第394話 騙し騙され騙し合い(後)


 拘束が解かれ胸に剣が刺さったままの男が多少よろめきながらもしっかりと二の足で大地を踏みしめる姿が見えた。

 その様子から瀕死はおろか怪我すらしていないという事が自分にでも分かる。


『あんたもアホね。ちゃんと周り見てれば気づいたでしょうに……ねぇ?』

『あー、まぁそうですね。コロ達が見てるだけの時はちょっと焦りましたし……』


 どう言う事だ?

 俺が騙されたのは理解した。突発的な猿芝居を打たれたのだろう。

 だがあの獣人達がどうしたと……チ、そう言う事か……!


『気付いたかしら? 気付いちゃってくれた方が煽り甲斐あるからそっちの方がいいんだけどねー。あの子達ならあんなことをヤマル君がしたら絶対止めようとするもの』


 そう、ヤマルの中に居た期間だけでも分かる。

 ドワーフの男はともかく、あの獣人とエルフはヤマルが自死しようものなら必ず止めに入る。それだけの好意を得ているのは短い間ではあったが感じ取れていた。

 しかし彼女達は動かなかった。止めの言葉すらかけなかった。

 つまりこの場にいる全員がヤマルのあの行為が嘘であると知っていたのだ。


 しかしどうやって……?

 少なくとも奴の体に入ってからその様な話は無かった。つまり今回の件はヤマルの突発的なアドリブの線が高い。

 性悪を具現化したようなウルティナならば意図を汲み取る事も出来るのだろうが、正直そうなあちらの二人が騙し芸であると看過したとは思えない。


 あの魔女が何らかの指示を出した……?

 いや、もしそうならあの二人が止めるフリをするはずだ。演技が出来ないと見てあえて何もさせなかったと言う線もあるが、即座に先ほどのセリフを思い出しその考えを否定する。


 何故…………



 ◇



 正直自身の中にレイスがいるなんて思いもよらなかった。別の魂が入っていたというのに全く何も感じない。

 違和感のいの字すら思わせないあたり本当にぞっとしてしまう。


「あんたもアホね。ちゃんと周り見てれば気づいたでしょうに……ねぇ?」

「あー、まぁそうですね。コロ達が見てるだけの時はちょっと焦りましたし……」


 拘束を解かれ軽く体をほぐしてると師匠から声がかかり正直な感想を返す。

 あの魔石に自分の中にいたレイスがいるらしいが……自分からは何も感じ取ることは出来ない。ただ師匠が話しかけてるのだから声は届いているんだろう。


「気付いたかしら? 気付いちゃってくれた方が煽り甲斐あるからそっちの方がいいんだけどねー。あの子達ならあんなことをヤマル君がしたら絶対止めようとするもの」


 そう、正直一番ドキドキしていたのはそこだ。

 もちろんこっちが急に始めた茶番、あの二人にこっちに合わせるのを察せは無理があるのは分かっている。まるで当たり前のようにやり取りをした師匠が異常なだけで、コロ達の反応の方が普通だという事も。

 結果的にレイスはその点に気付かず出ていってくれたわけだが……。


「多分何故?って思ってるわよねぇ? いいわよいいわよ、存分に悔しがりなさいな」

(わっるい顔してるなぁ……)

「そこ、悪い顔してるとか思ってないでこいつに見せてあげなさい」

「心読むの止めてもらえません?」


 触れられなきゃ大丈夫と思ってたけど射程増えたのだろうか。

 ともあれ一度自身の胸に刺さった……いや、実際は刺さってない剣を一旦抜き、代わりに《軽光剣》を一振り生成。

 師匠がこちらに魔石を突き出しているので、それに見せるように「この剣はちゃんと斬れます」と切っ先を地面に刺しその証拠を見せる。


「まぁ皆は知ってるけど、これで胸刺したらこうなるのよ」


 そのまま先ほど騙したように剣を浮かし切っ先をこちらに。そして《軽光剣》を自分の胸に目掛け射出する。

 だがその剣はキィンと甲高い音を立て身に着けた鎧に弾かれるだけであった。


「一見どこにでもある皮鎧だけどちょっと特別性でね。そんじょそこらの武器程度じゃこうなるのよね」


 竜武具製作の一端として自分の鎧は竜合金を表面に塗布した処理を行われている。

 もちろん純粋な竜合金武具より劣るものの、その効果は絶大だ。《軽光剣》はおろか、よほどの武器でない限り刺すことすらままならないだろう。

 特にコロの防具と違い自分のは皮鎧がベースになっているため、見た目とのギャップがより顕著になっている。


 そしてこの事は【風の軌跡】の面々であれば全員知っている。自分がいくら強化した《軽光剣》で胸を刺そうとしたところで傷一つつけることは出来ないのだから、彼女たちが慌てることは無いのだ。


