第392話 死か消滅か


「さぁ選べよ。こいつごと俺を滅ぼすか、それとも指を咥えて見ているかをな」


 くく、選ぶことはできまい。

 こいつら殊更このヤマルのことを可愛がっている。更に言えば心情面を外したとしても、現在こいつのみが中央管理センターへのアクセス権限を持っている。

 この状態で害しようものなら今後マイの協力を得られないどころか敵対関係になりかねないだろう。

 場合によっては神殿勢力や、それこそそこの女王が黙ってはいまい。


 無論それらすべてが敵に回ったところで問題無いのがこの二人だ。

 一応この魔王は当人はともかく所属の魔国と人王国がゴタつくのは良くは思ってないだろう。基本アホで突飛な事をするが常識が無いわけではない。

 少なくとも二百年前はまだマトモであったのはこの目で確認している。


 残るはこの魔女であるが……。


(くく……よっぽど大事なのだろうな。こんな矮小なヤツに何を執着しているのやら)


 先の通り権限持ちなど有用性はあれど、ヤマル当人はさほど大した人物ではない。

 自身と同じ異世界人と言うカテゴリーではあるが、それ以外で言えば特に目立った能力もない一般人に過ぎない。

 だがそれでも今現在この体を蔑ろにされない状況はありがたい。首の皮一枚繋がった状態ではあるが、少なくともこの魔女ですら自分に手を出せないと言う証拠である。

 今はこの体にいるからこそ身の安全……もとい魂の安全が確保されているようなもの。

 囚われの身ではあるが後は隙を見て何とか脱出を試みるとしよう。

 無論難しいことであるこは重々承知している。しかしこちらはこのヤマルの体が生きている限りは時間がある。

 寿命尽きるまで見張られる、なんて可能性もあるが、果たしてこいつらがこの男に対しそこまで非情になりきれるだろうか。


「そうねぇ……」


 腕を組み、しげしげとこちらを見る魔女。

 あの頭の中でどの様な算段を立てているのか分からない。しかし手が出せない以上、まだこちらの安全は確保されたようなもの……


「レイス。あんたうちの子の事ナメすぎなんじゃない?」


 しかしそんな魔女から紡がれた言葉は意外な一言。

 舐めてはいない。適正な結果、ヤマル自身は然程脅威ではないと判断しただけだ。

 そもそも只人のこの男の何を舐めると言うのか。


 そんな怪訝な思いをしていると、ふと……気付く。

 それは本当にたまたまであった。

 魔女の後方、かの魔王の背にいるヤマルの仲間。エルフの女の子の顔が少しだけ上がったのだ。

 目元は隠れているが間違いない。何かに気づいた様に視線を向けた動作。

 瞬間、嫌な予感がし唯一動く頭を即座に左に振る。その直後、視界の端に何かが駆け抜けるのが見え右頬に鋭い痛みが走る。


「ぐぅっ……?!」


 生暖かいものが右頬を伝わる。

 目線だけをそちらに向けると地面に光の剣が突き立っており、それが何なのか理解して思わず冷や汗が流れる。


「あら、よく避けれたわねー。黙ってればそのまま脳天貫いたでしょうに」

「おまっ……? バカか! 死ぬぞ?!」

「だから言ったでしょ、ヤマル君のことナメすぎだって」


 つまりこの男は自ら手を下そうとしただと……?!

 バカか! 魂だけでも単独で存在できる俺と違って他の奴は当然そのまま死を意味するんだぞ!


「ほら、ヤマル君起きてるなら早く表に出てきなさい」

「そんなの出せと言われて出す「あ、あー……」ぐ、こいつ……?」

「おやおやぁ、レイスさん? 乗っ取りとか強引なことしてるから能力に綻び出来てないですかー?」


 腹立つ……! このクソ魔女、これ以上はないぐらいの煽り笑顔しやがって腹立つぅぅ……!!

