第389話 野丸vsコロナ


 こうして手際よくドルンを封殺した野丸だが、何故彼はここまで手際良く事を進めることができたのか。

 もちろん野丸の魔法の汎用性の高さと彼の頭の回転が……ではない。多少なりともその要素はあるかもしれないが、それ以上の部分を占める理由がある。

 それは前準備。所謂『コロナ達と戦う事を想定していたか否か』だ。


 野丸はしていた。もし自身が一人の時に仲間たちに刃を向けられるようなことがある場合を。

 何故ならそれは野丸が考えうる中でだからである。

 頼れる味方が敵に回り一人でどうにかしなければならないのはもはや詰み状況だが、だからと言って諦めるわけにはいかない。

 もちろん野丸自身皆が敵に回るような事があっても、今回の様に自発的に敵対するとは思っていなかった。

 剣と魔法があるこの世界。RPGもやっていた野丸からすれば"混乱"や"魅了"など何かしら状態異常を食らった際の想定だった。

 もしくは魔法的な何かで操られている等だ。

 そんな警戒をしていた野丸自身が現在操られているような状態なのは皮肉に近いものがあるが、ともあれ彼は戦う想定をし対策を考えていた。

 ポチやシロがどっちつかずでいないだけ最悪な想定よりはまだマシだろう。


 そして現在ドルンを封じ、エルフィリアは未だ目のくらみから立ち直れていない。

 そんな中、パン、と聞き覚えのある破裂音が彼の耳に届いた。



 ◇



(早いなぁ……っ!)


 もう少しよろけてて欲しかったけど、ドルンを動けなくするまでもったのはまだ僥倖か。エルフィリアもまだ動けないし、ポチとシロもこちらに来る様子もない。

 一番ちょっかい掛けてきそうなウルティナとブレイヴは今回こちらの味方……正確には帰ることに対し手を出さないから静観してくれているのが最大の幸運だろう。

 色々と不幸が重なったが、その反動が今きている。つまりコロナをなんとかすればまだ道は残っている……!


(対コロナ戦術は……)


 ずばり面制圧。

 素早い彼女を自分が追うことは絶対できない。こちらの魔法の速度もコロナは平気で振り切るし余裕で回避する。

 当然|中央焦点撃《セントラルストライク》のような必殺技など愚の骨頂。

 《龍脈砲レイラインバスター》自体の速度はコロナですら回避出来るものではないが、いかんせんその特性上銃口を彼女に向ける必要があり、そしてその動作そのものがコロナより早く動けないのでやっぱりこれも当たらない。

 ……まぁよしんば当てれるとしても当たれば死ぬようなものを使うつもりはさらさらないけど。


 よって取る手段は先の通り面制圧となる。

 そして自分が取れる面制圧の手法はすでにウルティナとの修業時に学んである。


「ッ!」


 魔法の展開と同時に上空……丁度コロナが飛んでいたであろう場所から複数の小さな爆発音。そちらに顔をあげると、丁度コロナがこちらから距離を取るような軌道で離れているのが見えた。

 そのまま彼女は元々居た位置へと着地する。多分自分が隙をついて立ちふさがっていた道を抜けられるのを嫌がったのだろう。


「悪いね。コロみたいな相手に向けたやつだけど……効果あるみたいだね」


 まだ先ほどの大音量の影響はあるらしくこちらを見るコロナの体は若干傾いている。

 そしてそんな彼女がこちらを見る顔はまさに信じられないものを見るような驚愕の表情。

 それもそうだろう。むしろ驚いてくれなきゃこっちだって困る。


 まず今の自分の周りには《軽光魔法》で作った大盾が三枚。しかもこれ見よがしにとばかりに全てから紫電が時折漏れ出していた。

 分かりやすく触れば感電しますと言わんばかりに。

 もちろんこの世界の住人に感電と言う概念はない。しかし先ほど騎士団相手にやったばかりのこの事象、名前は知らずともどうなるかはあの場にいた全員には深く刻まれているだろう。

 特にコロナは遠距離攻撃を一切持たない。

 必殺技である《星巡ほしめぐり》なら自分にも届くだろうが、あれは《龍脈砲》と一緒で威力がありすぎるため使うことはない。その証拠に彼女は"牙竜天星ガリュウテンセイ"を抜く事なく鞘ごと構えている。

 そのため攻撃するにしても直に触れる必要がある以上、どうしても二の足は踏むと言うものだ。


 そしてもう一つ、恐らくコロナが一番驚いているのが目の前に広がるこの光景だろう。

 盾の外側、水玉模様もかくやと言うぐらいに浮かぶ多数の光の玉。それらが《軽光魔法》の光で包まれた氷のつぶてであることは、先ほどの爆発を受けたコロナが一番理解しているはず。

 もちろんこのサイズの礫の衝撃波ではコロナに対して大したダメージにはならないと予想してる。第五騎士団隊長あのバカと違いコロナは基本身体強化を使用しているし、そもそも獣人だから人間よりも身体性能が高い。