 ただし、これを行うに当たり一つだけ懸念点があった。

 "レイスが鎧の事を知っているかどうか"。この前提があってこそのあの茶番劇だ。

 もちろん自分の中で"レイスはこの事を知らない"と判断したからこそ行動に移せた。


「ま、そーゆーことよ。にしても……ヤマル君、よくこいつがソレのこと知らないの分かったわね」

「まぁ……師匠に散々叩き込まれましたからね」


 『とにかく考えなさい』。これは師匠から口酸っぱくどころか文字通り叩き込まれた教え。

 ちなみに自分の頭が良いから考えを巡らせろ、と言う意味ではなく、自分は色々と不足しているものが多いのだからせめて思考だけは絶対止めるなと言う意味らしい。


 今回レイスを騙す為に一芝居打ったが、レイスが鎧の事を知っているか否かが焦点に当たる。

 そして以前師匠やマイとレイスについて話したとき色々な事を聞いた。その中で今回必要そうな情報は次の二点。

 ひとつ、レイスは宿主の過去の記憶を遡れないこと。ただし憑依中……つまり一緒にいるときの知識や記憶は宿主と共有できる。

 ふたつ、レイスは宿主の能力を扱えない可能性があること。この能力は特別な力のみならず、魔法や技術的な部分を含むらしい。

 後者については今回実際に憑依されたことで確定になったが、ともあれこの二点が重要だった。


 自分がレイスが憑依していたと完全に理解したのはコロからヘッドバッドを食らう直前。彼女に向けて刃を向けた時に自分はこんなことしないと自覚した。

 その後意識が途絶えたがすぐに気が付くことが出来た。ただしその時すでに体の主導権はレイスにあり、感覚としてはまるで夢遊病とでも言えばよいのだろうか。

 意識ははっきりしてるのに体の感覚が全くない。


 この時だ。

 どうしよう、と思うより早く状況の把握と打開に思考が走ったのは。以前の自分なら絶対迷ったりして二手も三手も後手に回ってただろう。

 そしてレイスに何時憑依されたのかを考え、こんな大騒動になった切っ掛けである魔道具の破損を思い出す。

 レーヌに何故か弾かれたあの時、壊れた魔道具を見て何故かは分からないがすぐに帰らねばと思ってしまった。

 その時は焦りか何かだろうと思っていたが、今にしてみればレイスの強制力が働いたのだろう。

 つまりあの魔道具を渡した貴族が前のレイスの宿主であると当たりを付け、以後武具について口にした事は多分ない……と判断。

 そしてあの茶番を展開した次第だ。


 ……師匠なら多分のってくると思ったし。


「しっかし、アレねぇ。やっぱヤマル君はあたしの弟子ね」

「? そのつもりでしたけど……」

「あぁ、そうじゃなくてね。コイツの魂の引きずり出し方、最初あたしがやったとの殆ど同じなのよ」

「そう言えばそうだったな。こいつもレイスを似た方法で騙してたぞ」


 マジか……。

 いや、別に嫌ではないんだけど(性格はともかく)才女である師匠と似たような部分あるのは意外だ。


「あたしのときはコイツの腕を胸からズボーって」

「え゛?」

「あぁ、もちろんフリだったぞ。背中から入れて腹から出すフリだな」

「フリ……?」


 何をどうやったらそんなトンデモな事をフリで出来るのだろうか。

 ……出来るんだろうなぁ、トンデモが服着て歩いてるような人達だし。気にしたら負けだな、うん。


「……ヤマル君、それでこれからどうするの?」

「どう、とは……?」

「いやまぁこの後片づけもあるんだけど、色々はっちゃけたでしょ? ま、暴走自体はあたしの方から口添えしてあげるけど、ヤマル君はどうするのかなぁって」

「……そうですね」


 成り行き暴走みたいな感じとは騎士団の一部を倒して変な隊長を一方的にボコボコにした。

 それに対して後ろめたい気持ちはあるが、師匠が聞いているのはそこではないだろう。


 結局、自分は日本に戻るのか戻らないのか。


 今回の件で自分の決断に影響がでないのかと師匠なりに気にしてくれてるんだろう。普段おちゃらけてはいるが、こういう時は真面目になる人だし……。

 

「まぁその辺は大丈夫です。実はもう決めてるんですよね」

「あら、そうなの?」

「はい。流石に今夜はこんな状態だから無理ですが、落ち着いたらちゃんとやりますので」



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