 しかし言っていることは正しい。俺の能力は魂に寄り添い相手が違和感を持たないように仕向けることが本質だ。

 当然今回の様に乗っ取りレベルともなればこの男程度の耐性とて激しく消耗もする。ヤマルが表に出かかっているのはそのせいだ。


「ヤマル君、出れそうー? 何なら数発ぐらいなら杖で殴るけど」

「ぐ、こ「ちょっと、キツいですね……」」


 駄目だ、元々人の体と魂は一対。俺が無理矢理やるよりも元の持ち主が優先されるのは当然のこと。

 そもそもこうして外に出れるのは宿主の精神が気絶していたり寝ていたりする場合が殆どなのだ。反応したという事は目が覚めてしまったのだろう。

 何とか黙らせようとするも中々上手くいかない。


「んー、苦しいとか?」

「や、何と言うか……三徹して昼飯食った後ぐらいの眠気と言うか……油断すると意識持ってかれる感じ……」

「まぁ意識引っ込んでても魔法は使えてたわね? 体は?」

「魔法は割とスムーズで邪魔されませんが、体があんまし……」

「ほうほう。となると魔法は肉体にではなく魂や精神に定着するものなのかしら。棚ぼただけど面白い事聞けたわねー」

「何が面白いか!!」


 再び表に出るが魔女はそんなこちらの様子を見てクスクスと笑うだけだ。


「だって面白いじゃない。何の変哲もない子にあんたが振り回されてるなんて」

「ぐ……」


 確かに今でもゴリゴリと力が消耗されているのが分かる。

 しかしこれはヤマルが特別だからではない。意識が覚醒している状態ではどうしようもないことだ。

 むしろこの状態で表に自分が出ていられる方が稀である。この世界基準の人間であればそうはいかないのだが……。


「……師匠、次は外さないんでお願いしても」

「分かってるわよ。しっかりね」


 再びヤマルが表に出てそう言うと、それに応えるかのように縛られている鎖の力が強まり更に磔のような状態になる。

 首から上と手と足首から先は動くがそれ以外じゃどうにもならない。


「お前、何を……「幕引き、だよ。あんた俺が死んだら表に出るんだろ……?」」


 足元にあった光の剣が消え、代わりに目の前に光の玉が三つ浮かぶ。そしてその玉がすべて消えるとその代わりとばかりにもう一振りの剣が現れた。

 ヤマルの中で何度か見ている光景。あれは魔法を強化するやつだ。

 それで作られた剣の切っ先がこちらを……それも頭ではない。完全に固定された胴体、それも心臓部あたりに狙いを定めている。


「このままじゃあんたに良い様にされるだけだし皆危ないんだろ?「ッ、バカか! そんなことすればお前は確実に死ぬ! だが俺が確実に滅ぶことはないんだぞ!」」


 自分とて危険な状況。だが逃げられない可能性が無いわけではない。

 もちろんこんなことすれば更なる苦境に追い込まれるのはこの男とて分かっているだろうが、だからと言って自分の命と引き換えにするのは明らかに考えがおかしい。


「……大丈夫、師匠なら上手くやってくれますよね?」

「とーぜん」

「この馬鹿師弟が! お前の魂がこの女に消されることだって「ないよ」」


 言い切った。きっぱりと、はっきりと誰にでも分かるように。

 何故そう言える? 命を対価にする信頼性か何かあるとでもいうのか。


「あんたは知らないだろうけど……俺、割と悪運強いっぽいしさ。これまでだって何だかんだで上手くいってきたんだ。だから今回も絶対上手くいく。そこに師匠が加わるんだから賭けにすらならないよ」


 そんな非現実的なことに……。


「まぁこの世界的にも悪くないでしょ。あんたは滅ぶ、結果世界は救われる。万々歳じゃないか」


 だがその万々歳にこの男はカウントされていない。

 それを知ってなお……何がそこまでさせると言うのか。


「救世主組のハズレ枠が文字通り世界を救うとか皮肉効いてると思うけどさ。……んじゃ、師匠」

「ん、後は任せておきなさい。あなたは何も心配しなくていいわよ」


 目の前の魔女が明らかに何かを封印するかのような魔石を構える。

 説明されるまでもない。どう考えてもアレは魂を封印する物。捕らえられたら二度と出てはこれ無いと本能が訴えている。


「じゃあな、レイス」


 そしてそう一言。

 こちらが止める間も無くなかった。

 この男はさも当たり前のように剣を勢いよく引き寄せ、その切っ先が寸分たがわず鎧を貫き心臓部に吸い込まれていった。


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