第391話 ヤマルが止まって……


「おーおー、ありゃ痛そうだなぁ」


 チャプチャプと未だ水の牢獄に捕らわれたままのドルン。視線の先ではコロナのヘッドバッド直撃した野丸が仰向けで大地に伏すところであった。

 そして彼が倒れると同時に展開されていた魔法が霧散し、ドルンの周囲にあった水も形を失い重力に従って広がっていく。


「ふー、やっと解放されたか。おい、そっちは大丈夫か?」

「まだ目がくらんでますけどなんとか……」


 腕を軽く回しながらエルフィリアの方へと近づいていくドルン。彼女はまだ野丸の魔法の影響がまだ抜けていないようで左手で目を覆っている状態だった。

 しかし右手では杖を掴んで構えており、先ほど野丸の《軽光盾》を砕いたのが彼女である事を物語っている。


「やっぱお前の魔法だったか。しかし見えない中で良く場所が分かったな」

「目は開けませんけどアレで……」


 アレ、と彼女が杖で指し示すその先。丁度野丸達の直上に『飛遠眼フライングアイ』が全体を俯瞰するように浮いている。

 ウルティナ作のあの魔導具は術者であるエルフィリアの目とリンクしている。ただ……


「……見えるのか?」


 あくまで視界をリンクするだけの魔導具。目が眩んだ場合はどうなるのかとドルンが問うと、エルフィリアが先の事も踏まえて説明を始める。


「あまり良くないですがなんとか……でも瞼が開かない部分は強制的に無視出来ますので。後はコロナさんが気付いてくれたのでタイミングを合わせました」


 そうは言うものの彼女の言っている事はかなり難しい。

 何せ打ち合わせもないぶっつけ本番。それもコロナがエルフィリアの魔導具に気付き、そして突撃に合わせて彼女が魔法を撃つと信頼しているからこその連携だ。

 おまけにどんな魔法で砕くか、そこからどう回避するか、果ては魔法の起点位置から野丸を動かす必要すらある。

 ドルンは気付いていなかったが、野丸が何も対応できなかったのは彼よりも先に同じ場所にエルフィリアが魔法を展開したからだ。

 結果魔力の低い彼では干渉する事ができずコロナの接近を許すことになった。


「……しっかし制限付きとは言え三対一でやっとか」


 コロナに押さえつけられ地面に大の字で寝そべる野丸。

 自他共に認める程戦闘能力が無いと言い張っていた人物。だがその相手に三人がかりでようやく止めることが出来たこの事実にドルンはふぅと息を吐く。


「お、やっと終わったみたいね。ご苦労様ー」


 そんな中、後ろからのんびりとウルティナが彼らの下へとやってきた。

 ドルン達がそちらに目を向けると後ろの方でブレイヴが転がった騎士達を次々と運んで……いや、乱雑に投げ捨てるように一か所にまとめている。


「遅かったな、もっと早めに手を出すと思っていたが」

「こっちはこっちで色々準備があったのよ。まぁ皆のお陰でそれも済んだけどね」


 そう言うとウルティナはどこからともなく杖を取り出しその場でトンと地面を軽く叩く。

 すると野丸がいる場所を中心に半ドーム状の薄い膜が生成され、徐々に外側へと広がっていく。


「これは?」

「レイス逃がさない為の檻みたいなものよ」


 薄い膜はそのままドルン達を通過しいつものメンバーを内に取り込んだ辺りでその広がりを止めた。

 そして程なくしてブレイヴが当たり前のように中に入り、そのまま促され全員が野丸の下へと歩いていく。


「コロナちゃんもお疲れ様。都合よくヤマル君の意識飛ばしてくれたのは助かるわー」

「いえ、その……ヤマルがやれって言うから無我夢中で……」


 知ってるわよ、とウルティナが言いながらコロナを野丸の上からどくように指示を出す。

 あの時、無防備なコロナの背に向けた《軽光剣》は確かにコロナに害以上を成す行為だった。あのような事、普段の野丸では絶対に起こさない。

 浸食が結構進んでるのか、はたまたレイスが使う力を強めたか。


(ま、出てきてもらえれば分かるわね)