 しかし小柄な彼女ならあの爆風で多少なりとも体が煽られる。特に《天駆》を使用中であればその場は空中。

 速度まかせに勢いで押してきも数の暴力で勢いは削ぎ、そこに電撃仕込みの軽光盾で防ぐ……と言う寸法だ。


 コロナも当然その意図は察したから一旦退避したのだろう。

 しかし現状では防御態勢の自分と攻めきれないコロナのにらみ合い。状況自体は五分五分に見えなくも無いが、行く手を防がれ時間を消費し続けているこちらが不利。

 だからもう一手打たせてもらおう。


「まぁコロなら避けるのは余裕だと思うけど……」


 ヒュン、と生成したのはレイピア状の《軽光剣》。ただしこれらには盾同様に《生活の電ライフボルト》が付与してある。

 触れたら即行動不能とはいかないが多少なりとも影響は出るだろう。もちろんあのコロナに触れさせることが出来ればの話だが。

 だけど今はそれで十分。同じものを複数、計四振りほど生成するとコロナの方へと打ち出した。


「まぁ頑張って逃げてね」



 ◇



 相対してからはっきりと分かる。間違いなく野丸はウルティナの弟子であると。

 こうも的確に人が嫌がるごとを突いてくるのは彼女の系譜に他ならない。修業中にブレイヴが口酸っぱく言っていたことを現在進行形で身を以て体験している。


 目の前の光景は正に対自分を想定したかのような布陣。

 まず先程飛び込んだ時の爆風。ダメージは殆どなかったけど、衝撃が畳み掛けるように何度も浴びせられたらどうしても動きが鈍る。

 無理矢理突っ切ることは出来なくも無かったけど、あの時それをせずに引いた自分を褒めたい気分だった。

 何せヤマルの周りにある光の盾から小さな雷のようなものが見える。あれの正体は分からないけど、さっきヤマルを取り囲んだ騎士達が一斉に倒れ伏したときの光に似ている。

 なので触れたら同じ道をたどると思った方が良い。そしてあれを飛ばさないところを見ると射程そのものはないのかもしれない。


 だがそれ以上に厄介なのがヤマルの周囲に浮かぶいくつもの光の玉。

 先ほどの爆風から察するにあの浮かぶすべての玉が同じ性能を持っているとみて間違いない。実際なんか爆発する魔法は以前から見ているし、あれの強い版がヤマルの必殺技だったはず。

 そして実際この身で受けた感想としては……正直それほど痛くはない。しかし一発受けるたびに体勢が少しだけ崩される。

 しかも……


(もう回復してる)


 先ほど自分が突っ込んだ際に消費したであろう光の玉が何事も無かったかのようにもう補充されていた。

 動く姿が見られないあたり速度でかく乱しようとしてもこちらの動きを追うことはしないだろう。待ちの一手、多分射程内に入ったら効果が発動するタイプだ。

 逆に言えば能動的に動かないと言うのは今の自分からすればありがたかった。目的は時間稼ぎとヤマルを王城に入れない事。

 こうしてにらみ合うだけでも役目は十分果たして……あ。

 

「まぁコロなら避けるのは余裕だと思うけど……」


 そう言うヤマルの周囲に浮かぶ複数の《軽光剣》。

 細身のそれらはどれも盾同様の妙な光が漏れていて……


「まぁ頑張って逃げてね」


 撃ち出される《軽光剣》。投擲物をいつも通り迎撃しようとして瞬時にその判断を廃棄。

 速度自体はそこまで脅威ではないので軽く回避するが……


(やっぱり……!)


 通り過ぎた《軽光剣》が弧を描き再びこちらへと向かってきていた。

 これもヤマルがやっていた魔法の一つだから驚きはしないが厄介な事この上ない。

 回避自体はそこまで難しくない。ただ触れる事が出来ない以上逃げ続けることを強要される。

 この手の対処法の鉄板は術者をどうにかすることだが、あの通りヤマルに無策で突っ込むのは無謀。下手をすれば盾に触れるどころか、爆風でよろけている間に剣に追いつかれてしまうかもしれない。


(大丈夫、これぐらいなら……)


 剣が来るのは一瞬。動きは割と単調だから見切って動けば王城の前に立ち塞がりながら対応出来る。

 それに野丸のあの魔法はどう考えても防衛系。なら動けることは……


(……え?)


 自分の目がその瞬間を捉える。ヤマルが一歩ずつ前に進んでいることを。

 それも魔法を展開したまま、その魔法と一緒に移動する形で。


「コロはいつまで保つかな」


 更に二振りの《軽光剣》がヤマルの手によって生成。すでに飛んでいる剣とは別のタイミングで射出される。


「……ッ!?」


 新たに飛んできた剣を右に避け、更に背後から切り返してきた剣を今度は左に移動して回避する。

 結果としては元いた位置を保つ形。しかしその間にヤマルは三歩も前へ進んでいた。

 これでは遠からずヤマルの移動によってあの爆風と衝撃波の魔法の領域内に入ってしまう。

 ドルンがいれば剣も盾も爆風も全て耐え切った上で一直線に突き抜けそうなだけに彼が今動けないのがホントに悔やまれる。

 いや、そう仕向けたのはヤマル自身。彼も今の戦術がドルン相手には通用しないと見越したのだろう。だからこそ先に彼を動けなくしたのだと今更ながら理解する。


(どうやって止める……?)


 迫りくるヤマルの魔法の圧に初めて脅威を覚える。

 こちらの方が圧倒的に有利な力を持っているにも関わらず何故か追い詰められている感覚。


 この状況は窮地であると明確に認識しつつ、どう切り抜けるべきかと思考を巡らせていった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る