めたことですから」

「まぁ君ならそう言うと思ったわよ。だからね、あたしから可愛い可愛い愛弟子の為に今回頑張ったご褒美としてソレをあげようかなって」

「また何か悪巧みの片棒担がせようとしてません……?」

「そんなこと無いわよー」


 けとけとと笑いながら手を振る師匠だが、正直怪しいことこの上ない。

 何となく嫌な予感はするものの、悲しいかな"聞かない"と言う選択肢はないのだ。

 一体どんな話が出てくるやら……一応心構えだけはしっかりと持っておこうと意思を固め、彼女の次の言葉を待つ。

 しかしその口から出たのは予想もしないものであった。


「まぁ上手くいけば君のご両親に手紙出せるわよ」


 唐突に落とされた爆弾発言。

 その威力は自分を固まらせるには十分であり、そんなこちらの様子を見て師匠はとても満足そうな笑みを浮かべていた。

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