 再びウルティナがトントンと杖で地面を叩くと、いかなる魔法なのかそこから魔力で出来た鎖が数個出現し野丸の両手首と足首を固定していく。

 彼女とブレイヴ以外がそこまでするか?みたいな顔をしていたが、むしろウルティナ達からすれば宿主の体に余計な事をされない為の必須事項である。

 そのまま鎖によって野丸の上体が引き上げられ、まるで鎖に繋がった囚人のような格好になった。


「さてと……コロナちゃんはちょっと離れててね」


 準備が出来たとばかりにウルティナが前に歩み出てそう言うと、コロナは不承不承気味であったものの大人しく野丸の上からどきそのまま引き下がる。

 そうして野丸に相対するように正面にウルティナが立ち、その後ろに他の面々を護るかのようにブレイヴを配置。

 コロナやポチたちは彼より前に出ないようにと念を押され成り行きを見守る形となった。


「ほら、レイス起きなさい。ヤマル君寝てるんだから話せるでしょ」


 杖の先で野丸の頬を突きながらウルティナが問いかける。

 するとそれに呼応するかのように野丸の目が開きゆっくりと顔をあげた。


「…………誰?」


 その顔を見たコロナが思わずそう声を漏らす。彼女の言葉は他の人の代弁でもあった。

 確かに顔は間違いなく野丸である。別に顔の造形が変わったとかその様なことは一切ない。

 しかし身にまとう雰囲気、顔をあげるだけの仕草からでもまるっきり別人であると感じ取れたのは付き合いの長さからくるものだろう。


「くく……久しい顔だな」


 声は野丸そのものなのに口調も発音も全く異なるその言葉に違和感が一気に増大する。


「うっさい。こっちはもう見飽きてんのよ。どんだけあんたの魂回収したと思ってんの」

「だろうな、もはや他の俺から連絡が途絶えて久しい。恐らく全て狩られたんだろう」

「そう言う事よ。もうあんたの逃げ場はどこにもないの。観念してとっととその子の体から出てきなさい」


 やれやれと言った様子のウルティナだが、対するレイスは笑みを浮かべたままであった。

 彼女の言う通りもはやレイスに逃げ場はない。物理的に逃げる事も適わず、能力を使おうものなら目の前の魔女が黙ってはいないだろう。

 だが彼はその余裕の態度を崩すことはなく一同を見つめている。


「やりたければやればいいだろう、伝説の魔女と謳われた同じ異世界からの来訪者よ。この体から魂を抜き取り好きにするがいいさ。ただ……出来るものならなぁ?」


 くく、と笑う事を止めないレイスだがその言葉の意図は明確である。

 少なくとも出来るならとっくに目の前にいるウルティナがそれを行っている。すでに他のレイスは彼女の手にかかった。

 それが如何様な手段なのかはこのレイスには分からない。しかし強制的に引きずり出すことは出来ないのだろうと当たりを付けていた。


「もしくは……分離することが出来ないあたりか? 引きずり出しても良いが俺と野丸こいつの魂は結び付いているからな。レイスの魂おれを出せば一緒に野丸の魂こいつも出てくるが……その意味も当然分かっているよなぁ?」


 レイスは当人の能力で肉体を失っても魂だけでも活動は出来る。無論活動限界はあるが、少なくとも肉体の死=レイスの死ではないのはウルティナもすでに知るところだ。

 しかしレイス以外の魂はそうはいかない。確かに魂としてそこに存在はしても肉体に戻る術がない。

 故に現状レイスを引きずり出すことが例え可能だったとしても、それは野丸の死に直結する。

 もちろんこの状況ではそうなった場合レイスもウルティナの手により封印後完全に浄化されることになるが、前述の通り現在の宿主である野丸の死の上に成り立つ成果となってしまう。


「出来ないよな? 少なくとも俺の知るウルティナお前はやるときは絶対にやる。問答無用でな」


 それは過去にやられた経験による言葉。実体験に基づくからか、セリフの端々が現実味を帯びている。


「さぁ選べよ。こいつごと俺を滅ぼすか、それとも指を咥えて見ているかをな」



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