第393話 騙し騙され騙し合い(前)
レイスは他の自分が消されるのを察知してから、そして野丸の中に侵入してからもずっと考えていたことがあった。
何故あのウルティナは他の自分達を見つけることが出来たのか。
魂についてレイスは己が第一人者であると自負している。
魂とはその者の本質が色濃く出るものであり、似通った魂はあれど同じ魂はない。
もしかしたらウルティナはそれに気づき……つまりレイスの魂を判別できるようになったのではないか。
しかしその場合"レイスの魂"そのものをどうやって見分けているのか、と言う疑問が残る。
そもそもこの魂の違いと言うものは魂のことを良く知るレイスだからこその知見。他者がその考えに行きついたとしても、それが確信に至る為には実際その目で見るか感じるしかない。
そして現状その能力があるのがレイスだけなのだ。
ではどのようにして、とまた最初の疑問に戻ってきてしまう。
魂の違いを感じたり認識することは出来ない。しかし現に他のレイスはその存在を察知されている。
その何らかの方法を見破る事が出来れば、かの魔女に対しても一矢報いることが出来るのではないか。
そして考えに考え幾夜も頭を悩ませ……ふと、ある時何の拍子も無く気付く。
そもそもウルティナはレイスそのものを知覚しているわけではないのではないか、と。
例えば……そう、魂の量とでも言えばよいだろうか。
通常一つの命に一つの魂が宿っている。しかしレイス自身がそうであるように、他者へ憑依することでその魂の量が二倍になる。
その二倍であるか否かで判別しているのではないか。
この様な能力持ちはそういるものではない。悠久の時を過ごしたレイスとて出会ったことは無い。
故に魂の量が多い体=レイスが潜んでいると当たりを付けているだけではないか。
しかしそれに対する正確な答えは出ない。
この力、とても有用なのだがあくまで体に違和感なく潜み魂の本質を歪めるだけのもの。無理をすれば多少なりと強引に体を操作できるが、強制力はそこまでしかない。
宿主の能力を使ったり、過去の知識や体験を引っ張ってくることは出来ないのだ。
これまでウルティナとヤマルの会話からはその様な話は出てきていない。過去にあったかもしれないが、レイスがそれを知る術はない。
力を使いそれとなくヤマルに聞くように誘導しようものなら、勘のいいウルティナに看過されてしまうことは十二分に考えられるためそれもままならない。
(まぁ総量での判別で合っているだろう)
魂の識別は最低でも"レイスの魂はこれである"と言う明確な答えが手元にない限り判断できない。
レイスとてその辺りに浮遊している魂を"〇〇の魂"と断定することが出来ないのだ。自身より知見も能力も劣るウルティナがそれを使用している可能性は限りなく低いだろう。
だからもし今後ウルティナに捕捉されそうになったら、その時は他の魂を盾や囮にして逃げれば良い。
如何に彼女とて、どの魂がレイスの魂なのか判別できないのだから……。
◇
(予想外も良いところだ!)
悪態の一つでもつかないとやってられない程の暴挙。この馬鹿、俺を追い出すためだけに自分の胸に剣を突き刺しやがった!
ギリギリの綱渡りだった状況が一転、ヤマルによってその綱をぶった切られた。
気分は真っ逆さまに奈落の底へと落ちるイメージ。
だが……
(まだだ……!)
まだ終わっていない。
向こうが予想外の動きをするならこちらも予想外の動きで対抗すればいいだけのこと。
そもそも、だ。あいつらは自分に比べ死や魂について疎い。むしろこの俺以上にその知識や経験を有する物はいない。
一口に死んだら肉体から魂が出ると言っても、どのタイミングなのかは自分以外知る術もないだろう。
心臓が動かなくなったら魂が出るか?と言われたら断じてノーである。
死亡後、魂がその本質から肉体に戻れぬと判断してようやく抜け出るのだ。
その為遺体の損傷が激しいものほど早い傾向にある。
また即死だったとしてもすぐに出るものでは無かったりと様々なパターンがあるのだ。
今回の場合、ヤマルは心臓を自身の魔法でひと突きした。
即死ではないだろうがすぐに息を引き取る暴挙。見たてではもって三〜五分といったところか。
だからこそ俺は
なにせこいつの魂に結びついている以上このままでは同じタイミングで強制的に排出されてしまう。
その場合性悪魔女に捕まる確率は単純に半々……いや、魂単独で自由に動ける自分が逃げれる確率が高い。
しかしこの男は言っていた、悪運が強いと。
命を賭するほどの自信。控えめな性格のこの男がそこまで断言し、しかも魔女に後を任せたと言った。
まず何かしらあるのだろう。自分が知らない何かが。
だからこそあえて今を取る。
あいつからすればヤマルと一緒に出ることで半々の確率に賭けると思っているだろう。下手に焦り単独で外に出たらその瞬間捕らえられるのは目に見えている。
(だからこその今!)
今なら手近にいる誰かに入る事が出来ると判断。向こうがその様に策を練るならその策を逆手に取って先手で動いてやる。
次の憑依先。魔女とあの魔王は論外。魔力適性が高いエルフは今は危険と判断。
残りは獣人とドワーフに戦狼が二匹。この中で魔力適性がより低く、精神的に未熟なのは……
(仕方ないが戦狼か!)
剣が胸に刺さり四肢が固定されているが故に頭だけが力なく垂れさがるヤマルからすっと抜け出す。
予想通りあの狼は全く気付いていない。そして魔女も未だ石をヤマルに向けて構えたままで魂だけの無防備状態である自分が見えていない。
いや、もしかしたら気付いているかもしれないが俺かヤマルかの判断がついでいないだけなのかもしれない。
ならば悠長にこの場に留まる事は下策も下策。早急に戦狼へと憑依することを決める。
この事はすぐにバレるだろう。だが今回の一件でヤマルが無駄死にをしたと言う事実が次の手段に対し二の足を踏ませるはずだ。
だから俺はまだ首の皮一枚繋がって――
(……あ?)
一瞬の暗転。その直後に視界いっぱいに広がる水晶のような紫色の壁。
一体何が、と思い直後に思い至る。あの魔女に捕まったのだと。
何故バレた? 俺は賭けに負けたのか?
しかしあの時誰も気づいていなかったはずだ。
『あーあー、聞こえるー? ざーんねーんだったわね~』
空間に響き渡る非常にムカつく女の声。誰の声なのかは言うまでもない。
『勝ちを確信したときが一番の狙い目なのよ。もしかして気づいて無いと思った? そんなわけないでしょ。最後の最後、あんたが勝ちと思い込みあたしから意識を逸らすその瞬間を狙ってたのよ』
やられた……!!
確かに勝ちを確信したあの時、この魔女から意識を逸らした。いくら気付いていないと思っていたとはいえ、無防備状態で目の前にこの女がいるのに意識を他に逸らすなど……!
気持ちが逸っていたとは言え俺は何故……。
『あ、ちなみにそっちの声も顔も特に見聞きできないからとりあえず聞いてるってことで話すんだけどね。ほい』
すると目の前の壁の一部に丸い穴……いや、これは……映像か?
恐らく魔石から見た外の光景。そこからは未だ胸に剣が突き刺さったヤマルの姿が映し出されて……は?
『ヤマル君、もういいわよ。捕まえたから』
『あ、はい』
ウルティナの呼びかけに瀕死のはずのヤマルの顔が何事もなく上がるのが見えた。
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